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第3話 近づかない方がいい人

 


 翌朝。


 リリアは机の上に広げていた教科書を鞄へしまい、最後にペンケースを押し込んだ。


 窓辺では、クラリスが手鏡を片手に前髪を整えている。毎日身だしなみを崩さない。いかにも彼女らしい。


「用意できた?」


 鏡越しに、クラリスがこちらを見る。


「はい」


 鞄の口を閉じて立ち上がると、クラリスは満足そうに頷いた。


「じゃあ行きましょう。今日は一限からでしょう?」


「そうでした」


「そうでした、じゃないのよ」


 呆れた声に小さくうなずきながら、リリアは先に扉へ向かった。


 その背中に、クラリスがふと声を投げる。


「ねえ、リリアも少しくらい手を入れたらいいのに」


「……何をですか」


「顔よ」


 思わず振り返る。


 クラリスは鏡を閉じながら、当然のことみたいに言った。


「せっかく肌きれいなんだし、髪だってちゃんと整えたら可愛いのに。いつも三つ編み。」


「わたしなんか」


 口をついて出た言葉に、クラリスがすぐ眉を寄せた。


「そういうの、よくないわよ」


「でも本当ですし」


 背も低いし、胸もないし、と続けかけてやめる。

 丸い眼鏡の奥で、ピーコックグリーンの瞳がわずかに揺れた。


「本当じゃない」


 きっぱり言って、クラリスは立ち上がる。


「リリアは地味なだけで、ちゃんと可愛いの。自覚がないのはもったいないわ」


 そういうものだろうか、と少し考える。


 クラリスは誰もが目を引く美人だ。


 さすが王都の近郊の子爵のご令嬢。いつもおしゃれで、すれ違う男の子は振り返る。


 ――私は全然違う。


 鏡の前で時間をかけるくらいなら、問題集を一問でも多く解く方がまし(現実的)だった。


 クラリスは寮の扉を開け、先に廊下へ出る。


「まあ、今はいいけど」


「今は、ということは」


「そのうちやるのよ」


「ええ……」


 鍵を閉める音が、朝の静かな廊下に小さく響いた。


 寮の廊下はまだ人影がまばらで、窓から差し込む光が床を細く切っている。


 階段を下り、中庭へ出る。朝の空気は少しひんやりして、風は少しだけ冷たかった。


 薄茶の髪を二つに編んだおさげが、肩のあたりで軽く揺れる。


 クラリスはその様子をちらりと見て、ふっと息をついた。

 王立アストレア学院の敷地は広く、寮から講義棟までもそれなりに歩く。

 整えられた芝と石畳の道、その先に続く尖塔と回廊は、毎日見てもまだ少しだけ場違いに思える。


「あの」


 その中を歩きながら、リリアは声を落とした。


「なあに」


「昨日、副学院長室で名前を聞いたんですけど」


 クラリスの足が、ほんの少しだけゆるむ。


「レオンハルト・アルヴェイン殿下って、どんな方なんでしょうか」


 できるだけ軽く言ったつもりだった。

 王子だから、ではなく。


 首席だから、という方を前に出す。


「編入してきて、すぐ首席だったでしょう」


 クラリスは足を止めた。


 ゆっくりとこちらを振り返る。


「……リリア」


「はい」


「それ、普通は“王子だから気になる”って流れじゃない?」


「王子だから、は別に」


「別なの」


「首席だからです」


 クラリスはしばらく何も言わなかった。


 それから小さく息をつく。


「……ぶれないわね、ほんと」


 何がだろう、と考えかけたが、その前にクラリスが続けた。


「学園でどうこうっていうより、王都の方が有名かもしれないわ」


 少し声が落ちる。


「去年の王の誕生日の祝宴でね、殿下の周りに令嬢が集まったの。だって、王子だし、見た目も完璧でしょう?」


 そこまでは、よくある話だ。


「でも、そのとき二人倒れたのよ」


 リリアの手が止まる。


「……建国祭の夜会でも、三人」


「同じように?」


「らしいの。原因ははっきりしないって。でも、ああいう場で続くと、さすがに笑えないわ」


 クラリスは眉を寄せた。


「乱暴とか、意地悪とか、そういう人じゃないのよ。むしろ静かだし、滅多に喋らないし、見た目だけなら超優良」


 言いながら、言葉を探すように少しだけ視線を落とす。


「……でも、なんか変なの」


「変」


「そう。説明しにくいんだけど、近くにいると落ち着かないっていうか……皆、自然と距離を取るのよ」


 リリアは少し考えた。


 倒れた、という事実だけなら気になる。

 けれど原因が分からないなら、それだけで結論を出すのは早い気もした。


「……噂、ということですか」


「そうね。噂、なんだけど」


 クラリスはリリアを見る。


「言っておくけど、面白がって近づく相手じゃないからね」


「面白がってはないです」


「じゃあ何」


 リリアは少しだけ迷ってから答えた。


「一番、気になる相手です。――首席ですから」


 クラリスが額に手を当てた。




 講義棟の階段教室に入ると、すでに半分ほどの席が埋まっていた。


 

ここまでお読みいただきありがとうございます。


明日以降も【毎日20時更新】予定です。


この物語とは別に、違う世界を扱った作品もあります。

もしご興味があれば、そちらも覗いてみてください。

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