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灰色の追跡者

 失踪してしまった学習塾経営者、布場(フバ)ケントは元教師だ。

 十数年前に独立して個人で学習塾の経営を始めた。

 現在では彼の塾は二つの校舎を持ち三百人以上の生徒を受け持っていると言う。

 かなり成功している部類の個人経営者だ。


 仕事、家庭共に順風満帆で家には母親と妻と二人の娘がいる。

 夫人が言うには家庭内でもよき夫、よき父親であり不和はなかったらしい。


(聞いている範囲では失踪するような理由はないように思えるけど……)


 スマホの画像を見ながら考えているミレイ。

 画面には実直そうな眼鏡の中年男性が映し出されている。


 ……しかし、現実には彼は姿を消した。

 失踪当日の夜は午後九時過ぎまでは職場にいたことが確認されている。

 それから彼は自分の車で自宅へと向かった……はずだったのだが。

 布場ケントは家には帰らず姿を消してしまった。

 そして未だに彼の車を含めて発見されていない。


「とにかく……! これが私の所長代理としての初仕事なのだから全力で当たるわ!!」


 力強く立ち上がり己を鼓舞するかのように声を張り上げるミレイであった。


 ────────────────────────────────────────


 しかし……。

 現実は熱意と行動力だけでどうにかなるほど甘いものではなかった。

 毎日足を棒にして調査を続けるミレイであったが、手掛かりは得られないままに日数だけが過ぎていく。


 関係者に話を聞いて回ったが有力な情報は得られない。

 トラブルの気配も感じられない。

 当日夜に塾を出た彼の車がどこへ向かったのかもまったくわからない。


 ミレイが黒羽探偵事務所でアルバイトするようになってもう一年以上。

 その間に失踪事件の調査が無かったわけではないが自分主体で捜査を行うのはこれが初めてだ。


 ……やはり、一人でできる事には限界がある。

 だが相変わらずトウガは連絡が付かない。


 悩んだ挙句にミレイはある番号をコールした。


「……サーラ? 急にごめんなさいね、お姉ちゃんよ。ちょっとお願いしたいことがあるの」


 ……………。


 それから数時間後に黒羽の事務所に一人の男がやってきた。

 金色に染め上げた髪をホウキのように逆立てた眼付きのあまりよろしくない男だ。

 トゲの鋲が打たれた黒いレザージャケットに破れたTシャツとパンクロッカーのような出で立ちの男である。


 その男の名は葛城(カツラギ)ジンパチ。

 煌神町内の商店街でたこ焼きを焼く男。


「お嬢、来ましたぜ。俺に用があるってのはどういうこってす?」


 サーラから連絡を受けてやってきたジンパチ。

 かつてはスキンヘッドをトレードマークとしていたはずの彼が何故現在では箒頭になってしまっているのか……。

 その理由は非常に単純であり、サーラに髪を伸ばせと言われたからだ。


「貴方の力を借りたいのよ、ジンパチ。話を聞いてくれる?」


「そりゃまぁ……お嬢と御前にはサーラの事で散々世話になってるっすから、俺でできる事なら何でもやりますがね」


 ヘヘッ、と鼻の下を人差し指の背で擦るジンパチ。


 ミレイが彼に布場ケントの失踪事件の説明をする。

 捜査が行き詰ってしまっているということも併せて。


「なぁるほどォ~……」


 話を聞き終えたジンパチは腕組みをして何やら考え込んでいる。

 そうして一分足らずの間を空けた後で彼は若干気まずそうにミレイを見た。


「お嬢、差し出がましいっすけど、あんまし、こう……危なっかしい仕事はしねえ方がいいんじゃないすかね。御前だってサーラだって心配しますよ」


「わかっているけど、私は超人(オーバード)の力で何か社会や人の役に立ちたいのよ」


 少し口を尖らせたミレイ。

 心配してくれているのはわかるが過保護にされるのも気分はよくない……そんな複雑な心境である。

 超人(オーバード)の力を何かに役立てるとなればどうしても危険は避けられない。


「貴方は色々と『裏の』人脈があると聞いているわ。現状を打破できる助っ人に心当たりがあるのなら紹介してほしいの」


「思い当たる顔はあるっちゃありますがね。……つっても、引き受けてもらえるかどうかは保証はできねえっすけど」


 あまり気乗りしない様子のジンパチ。

 しかしミレイとしては猫の手だろうと借りたいような心境なのだ。


「お願いするわ。会わせて頂戴」


 真剣な顔で肯くミレイに観念したようにスマホを出してどこかへ連絡を入れるジンパチであった。


 ──────────────────────────────────────


 そして日が落ちてから二人がやってきたのは繁華街の一角……その地下にある一軒のバーであった。

 本来は会員制の店なのだが、二人は今日は特別に入店を許されている。


 このバーを経営している男は「公爵(デューク)」と人に呼ばれている。

 本名は不明だ。

 煌神町の顔役の一人でありこの町では「決して怒らせてはいけない」とされている三人の内の一人。

 ……ちなみにその内の一人はユカリだったりする。


 精悍な顔立ちの美形の中年男だ。黒髪をオールバックに纏めて右目には黒い眼帯を当てている。

 背が高く肩幅が広い。

 見た目のスタイリッシュさもそうだが内面から滲み出る重厚さを感じさせる男であった。


 静かにグラスを磨いているデューク。

 そのグラスに店内に入ってきたミレイたちの姿が映った。


「どもっす、ご無沙汰してます……デューク」


「久しぶりだ、カツラギ。そして……」


 怜悧な視線を向けられミレイが一瞬気後れしたように固まってから会釈する。


「初めまして、比良坂ミレイさん。私のことはデュークと呼んでもらおう」


「お初にお目にかかります、デューク。今日はお時間を頂きありがとうございます」


 緊張気味のミレイがぎこちなく名乗った。

 別に相手はこちらを威圧しているわけでもないのに存在感に圧倒されてしまう。


 ここから……この男の協力を何とかして取り付けないといけない。

 自分がここを訪ねた要件に付いては事前に説明済みだ。


「君の頼みごとに付いてだが……」


 ミレイがその話をするよりも先に、向こうからそれを切り出してきた。


「引き受けよう。探してほしい人物の所持品を持ってきたまえ。なるべく対象の人物が長く所有していて思い入れのある品がいい」


「えっ?」


 驚くミレイ。

 まだ何の交渉もしていないのに……。


「え……と、何故でしょうか……?」


 この何故はどうして依頼を引き受けてもらえるのかという意味だ。


「君は四年前のあのテロの夜に、この街に惨事を引き起こそうとしていた不埒者どもと戦ってくれた。これはこの街に暮らす者として、そのささやかな礼だ」


 何故かデュークはその話を知っていた。

 ミレイはその話をユカリと家族と師にしかしていないのにだ。

 不可思議ではあるが今はそんな事を追及しているような場合ではない。


 嬉しい誤算だ。驚くほどあっさりと話は纏まってしまった。

 ミレイは翌日夫人と会って布場ケントの縁の品を受け取りそのままデュークのバーへとやってきた。


 品物は万年筆だ。

 これは彼が大学に合格した時に父親が贈った海外の高級ブランドの品であり、それからケントはずっと愛用していたのだという。


「よし、ではこれを使って所有者の思念(ゴースト)を追跡する」


 デュークはそう言うとバーのフローリングの床に万年筆を置いた。

 そして右手を翳し意識を集中すると彼の体は淡い輝きに包まれる。

 魔術を行使する態勢に入ったのだ。

 デュークは超人(オーバード)ではないが魔術師なのである。


 万年筆を中心として魔法陣が床に浮かび上がった。

 そして灰色の薄ぼんやりと光って透けている大きな犬が姿を現す。

 灰色の魔犬は万年筆の匂いを嗅ぐような仕草をすると一声遠吠えをしてから勢いよく走りだした。

 そしてバーの扉を透過して姿を消してしまう。


「『黒灰の猟犬(グレイハウンド)』……使い魔だ。あれが対象を探し出してくる」


 デュークが犬が姿を消した扉を見ながら静かにそう告げた。


 ───────────────────────────────────────


 そうして、現在……。


 ミレイは火倶楽の外にいる。

 魔犬が探し出してきた布場ケントの現在地は火倶楽を出た荒野だったのだ。


 荒れ果てた土色の大地に乾いた風が吹いている。


 周辺に点在しているのは開拓工事の基地の跡。

 打ち捨てられて既に何十年も経過している朽ちた廃墟や大型の機材。

 かつて火倶楽を拡充しようと進められていた開拓事業。

 しかし、コストに成果が見合わないと判断されてもう何十年も中断されたままなのだ。


 何とも寂寞感のある光景である。

 人が滅んだ後の世界を連想させるような。


 ……布場ケントはこんな場所までやってきて何をしようとしたのだろうか。


 まず彼の乗用車が見つかった。

 車()()()()()、と言うべきだろうか。

 ひっくり返った状態で焼け落ちており骨組みだけになってしまっている。

 まだ周辺には微かに焦げ臭い匂いが残っていた。


 しかし、車の周辺には人影や遺体はないようだ。

 所有者の姿がない。


 布場ケントは夜に何時間も車を走らせてこんな場所までやってきたというのだろうか……?

 何のために?


 怪訝そうなミレイ。


「……おっと」


 その時、周辺を捜索していたジンパチが声を上げた。


「何か見つかったの?」


 歩いて行こうとするミレイだが、ジンパチは片手を上げて彼女を制する。


「ダメだ、お嬢。こっちには来んな」


「……………」


 ジンパチの声が硬い。

 その声と彼の態度からミレイは何かを察する。

 だが足を止めるわけにはいかない。

 これは自分は請け負った仕事なのだから。


 近付いてくるミレイをそれ以上ジンパチは止めようとはしなかった。

 言っても無駄だという事を悟ったのだろう。


 ミレイの背丈よりも高い大きな岩があって、ジンパチはその上に立っていた。

 近付いてみてわかったが岩の向こう側はちょっとした窪地になっているようだ。


 その緩やかな下りの斜面に布場ケントがいた。

 ……いや、こちらもやはり布場ケントだったものと表現しなくてはならないか。


 その損傷が激しい遺体は既に腐敗が進み半ば白骨化してしまっている。

 面影はすでに微塵もないが掛けている眼鏡は確かに受け取った画像の人物が掛けていたのと同じものだ。

 

 こうしてミレイはターゲットを見つけ出すことができた。

 しかし探し人……布場ケントは火倶楽の外で既に亡骸と化していたのであった。

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