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奇譚師  作者: 日向宮子
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第五章 シャドウという怪異

 命ある者には親がいる。怪異の場合、自然発生した現象が語りという親を得て怪異になる。シャドウの場合はそれとも異なった。まず初めに影があった。闇があった。それは大きくもなり、小さくもなり、動く。あらゆるものを投影する。万物の影。それがシャドウだった。シャドウは自我を持たなかった。あらゆるものが影に落ち、収束しなかった。影はいつだって光の裏側にあり、何ものかの隣にあった。影は学んだ。動物、植物、無機物、あらゆる姿を。生き様を。それがいつしか一つの形となり、やがて人の姿を模し、自我を産んだ。

 産みの親はいない。育ての親もいない。だが語りの親はいる。シャドウという名をつけた人物。それこそ親と呼べよう。小泉創一は、シャドウにとってそのような存在であった。万物の影は万物を識る怪異となり、長く、短い時間をその者と共に過ごした。

 シャドウは学んだ。人とは嬉しいときに笑い、口を大きく開ける。人とは悲しいときに目から雫を溢し、眉を下げる。怒ったときに大きな声を出し、楽しいときにゆったりと目を細める。若い頃には溌剌として元気でいるが、歳をとると皺が増え物静かになる。木々は枯れても土に還りまた育つのに、人間は枯れると元に戻らない。思っていたよりも短く人生を終える。それらを、学んだ。

 人間という生き物を理解しきれないということを理解した。創一という男を知ったようでいて知らなかったことを、失ってから気づいた。だって、まだ聞いていない言葉がある。話していないことがある。見たことのない表情がある。引き出していない感情がある。共にいた日々で得られたのは創一のほんの一部分。共にいた時間はシャドウの生きてきた時間のうちの僅かほど。そうだというのに、創一はシャドウを形作る核に棲みついた。そのくせ、すぐにいなくなった。

 輪廻、というものがある。人間の間で信じられている概念だ。それをシャドウは馬鹿にできなかった。だが、信じることもできなかった。だから、語った。創一のように。自分に聞かせるように。それが真実であれ、と祈り。

 そうして生まれた小泉叶は、成長すればするほど創一に似ていった。語りは真実になったのだ、とシャドウは思った。だが、満足はしていない。せっかく、再び手に入れたのだ。失いたくはない。もう、二度と。怪異と人間であったから別れがあったのならば、同じ生き物になればいい。同じ生き物にすればいい。単純な理論だ。

 奇譚師、その物語を定義する。同じ生き物になって溶け合ってしまえば、離れることはないだろう。シャドウは幼児のように純粋に、そう、考えた。


 小泉の様子がおかしい。というのも目に見えて明らかで、髪を短く切ってきたのだ。さっぱりと。別人のように。出かけてくるとは聞いていた。無関心に見送った。帰ってきたのを出迎えるとこれである。シャドウは自分が思うよりずっと動揺して、どうしたのか、と問いかけた。

「気分転換だ」

「はあ……それで、気分はどう?」

「憑き物が落ちたようで、悪くない」

 見ると表情もすっきりとしていて、別人のような様相だ。そうしていると、以前より幼く見える。否、今までが実年齢より大人びていた。それが、年相応になった。シャドウは何となく面白くない気持ちになった。端的に言うと、不愉快である。だがそうなる理由を掴めず、靄のかかった感情をしまい込み、気の抜けた返事をした。

 髪は数日もしないうちに伸びて、元の長さに戻った。人間の速度では考えられない。それは修正力が働いているからであった。奇譚師の名は広まっている。姿も知られている。どのようなものであるかの定義がなされている最中だからこそ、小泉は不変を保った。思うように事が進んでおり安堵するも、小泉はすとんと重荷を下ろしたかのような表情をしており、シャドウの靄は晴れぬままだった。

 最近、創一の姿と小泉の姿が重ならない。今も創一を鮮明に覚えているのに、そうだからこそ、違いに気がついてしまう。似ている箇所も多いからこそ、差異が目立つ。シャドウは胸に冷たい風が吹いた感覚を覚えた。これは、知っている。創一が息を止めたときに感じたもの。それを、今、感じている。

 騒つく心があった。確かにそこにあると信じていたものが、いつの間にか消えていたかのように。あるいは、初めからそこには何もなかったのだと知ったかのように。シャドウにはその理由がわからない。

 魂は天に昇らぬようにした。彼の母の腹に押し込んだ。同じ色の魂が、そこにある。そうだというのに、何故、喪失感を抱くのか。

 シャドウは取り繕うことも忘れて、小泉の肩を引いた。震える声で、確かめる。

「小泉くんは、彼は、そこにいるんだよね?」

「……疑うか?」

 小泉はしかと、真っ直ぐにシャドウを見据えた。疑うのか、とその台詞は、こちらを試しているようにも思えた。小泉を疑うか、信じるか。どちらを選択するか、それを見定められている。シャドウは、小泉の言葉を、創一のことを疑えない。真実だと思ってしまう。であるならば疑いようもないはずなのに、揺らいでいた。疑念が砂粒一つほどあった。

 奇譚師として語られている今、シャドウと小泉は同個体である。独りではない。そう証明されている。シャドウは、真実を知っている。シャドウの知らないことは、全て嘘だ。だから、彼と己が切り離されているわけがない。

 そう言って、聞かせる。シャドウの中にあるパーツから、真実を構築する。崩れるはずがないのだと盲目に信じながら。

 小泉はまだシャドウを見ていた。榛色の瞳は、創一のものとよく似ていて、しかし、異なる輝きを有していた。


 語りがもっと広まれば、定義はより強固なものになるだろう。種は蒔いてある。口伝に限らず、インターネット上でもうっすらと囁かれつつあるのを確認している。このことにシャドウは直接介入できない。語られる本人が語ってしまえば、それは噂ではなくなる。シャドウは万物を識る者だ。語り部にはなれない。聞き手の禁忌を破ったのは一度だけだ。そうしてでも、真実にしたかったのだ。

 奇譚師とは、語られた怪異を語り直すことで解決する、怪異の専門家である。それは影。それは一人の青年。その者どもを奇譚師と呼ぶ。

 その認識は怪異の骨組みのようなものであり、そこから細かな情報が付け足されて噂になる。全ては順調だった。そのはずだった。

 玄関の扉が開く音がした。小泉が帰ってきたのだ、と察し、勝手に拝借していたパソコンを閉じる。とん、とん、とん、と階段を登る音がする。それは一定のリズムで、整いすぎていた。違和感を抱く。よもや不審者か、と身構える。普通の人間にとっては無人も同然の家だ。ここは小泉の家でもあるがシャドウが身を寄せている場所でもある。縄張りを荒らされるのは気分が悪い。怪しいことをすれば即座に追い出してやろう、と考えたが、部屋の扉を開けて入ってきたのは小泉だった。

 否、小泉の姿をした、怪異だった。小泉ではない。彼はまだ半分人間であり、半分怪異である。完全な怪異ではない。だから、これは彼によく似た別物だ。不審者も同然である。怪異であるが故に、シャドウの姿は見えている。何が目的で侵入したのか、何故小泉の姿を真似ているのか。それはどうでもいい。シャドウは現在、不機嫌も不機嫌だ。縄張りに、聖域に、偽物が入ろうなど。憤慨ものだ。シャドウは不機嫌さをありありと示して、その不届者に声をかけた。

「何者だ。何用だ。出て行きたまえ」

「おい、相棒に向かってそれはないだろ」

「相棒だと? 私は君のような者を相棒にした覚えはない」

「俺のことを忘れたのか? 小泉だよ。奇譚師の、お前の相棒だ」

 自称小泉は困ったような顔をしてみせた。その表情だけは本物そっくりだろう。だが、相手は決定的なミスを犯している。小泉は、シャドウを相棒と呼んだことはない。そう思っていないことも知っている。嘘の上塗りは嫌悪感を増すだけだった。

 シャドウを相棒と呼んだのは創一だけだった。シャドウも、創一を相棒だと思っていた。そして、友人であった。その思い出をこのような擬き者に汚されたくない。シャドウは強い怒りを感じた。

「君は、小泉くんじゃない。ただよく似ているだけの別人だ。我々が、本物の奇譚師だ」

 影を伸ばし、腕を鉤爪のような形に変形させ、偽物を切り裂く。シャドウは定義した。それが真実だ。都合よく語られ始めたばかりの奇譚を己のものだと思い上がっただけの雑魚だ。姿はすぐに霧散して小さな種に戻った。慌てたように転がり出ていくのを見送る。まだ、怒りは収まっていなかった。ぐらぐらと炎のように揺らめいている影がその証拠だ。

 しかし、それを見る者がいた。逃げ出して行った怪異の種と入れ違いに、今度は本物の小泉が入ってくる。

「……ああ、可哀想に」

 小粒に成り下がった怪異へ哀れみを向けながら、シャドウの方を見た。あれは、小泉が招き入れたのだろうか。鍵の開く音はした。偽物の怪異ならばそのような芸当はできない。そう考えるのが自然だ。では、何故。それはシャドウにとって追求すべき事柄だった。

「変なものをうちに入れないでくれよ」

「俺の家だろ」

「私の住処でもある」

 その主張にはため息が返ってきた。この論争に決着はない。小泉は諦めたのだ。本題はそこではない。小泉が招き入れたのならば、偽物の小泉は己が偽物だとわかっていたはず。それを、小泉本人がシャドウと対面させた、その意味がわからない。今までは小泉の考えることも、性格も、知り尽くしていたのに、さっぱり把握できない。シャドウは混乱していた。

「小泉くん。君は、何をしようとした?」

 それには答えてくれず、反対に、こちらに質問が投げかけられる。

「お前は、あれをよく似ただけの別人と言ったな?」

「……ああ、言ったとも」

「なら、俺はどうだ?」

 その質問の意図も、わからなかった。小泉は、小泉で、本物だ。偽物などではない。呆けているシャドウに、次いで、問いが重ねられる。

「俺は、創一の偽物じゃあないのか? 創一によく似ているだけの別人じゃないのか?」

 心臓などないのに、それが凍った感覚がした。それを否定する材料はある。魂が同じだ。それだけで済む答えであるのに、即答できない。

 小泉創一は、豪快に笑い、よく酒を飲み、わがままで、底なしに善良で、愛を持った人だった。では、小泉叶は? 小泉は物静かな方だ。理知的で、酒もあまり飲まない。善良な人間であるが、最近になって悪い手を学んだ。愛は、わからない。だが情を持っている。

 別人なのではないか。それを肯定する材料は山ほど出てきた。シャドウは、どちらとも言えない。目の前にいる小泉が、創一の魂を持った、創一を継いだ人間だと思いたい。それなのに、小泉本人がそう思わせてくれない。

 小泉は、冷徹に言い放つ。シャドウがこの世で一番聞きたくなかった真実を。

「創一の魂は確かに俺の中にある。だが俺は創一じゃない。小泉叶だ」

「違う!」

「俺の言葉が信じられないか? なら、それが証明だろう。お前は、創一の言葉ならば疑わなかった」

「ちが、違う、違う……」

 どうしてそんなに酷いことを言うのだろう。どうしてそんなに酷いことをするのだろう。シャドウは崩れて、泣き崩れて、床にどろりと這った。下から見見上げた小泉は、さぞ冷たい残酷な顔をしているだろうと思ったが、痛みを堪えるような顔をしていた。身を切るように。癒着した繋がりを断つように。

 シャドウは、また、同じことを繰り返した。小泉叶という男を知ったつもりで、知らなかった。何もわからない。何を考えているのかも、何がしたいのかも。見透せたようだった思考は、今や濁った水のよう。

 シャドウという怪異のその核が、あると信じていただけで失われていたとしたら。シャドウは何者になるのだろう。定義が、崩れていく。影が広がる。シャドウは、人を模した姿を保てなくなり、夜に近づく闇に溶けていった。


 己が何者かわからなくなった怪異は種へと退化する。それを妄信だけで留めている状態だった。消えたくない、死にたくない、との生命ならではの本能もなかった。いっそ何も考えずに消えてしまいたいとさえ思った。だが、確かにあった日々を失いたくないという気持ちだけはあった。

 長く、生きすぎたのだ。そして、長く、生きることになる。喪失は一瞬で、痛みは永遠だ。創一が植え付けた友愛は、シャドウの中に根を深く張らせていた。初めて知った感情を、うまく飼い慣らせずにいた。人も怪異も、導がなければ真っ直ぐには歩けない。シャドウは迷子の子供だった。行く場所も、帰る場所もない。途方に暮れる。忘れることさえできないのは、創一の魂を持ち、創一の生き写しである小泉がそこにいるからだった。

 今更、独りになれない。愚かしくも、孤独を拒んでいた。誰かと共にある心地良さを知ってから、独りであることの寂しさを覚えた。知らなければ、知る由もなかったことだ。小泉がシャドウを突き放さないのは、創一の遺言があるからだろうか。小泉が律儀な男であることは幼少期からわかっていた。例え義務感からくるものだったとしても、それはシャドウの支えになっていた。

 シャドウは怪異であるから、「奇譚師」が語られ広まるにつれ、枠が、線が定まっていくのを肌で感じ取っていた。シャドウは万物を識る者と定義されている。故に、囁かれた噂も情報も何もかも、声になった瞬間、文字になった瞬間、シャドウの知識として蓄積されていく。細切れに広まる噂は、やがて一つの物語となる。一つの存在となる。再々定義と言っていいだろう。あるところの影はその怪異として定義された。シャドウとして再定義された。そして今、奇譚師として再々定義を果たそうとしている。語られた通りの形になろうとしている。

 それは小泉も同じことだった。人の子は成人を迎えるとさして容姿が変わらないものだが、不変さはいずれ異端として扱われるだろう。髪を切れどもすぐに伸びる。爪を切ることもない。若さはそのままに、纏う雰囲気だけが熟成される。小泉はもはや人間とは言えなくなっていた。本人も自覚していることだろう。だが、それについて小泉が何か言うことはなかった。それにもどかしさを感じながらも、シャドウは小泉に何も聞けずにいた。

 奇譚師としての殻は硬くなっていくのに、中身は溶け合いもせず離反していた。同じ生き物にはなれなかった。だが、語りはシャドウと小泉を同じ生き物とする。ちぐはぐで、アンバランス。いつ崩れてもおかしくない中で、崩されたくないから、動けなかった。

 そんなとき、小泉が大きな荷物を抱えてシャドウに言った。

「実家に顔を出してくる」

 そのこと自体はもう珍しくもなくなっていたが、何事もないかのようにこう付け足した。

「これが最後になるだろう。少し長く留守にする」

 こうなっては、家族にも姿を見せられまい、と。不老になってしまえば、人でなくなってしまえば、人の世とは離れなくてはならないと。その覚悟を見せた。そうしたのはシャドウだ。そう望んだのはシャドウだ。そうであるのに、たじろいだ。あまりにもあっさりとしているから。後悔も未練もないように振る舞うから。君はそれでいいのか、と小さく声に出す。手放されたくないくせに、そんなことを口にしていた。

「お前を独りにできないのは、俺の意思だ。これは、信じられるか?」

 小泉はあの日以降、このような聞き方をする。信じるか、疑うか。その二択を迫る。シャドウはそれに一度も答えられていなかった。小泉を疑うことは、創一を疑うことに繋がる。シャドウは、創一を疑えない。小泉を信じていれば、シャドウは何も迷わずに済む。そうであれたのは昔の話だ。二つに一つ、それを選ぶことはもっと複雑になっていた。

 人間は考える葦であると言うが、シャドウがどれほど思考を重ねても人間にはなれない。怪異は怪異である。だが、きっと今のシャドウはどの人間よりも多くを考えていた。

 小泉叶の意思は、創一の意思とイコールであるか。魂の色を同じくして、異なる色をした人間であることを認めるべきか。そこに創一の魂があると信じても尚、別の個があることを信じられるか。小泉叶を、小泉創一ではないと、思えるか。

 単純なことなのかもしれない。複雑にしているのは、シャドウであるのかもしれない。答えが出せないのは難解だからではなく、答えを出したくないからなのかもしれない。考えれば考えるほどきりがなかった。シャドウは、シャドウが知ることを真実にできる。真実を知ることができる。そうであるから、何を真実とすべきか迷っているのだ。

 結局のところ、家を出ていく小泉を見送ることしかできず、シャドウは部屋にぽつんといた。仮初の孤独であった。だが小泉が人の世を離れこちらへと来るまでの空白期間でもあった。小泉はこちらへと歩いている。足を止めることなく、人の世に背を向けて。シャドウは手を伸ばす。彼に届くようにと、遠く、遠く。その指先が重なったとき、何か解を得られるだろうか。絡み合った情も解くことができようか。

 友愛があった。親愛があった。喪失があった。執着があった。それらが混ざり合ったものは、何か名前を与えられるだろうか。片方だけでは成り立たない。双方に同じものがなければ釣り合わない。小泉は、シャドウにどんな情を向けているのか、そのときになって初めて知りたくなった。

 シャドウは、それを長く知らなかった。知りたいと思った。小泉創一ではなく、小泉叶が持つものを。掌に乗せているものを。果たして天秤は釣り合うのか、傾くのか。釣り合えばこそ、同じ生き物になれる。そうでないならば、同じ生き物にはなれない。それを確かめるためにも、シャドウは、小泉を学ばなければならなかった。小泉のことを考えなければならなかった。小泉叶という男、それが、どんなものであるのかを。


*


 小泉がシャドウを独りにできない理由は至ってシンプルであった。側に、いてくれたからだ。誰かと共にありたいときも、一人でありたいときも、シャドウは変わらず傍迷惑な隣人でいた。生まれたときからだ。小泉叶という物語を語る上で、シャドウは主軸にある。核は別にあれども、幹になっている。今や、そうであるから以外の理由はなかった。創一の遺した言葉ではなく、不確定な己が孤独を嫌っているからでもなく。

 それは告げていないことだった。シャドウの中で、まだ創一と小泉は絡まったままでいる。無理矢理に解こうとすれば糸が切れる。主張はした。問いは投げかけた。それが小泉にできる精一杯であった。何せ、友人でなく、相棒でなく、家族でなく、しかし情を向ける相手を如何すべきかわからないのだ。

 わからないなりに、持っている情を大事にしていた。前向きなものばかりではない。綺麗な感情ばかりではない。小泉が今まで抱いてきた、誰かの人生を乗っ取っているかのような罪悪感は消えない。自己をうまく保てないでいた歯痒さもまだ鮮明にある。ようやっと、己が何者であるかを理解したばかりだ。それでも、生まれたときから側にあった存在へ感じるものは連続していた。

 初めに戸惑いがあった。次に不信感があった。疑念があった。依存があった。そうして、シャドウをただ隣にいる者として見ている。友愛ではなかった。親愛ではなかった。それ以外の、何か。まだ名前のない、愛ではない情を抱いている。その形を知りたいという探究心が小泉にはあった。それは、人生を捨ててでも得る価値のあるものだ。

 だから、人の世と別れる。人でないものになることを良しとする。だが、自分を構成する全てを明らかにしたいという欲望は、とても人間らしいものだろう。

 別れる最後の儀式が、肉親に顔を見せることだった。唐突な連絡だったが、両親は小泉の帰省を歓迎した。ろくに会話もせず電話もしない時期が長かったのもあってか、一日目はぎこちなさがあった。長く実家にいるという小泉を両親は心配そうに見ていたが、さっぱりとした顔つきを見て安堵したようだった。これから姿も変わらなくなるだろうことを妙に思わせないための最後の帰省でもあったが、別の意味もある。

 小泉叶は、小泉叶としてまた生まれ変わるのだから、親という存在に礼儀を通さねばならないと思ったのだ。それは、正しく儀式であった。

 しばしの実家生活を終え、荷物を持って出て行こうとする小泉に、母が声をかけた。いつもならば次はいつ帰るか、気をつけて、などの会話をするが、今回は違った。母は小泉を黙って見上げた。小柄な母は長身の小泉を見上げるのは辛そうだったが、それでも目を見ようとした。少しかさついた手が、小泉の手を取る。ぎゅう、と、強く握られる。

「……いってらっしゃい」

 親の勘というものだろうか。母は、全ての意味をその言葉に詰め込んで、小泉を見送った。

 帰路を歩く。帰る場所へ、戻る。そこは終着点ではなかったが、交点だった。シャドウは長く生きてきた。影として、孤独に。シャドウとして、創一と。そして、小泉といる。シャドウの歩む道と小泉の歩む道は決して同じではなかった。だが、交わる点がある。隣立つ道がある。最果ての景色は未だ見えずとも、足跡は一人分ではない。そのことは導となり、道を照らす。

 家に帰ると、当たり前のようにシャドウが待っていた。だらりとリビングのソファに溶けていたのが、小泉の帰宅を見るや否や飛び起きる。それから、細長い腕を上へ下へ振りうろうろと視線を彷徨わせた。とてもらしくない。だが、シャドウとはこのようなものだったのだと感じることができた。シャドウらしくなく、シャドウらしい。何か言い淀むように、口を開き、閉じ、声らしきものを発し、黙り。それを繰り返して、言った。

「おかえり、小泉くん」

 呼び名は変わらない。しかしはっきりと自分を呼ばれていると思えた。創一の姿を追い求めているのではなく、小泉叶を呼んでいるのだと、声の響きでわかる。自己理解を経て、他者からの理解を経て、小泉叶は形になった。小泉叶という男は、それとして真実になった。は、は、と笑いが込み上げる。こんなにも簡単なことだった。こんなにも単純なことだった。遠回りをして、迷って、惑って、悩んで、収束した。突然笑い出した小泉にシャドウは首を傾げている。帰ったら何を話そうか、などと考えていたのが馬鹿らしくなった。語り合いたい話はたくさんある。知りたいこともまだある。言い出せていないことも、隠している。だが、言うべきは、一言だけだ。

「ただいま、シャドウ」


 あるところに男がいた。物語を紡ぐのが好きな男だ。あるところに怪異がいた。長く生きた影の怪異だ。男は語り部として、怪異は全てを識る聞き手として、あらゆる奇譚を語り直した。再定義した。魂は受け継がれ、その男の孫へと渡る。再定義は終わらない。この世に怪異がある限り、語る人間がいる限り。しかし彼らの物語は一度結末を迎える。誰にも語られぬ、当人ばかりが知る密やかな物語は、一人の男と一人の怪異が生まれ変わるまでの物語だ。

 万物を識るが、何も知らない怪異が学んだ。人間とは何かを。己を知らない男が、その全てを学んだ。自分とは何でできているのかを。

 絡まった糸は解け、一本になる。暗く足元の見えない闇に包まれた道は、導を得る。不確定で、曖昧な輪郭は定まった。定義された。これから揺らぐことはないだろう。

 だが。

 それは正しい手順ではない。人は人の世に。怪異は怪異の理に。隔てられなくてはならない。一線を越えてはならない。踏み入ってはならない。その者は禁忌を破った。聖域を汚した。調和を乱した。正されなくてはならない。間違った結末を迎えた物語は、書き換えなくてはならない。秩序は保たれなくてはならない。

 ペンをとるのは、何も一人ではない。書き換える権利は、特権ではない。

 この物語は単純でありながら複雑だった。長すぎた。塗り潰さねば、間に合わない。語られたものを、語られた事実ごと消し去るのが最善策だ。

 紙にインクを溢そう。本に火を焚べよう。ぐちゃぐちゃに折り畳んで、引き裂いてしまおう。

 物語を嘘だとするのは簡単だ。物語は、初めから作られたものでしかない。観客は虚構だと知りながらも物語の中ではそれが真実だと思い込んでいる。舞台のセットの木々を、厚紙でできた建物を、煌びやかな衣装を、その物語の中では本物なのだと認識している。それを誤認と定義するのだ。虚構の内側でもそれは虚構なのだったと言えばいい。一度設定が覆されれば、読者は、観客は、二度と元の世界を本物と思えない。嘘だと切り捨てる。残忍に、純粋に。

 リセットするのだ。あれは、張りぼてだった。演じていた役者だった。筋書き通りのストーリーだった。そう、思わせる。

 魔法の呪文がある。これは物語を楽しんだことのある者ならば、誰もが知り、疑わない。語り部の外にあり、枠外にあり、現実に引き戻す魔法の呪文。

 ──この物語はフィクションだ。

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