第十二話
堀尾吉晴が座する広間。その横には、獲物を定めるような冷徹な眼差しを向ける小那姫が鎮座していた。
俺と、男装姿の宗古は、報告を行う勝吉の背後に控えている。
「申し上げます。昨日の夜盗……尋問の最中に、何者かの放った毒針により絶命いたしました」
勝吉の低い声が響くと、吉晴の眉が不快げに跳ね上がった。
「口封じか。……例ののろしはどうだ」
「ヨモギを用いた時限式かと」
勝吉を遮るように、宗古が涼やかな声を上げた。
「吉晴様、灰の中に線香の燃えかすがありました。
誰かがあらかじめ火をつけ、時間差で煙が上がるよう細工したのです。犯人は城の外にいた者にも、事前に仕掛ける機会はありました」
「ほう、利発な。……して勝吉、夜盗は何と言っていた」
勝吉は声を潜めた。
「夜盗に襲撃を命じた黒装束の人物は、こう告げたそうです。
『その二人が生きていると太閤様の運命を狂わせる。二人には未来を視る悪霊が取り付いている』……と」
広間の空気が凍りついた。俺たちの正体を、戦国時代の何者かが正確に察している。
「我らは悪霊などではございません。ただ、月の小面について助言をしただけです。
吉晴様、この襲撃こそが、謎に近づいている証拠ではございませんか?」
宗古の凛とした言葉に、吉晴は「面白い」と口角を上げた。
その傍らで、小那姫の視線がじっと俺――女装した「さつき」に注がれていた。
薄衣の下の肉体を暴こうとするような、ねっとりとした欲情。俺は奥歯を噛み、視線を伏せてやり過ごすしかなかった。
折しも、空が重く鳴り始めた。
宗古の頼みで、俺たちは勝吉の護衛のもと、雨の気配が迫る遠江分器稲荷神社を訪れた。
「……刑事さん、私、わかっちゃったわ。月の小面がどうやって消えたのか」
鳥居の下で足を止め、宗古が俺を見上げた。激しい稲光が走り、大地を揺らす雷鳴が轟く。
怯えた宗古が、俺の胸に飛び込んできた。
男装の袴越しに、彼女の柔らかな重みが伝わる。
雨に濡れた小袖が肌に張り付き、さらしを解いた彼女の豊かな双丘が、俺の胸板に形を変えて押しつぶされた。
「抱きしめてて。……この鼓動が、『力』になるから」
宗古が俺の首筋に腕を回し、熱い吐息を吹きかける。
マシュマロのような弾力と、上気した肌の熱。
俺はただ、その圧倒的な「女」の質量を受け止め、彼女の背に手を回した。
その瞬間、懐のスマホが激しく震えた。
画面には不気味な狐の紋章。数値が「2/10」へと跳ね上がり、『レベル2』の文字が妖しく輝く。
「……上がったな」
「私の推理と、あなたが私を守ったこと……それが鍵なんだわ」
宗古は潤んだ瞳で唇を近づけてくる。あと数ミリで重なる、というその時――。
「宗古殿、さつき殿! 家康様が到着されたぞ!」
勝吉の声が、静寂を切り裂いた。
翌朝。家康公の軍勢と共に、俺たちは再び肥前名護屋城を目指して出発した。
馬の背。俺が前、宗古が後ろ。背中に、昨日よりもさらに露骨な「肉の重み」が押し付けられた。
「……浜松でキスすると思ったのに。意気地なしの旦那さん」
「……おっさんがいたろ」
俺の短い返事を聞き流し、宗古は俺の背中にその瑞々しい膨らみを強く押し当ててきた。
馬の歩調に合わせて、薄い着物越しに、さらしのない双丘の先端――硬く尖った蕾の感触が俺の広背筋をじりじりと撫でまわす。
その扇情的な刺激に、俺は手綱を握る手に力を込めた。
「さらし、巻いてないの。……どう? 私の鼓動、聞こえる?」
「前を向け。危ないぞ」
俺は熱くなる体を宥めるように、事件の断片を反芻した。
「肥前名護屋城には、太閤も、淀君も、あの不気味な連中が揃う。……役者は出揃ったな」
「ええ。消失のトリックはわかったわ。あの堅牢な蔵で、家康様が鍵を持っていた状況……あれを逆手に取ったのよ」




