第十三話
家康から破格の待遇で男装の宗古と吉川は馬にまたがり護衛をつけて浜松城を出発し、尾張から美濃、近江を経て、京の伏見に到着した。
途中、夜盗に襲われることは全くなかった。
さすが徳川家康である。
伏見に着いて、浜松城で知り合った家康が宗古をねぎらった。
「伏見でしばらく滞在する。一か月後に出発するのでまた会おう。
例の小面は十分な出来に仕上がった。
感謝する」
宗古が返した。
「こちらこそ馬の手配装備や勝吉様を始め兵の皆さんに守っていただきありがとうございます。このところ不穏な動きがあるようです。伏見の家康様のお屋敷も警備を強化されたようがいいかと思います」
「わかった。勝吉には浜松城での出来事は聞いている。
すでに屋敷の警備も強化している。
伏見の屋敷で宗桂殿と一局手合わせ願ったとき小面の相談をしたが、私と堀尾吉晴は問題ない。
あのときに絵師を屋敷に呼んだが、あとから調査すると呼んだ人数より一人多かったことが判明した。
間諜、いわゆる忍びの者が紛れ込んでいたと思われる。宗古殿にも迷惑がかかったようだ。今後はこのようなことは絶対無いように徹底的に屋敷の警護を強化する」
宗古は頷いた。
宗古と吉川は伏見の宗桂のおっさんの家に帰った。
おっさんの家は改築中で部屋が狭くなっており、毎夜宗桂のおっさんと宗古と俺は同じ部屋で寝ることになった。
従って何事もなくキスも無くコウノトリもあらわれず過ごし、日増しに宗古の機嫌が悪くなっていった。
ある日おっさんから呼ばれた。
「家康殿が伏見の屋敷に宗古とその相棒に来てほしいと指示があったのじゃ。何やら文書が遠江分器稲荷神社で見つかったらしい」
久しぶりに宗古の大きな瞳が輝いた。
「行くわ。明日ね。楽しみ。これでまたレベルアップかも」
翌日家康の伏見の屋敷に宗古と吉川は着いた。
宗桂のおっさんは伏見の自宅で留守番である。
早速家康から遠江分器稲荷神社で見つかった文書を見せられた。最初の二行と三行目以降の文書は神社の別々の場所にあったらしい。
文面は家康に読んでもらった。
『江戸城大火で失われた月の能面は神の使いが導く。
伏見と王子を結ぶ真ん中に月が現れる。
伏見と王子の真ん中は遠江。
月を持つ伏見の女と王子の男が合わさるとき、大晦日の夜に伏見から王子への扉が開かれる。
そして新たな王が誕生する』
家康が訝しそうに、しかし何となく嬉しそうな表情で話した。
「私は二年間の天正十八年に江戸城に引っ越しをしたが、しばらく手入れがされずに荒れ放題だった」
吉川は西暦で頭の中で換算した。1590年か、丁度私があの女子高生と転生する1年前だ。
「江戸城は本丸や二の丸を増改築中である。
だが大火は最近起きていないはず。
これは未来のことを書いたのではないかと思い、二人に来てもらったのだ。
家康を利する未来人の二人、心当たりはあるか」
吉川は宗古と目を合わせ、びっくりした顔を見せないように二人とも冷静さを装った。
「何て言えばいいのかわかりません。本当の月の小面が遠江分器稲荷に関係するということでは無いでしょうか」
「私は柔軟な考えを持っている。
そうでなければ生き延びられなかったからな。
伏見の女は宗古殿で王子の男はさつき殿ではないかと思っている。
そして君たちは悪霊ではない。未来からきた人だと私は考えた。
本当の月の小面を手に入れて、君たちを伏見から王子へ未来に戻せば」
家康が急に小声になった。
「太閤にかわる新たな王が誕生するという解釈をした。あの月の小面は新たな王を誕生させる魔法の小面だと思う」
「月の小面の写しも今後江戸城で火事があって燃えてなくなるのではないでしょうか。考える必要があります。明日また来ます。よろしいでしょうか」
「うむ。待っているぞ。未来人。私の未来は明るいのか」
家康は好々爺の表情だった。
「この文書の最初の二行は、令和の時代の加納月さんの自宅にあったもの。この時代でも家康様や私たち以外で、加納月さんの先祖が目にしている可能性があるわ。
だから私たちは浜松城に行く途中で襲われた。
未来は誰にもわかりません」
「君たちは私が万難を排し守る。
そして本当の月の小面を探し出す。
そのためには肥前名護屋城に行く必要がある。必然の定められた道が見える気がする」
家康の家来がやってきた。
「殿、本日はこの後算砂様と囲碁を楽しまれることになっております。算砂様とお付の方を別のお部屋にお通ししました」
「わかった。宗古殿、近々肥前名護屋城に一緒に旅しよう」




