第40話 演成会④ 余波
静寂。
ついさっきまで悲鳴と轟音に包まれていたスタジアムが、嘘みたいに止まっている。
最初に動いたのは、教員たちだった。
「医療班を!」
「結界を再展開しろ!」
「生徒を下層へ誘導!」
張り詰めていた空気が、一気に現実へ戻っていく。
警備担当の魔法師たちが舞台へ駆け込む。
その中央。
ユリウスは倒れたまま動かない。
「脈あります!」
「生きてる!」
医療班が膝をつく。
首筋。
砕けた黒い破片を確認した年配の教員が、顔を強張らせた。
「……外部干渉魔道具か」
担架が運び込まれる。
ユリウスの身体が慎重に固定され、そのまま搬送されていった。
誰も、軽々しく声をかけられない。
ただ、その様子を見送る。
その少し離れた場所。
レオンハルトが、ようやく小さく息を吐いた。
魔法陣は消えている。
だが、顔色が悪い。
肩で呼吸をしていた。
「……殿下」
隣から声がする。
リリアだった。
へたり込むように、その場へ座っている。
だが、様子がおかしい。
頬が赤い。
ピーコックグリーンの瞳が、まだ熱を持ったまま揺れている。
「すごかったです……!」
興奮した声だった。
「空間演算、全部繋がってました……!位相制御も、反転も、失速も……!」
ぷすぷす、と。
髪の先から、微弱な魔力火花が散る。
完全に過負荷だった。
レオンハルトが顔をしかめる。
「お前……」
「まだいけますよ!」
目がキラキラしている。
「いけない」
即答だった。
リリアはそこで初めて、自分がまだレオンハルトの手を握ったままだと気づく。
「あ」
だが、離さない。
いや。
離す余裕がない。
二人とも、その場へ座り込んだまま動けなかった。
少し離れた場所。
クラリスが、そんな二人を見てぽかんとしている。
「……なにあれ」
その横で、ルーカスは地面に転がったまま笑った。
「青春じゃね?」
「……青春じゃないわよ」
クラリスは呆れたように言いながら、ルーカスへ近づく。
そして。
ぴたり、と止まった。
「……あんた」
指差す。
「骨、折れてるけど」
ルーカスが視線だけを落とす。
右足首。
明らかに、向きがおかしい。
「あー」
本人は軽い声を出した。
「腕もやってるなぁ、これ」
苦笑い。
クラリスは顔をしかめる。
「痛くないの?」
「痛い」
即答だった。
「泣きたいほど痛い」
「……バカね」
「ひでぇな」
ルーカスが笑う。
でも、その額には脂汗が浮いていた。
クラリスは小さく息を吐く。
「強がる余裕あるなら安心した」
「余裕じゃなくて騎士の意地」
「なによそれ」
「かっこいいだろ?」
「ぜんぜん」
即答。
そのやり取りを見て、エリオットが小さく吹き出した。
「仲いいね」
「「よくない!」」
二人の声が、綺麗に重なった。
エリオットが、その様子を見てふっと笑った。
「医療班さん!こちらお願いします!」
少し離れた場所へ声を飛ばす。
それからクラリスを振り返った。
「グレイン嬢、騎士殿に付き添ってあげてね」
ルーカスが「騎士殿ってなんだよ」と小さく笑う。
エリオットは肩をすくめた。
「僕はあっちを見てくるよ」
「……わかったわ」
クラリスは頷き、ルーカスの方へしゃがみ込む。
エリオットはそのまま、レオンハルトたちへ歩み寄った。
「エルドナーさん、殿下」
呼びかける。
リリアはまだ座り込んだままだった。
ぷすぷす、と。
髪の先から小さな魔力火花が散っている。
「……せんぱい」
「エルドナーさん、大丈夫?」
エリオットが覗き込む。
その瞬間。
レオンハルトが、ほんの少しだけ眉を寄せた。
だが、何も言わない。
リリアは完全に別の方向へ視線と意識が飛んでいた。
「ノート……」
「え?」
「ノートありませんか」
「「は?」」
エリオットとレオンハルトの声が重なる。
「書かないと忘れちゃいそう……!」
リリアは真剣だった。
「すごいんです、すごかったんです」
ぷすぷす。
また火花が散る。
「殿下の演算……もう、正確で、早くて……!」
息が上がっている。
「空間制御も、位相反転も、砂鉄の一粒まで完璧で……!」
ぷす。
ぷすぷす。
そこで、言葉が止まった。
リリアの身体が、ぐらりと傾く。
「……あ〜〜」
そのまま、後ろへ倒れた。
レオンハルトが反射的に支える。
「リリア!」
返事はない。
リリアは、幸せそうな顔で気絶していた。
「医務室まで運ばないとね」
エリオットがしゃがみ込み、リリアへ手を伸ばす。
その瞬間だった。
「触るな」
低い声。
エリオットが目を瞬く。
レオンハルトは、すでにリリアを抱き上げていた。
横抱き。
いわゆる、お姫様抱っこだった。
眠ったままのリリアが、無意識にレオンハルトの服を掴む。
レオンハルトは気にした様子もない。
「ただの過負荷だ」
短く言う。
「医務室へ連れていく」
そのまま歩き出した。
エリオットは、その背中を見送る。
少し離れた場所。
クラリスがぽつりと呟いた。
「……あれ絶対無自覚よね」
ルーカスがふっと笑う。
「超無自覚だねぇ」
スタジアムに、ようやく安堵の空気が戻り始めていた。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
明日以降も【毎日20時更新】予定です。
【この物語とは別に、違う世界を扱った作品もあります】
もしご興味があれば、そちらも覗いてみてください。
光を背負った王〜神力を宿す王太子エルドウルフの戦記〜
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