第4話 組まされた
講義棟の階段教室に入ると、すでに半分ほどの席が埋まっていた。
段差に沿って並ぶ机。前方には実技用の魔法陣が刻まれている広い舞台がある。
座学の教室よりも天井が高く、空気がわずかに冷たい。
壁面には、防御結界が幾重にも重ねられている。
学生の実習魔法で破られたことはないらしい。
「やっぱりここ、広いわよね」
クラリスが小さく言う。
リリアはうなずきながら、視線を巡らせた。
――いた。
窓際の席に、レオンハルト・アルヴェインはいた。
新クラスの発表のときにも見かけたが、整った顔立ちと無駄のない姿勢が印象に残っている。特別に大柄ではないのに、そこだけ空気が違うように見えた。
それ以上は、まだ分からない。
「あら」
艶のある声が飛んできた。
「二位の方がいらしたわ」
前列の席で、イザベラ・グランヴェルがゆったりと扇を閉じる。
「5年進級では首席から転落なさったとか。」
「まあ。二位でも十分ご立派ですわ」
イザベラの横には取り巻きの令嬢たちが当然のように並んでいて、教室の一角だけが小さな社交場みたいになっている。
「今回はお相手が殿下でしたもの。気を落とすことはなくてよ」
クラリスがわずかに眉をひそめた。
リリアは素直に頷く。
「はい。とても残念でした。社会学と魔法実践学が足りてないようです。」
「え」
「ご心配ありがとうございます。イザベラ様は今日もお優しいですね」
にこ、と微笑みリリアは素直にそう言った。
イザベラが一瞬言葉を失う。
リリアはそのまま通り過ぎた。
後ろで、クラリスが小さく苦笑する。
「あ、リリア、クラリス」
レオンハルトの前の席にいたルーカスが、こちらに気づいた。
明るいブラウンの髪に、柔らかい色の瞳。背は高すぎず低すぎず、基本笑顔で機嫌がいい。
社交性が異常に優れ、レオンハルトと同時期に編入してきたにもかかわらず、クラスに溶け込むのに一週間と掛からなかった。
「ここ空いてるぞ」
ひらひらと手を振る。気負いのない声だった。
その動きで、レオンハルトがこちらを見た。
目が合う。
思っていたより、冷たくはない。
――と、そこまで考えたところで。
レオンハルトは小さく息を吐き、興味をなくしたように視線を逸らした。
同じ列に座る。
観測するには、悪くない。
始業の鐘が鳴り、教室のざわめきが少しだけ収まる。
扉が開いた。
「はい、おはようございます」
アルフレッドが、いつもの柔らかな声で入ってくる。
後ろには数名の補助教員が控えていた。
「本日は魔法実践です。まずは簡単な制御と応用から始めますよ」
黒板に、基礎式と魔力流路の図が書き出される。
リリアはペンを取った。
クラリスは隣で、少しだけ姿勢を正す。
「では、ペアを組んでください――と言いたいところですが」
アルフレッドはそこで教室を見渡した。
微笑みは変わらない。
「今回は、こちらで決めさせていただきます」
小さなざわめきが走る。
「公平性と効率のためです。ご理解くださいね」
すでに決まっている、という口調だった。
補助教員の一人が名簿を差し出す。
アルフレッドはそれを受け取り、ゆっくりと名前を読み上げた。
「ルーカス・ベルナール」
「はい」
「イザベラ・グランヴェル」
「……承知しましたわ」
イザベラは扇を膝の上に置き、静かに立ち上がる。
表情は整っているが、目元にだけ不満が残っていた。
ルーカスは苦笑しながら手を上げる。
「よろしく、グランヴェル公女」
「ええ。足を引っ張らないでくださいませ」
「こわ」
教室の空気が、少しだけゆるむ。
その後も、数組の名前が呼ばれていく。
呼ばれた者が席を立ち、舞台近くへ移動する。
机の間を抜ける足音。
椅子を引く音。
小さな囁き声。
リリアはノートの端を指で押さえながら、順番を待っていた。
そして。
「リリア・エルドナー」
「はい」
背筋が、わずかに伸びる。
アルフレッドは一度だけ視線を上げた。
穏やかに、しかし確定的に告げる。
「レオンハルト・アルヴェイン殿下と組んでください」
教室の空気が、ほんのわずかに揺れた。
誰かが息を呑む。
別の誰かが、すぐに視線を伏せる。
リリアは一瞬だけ思考を止めた。
――観測対象。
同時に、別の認識も浮かぶ。
一番、気になる相手。
視線を上げる。
レオンハルトは、すでにこちらを見ていた。
その赤い瞳は静かだった。
驚いているようには見えない。
まるで、最初からそうなると知っていたみたいに。
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この物語とは別に、違う世界を扱った作品もあります。
もしご興味があれば、そちらも覗いてみてください。




