第十六話
城下町の一角に『木の加工職人石山安兵衛』との看板がある。
勝吉に案内され、挨拶を終えて宗古がスマホを安兵衛に見せて質問した。
「早速ですが、この桐箱は安兵衛さんが作られたものですか」
スマホの画面を珍しそうに見た安兵衛が答えた。
「確かに私が作ったものだが。ある人から1年分の生活費に匹敵するくらいの銀を渡されて作ったものだ。湯本細工の技を使って、もともと有った箱を工夫して横から開けるように精緻に仕上げたものだ。納期が非常に短かったから手伝いを雇って何日も徹夜して仕上げたと思う」
「この桐箱は持つとガタガタしたのですがどうですか」
「そんなはずはない。どちらが開いても音がしないように精緻に仕上げたはずだ」
どちらが開いてもというのはどういうことだ、と吉川は思った。
宗古が大きな瞳を更に開けて安兵衛に言った。
「この桐箱は、からくり箱ですね」
「我ながらよくできたと思う。箱が二重構造になっていて、普通に開ければ箱の中は普通だが、開けるときに少し右にずらして小さな輪の取っ手を引っ張って開けると別の箱がでてくる。例えば品物を入れて箱を閉め、少し右にずらしたまま箱を開けると別の箱がでてくるので品物が消えたかのように見える。」
「箱を開け閉めする人が品物を消せたりまた出したりできるのですね」
「そういうことだ」
「誰に頼まれたのですか。男か女ですか」
「それがよくわからなかった。封筒を渡され、封筒の中に書いてあるような箱を作ってほしい。金は弾むといわれた。封筒の封は開いていなかったのでその場で封を切って、中を見るとこのようなからくり箱の仕組みが書かれてあった」
宗古がさきほどパシャパシャとったスマホの人物を次々と見せた。
「いや、顔を覆い隠していたので覚えていない。
ただ金を貰ったときの紋があった巾着袋がどこかにあったはず。
何処に片づけたか忘れたが探しておくよ。」
「納期を縮めるための手伝いはどうやって探したのですか」
「からくり箱の依頼を受けた者から、納期が厳しいと思うのでよかったら手先の器用な手伝いを紹介すると言われたのだ」
「肥前に引っ越したのは何故ですか」
「尾張で仕事をしていたが、盗みに入られたり突き飛ばされたり物騒なことが続いたから肥前に引っ越した」
そのとき店の入り口でカタッと音がした。
「貞か。今来客中だ」
貞と呼ばれた女は石山安兵衛のほうに行こうとして、宗古の顔を見ると手裏剣のようなものを投げつけ、猛ダッシュで店の外に走っていた。
吉川は女が手裏剣を投げる前に宗古に覆いかぶさり守った。
手裏剣は俺たちのすぐ横を通過して店の柱に突き刺さった。
間一髪だった。
家康の家来の勝吉が護衛の兵に指示をした。
貞と呼ばれた女は外の通りから居なくなった。
勝吉が宗古に言った。
「監視はしていて警戒はしていたのだが、宗古殿の顔を見て家康殿の伏見の屋敷に来た偽の絵師だと露見したと思ったようだ。
女は護衛の兵に追わせている。必ず捕まえる」
宗古の手が震えている。
俺が守る、吉川はそう思った。
抱きしめているうちに宗古は落ち着いたようだ。
「申し訳ない。金輪際、宗古殿やさつき殿には指一本触れさせない」
勝吉が宗古に謝っていた。
城内に戻り、緊張が解けたのか宗古が疲れたといって上を向いて寝転がった。
すると宗桂のおっさんまで夕方まで昼寝をするといって大の字になっていびきをかき始めた。
寝る邪魔をされた宗古はさらしがきついと言って起き上がり、今度は俺の後ろを向いてさらしを取って震える声で話した。
「月の小面消失の犯人は小那姫ね。
小那姫が桐箱に月の小面をいれて閉めた。
翌朝、少し右にずらして箱を開けたら、別の箱がでてきて月の小面は消えたように見えた。
皆が去ってから月の小面を取り出し、からくり箱の中の一つを外して証拠を隠滅した。
私が調べたときには箱は二重構造ではなくガタガタと音がするただの箱になっていた」
「何故小那姫がそんなことしたのかな。能楽師の来電は女たらしだし、結婚するとか言って小那姫をそそのかしたかもしれないな」
「石山安兵衛が巾着袋に紋があったといっていたよね。
手がかりの紋があるかも」
「本当の月の小面は小那姫が持っているのか。
本人に聞くしかない。」
どことなく宗古の話し方は、棒読みで台詞を話す大根役者を演じていた。
そのとき、コトリと音がした。
吉川は、素早く部屋の襖をさっと開けたが誰もいなかった。
立ち上がって天井を凝視した。
宗古も天井裏を凝視して、さらしを取って小袖だけの状態で急に吉川に覆いかぶさってきた。
吉川の耳にキスをする真似をしながら小さな声で囁いた。
「抱いて」
吉川が仰向けで宗古が上に乗っている。
さらしが無いので小袖を通して柔らかな二つの双丘が吉川の胸に被さっている。
まずい、こんな時に俺のいけないものが膨張してきた。
おっさんは、むこうを向いていびきをかいている。
宗古がまた棒読みで大きな声を上げた。
「月の小面を隠した犯人は小那姫で間違いないわ。
唆したのは能楽師の来電よ」
吉川は頷いた。宗古がさらに囁く。
吉川のその部分がじわじわと硬直してくる。
吉川は再び頷いたが、完全にその部分が太く屹立している。
前と違って今度は宗古の足に当たっている。
天井の気配が止んだ。
誰かが天井から去っていたようだ。
「大丈夫か。もう気配は感じないが」
宗古が喘ぎながら非常に小さな声で囁く。
今度は棒読みではない。
「秀吉以外で一番力のある大名は家康よ。
家康が月の小面を無くす失態をして喜ぶのは誰?
秀吉の跡継ぎである秀頼が生まれるのは歴史では来年。
秀頼は、秀吉ではなく別の男の胤だっていう噂もあるわ。
家康が邪魔な人がこの城に何人かいるわ」
宗古の手が再び震えている。
宗古の唇がゆっくりと吉川の唇に近づいてきた。
宗桂のおっさんのいびきが止んだ。
おっさんが起きた。
二人はさっと離れた。




