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第2話 断れない話

 


 副学院長室へ続く廊下は、やけに天井が高かった。


 梁から下がる三連の魔導灯が、等間隔に並んでいる。

 白い光は均一で、影がほとんどできない。


 古い建物特有の重さがあるのに、どこか整いすぎていて、落ち着かない。


 足音だけが、やけに響く。


 リリアは無意識に歩幅を狭くした。


 副学院長室は、中央館の二階にあった。


 普段あまり来ることのない場所で、足を踏み入れるだけで少し落ち着かない。


 扉の前で、リリアは一度足を止めた。


 小さく息を吸って、吐く。


 それから、軽く手を上げる。


 ――コン、と控えめにノックした。


「どうぞ」


 扉の向こうから返ってきた声は、思っていたよりもやわらかかった。


 失礼します、と言って中に入る。


 副学院長室は、整いすぎているくらい整っていた。

 書類も、調度も、すべてがきちんとあるべき場所に収まっている。


 その中央で、副学院長アルフレッド・セヴランが穏やかに微笑んでいた。


「よく来ましたね、リリア・エルドナーさん」


 促されるまま椅子に座る。


 逃げ道はない、と妙にはっきり思った。


「まずは成績から。優秀です」


 差し出された紙には、見覚えのある数値が並んでいる。


「奨学金についても、概ね問題ありません」


 その一言で、肩の力が少しだけ抜けた。


「ただし」


 すぐに肩に力が戻る。


「推薦は二人必要なんですよ」


 アルフレッドは、やわらかく微笑んだまま言った。


「一人は私です。もう一人、必要になります」


 断れない形だ、と分かる。


「紹介はこちらでします。心配しなくて結構です」


 やわらかい声のまま続ける。


「その代わり、少しだけお願いがあるんですよ」


 少しだけ、という言葉ほど信用ならないものはない。


「君は座学が優秀ですね。特に自然科学。観察や記録は得意でしょう?」


「……はい」


「それに」


 アルフレッドは微笑みを崩さなかった。


「壊れない」


「はい?」


「なんでもありません」


 何か言った?


「ともかく、適性があるということです。わかりますか」


「いえ、あまり……。」


 正直に答えると、アルフレッドは穏やかに頷いた。


「大丈夫ですよ。難しいことではありません」


 にこりと笑う。


「難しく無いんですか」


「ええ。貴方なら簡単な部類でしょう」


「お願いできます?」


 奨学金のためだ。断れる形ではなかった。


「はい」


「結構」


 満足そうに、軽く頷く。


「きまりですね」


「観測をして下さい」


「観測ですか?」


「はい。」


「天体……いえ、植物とか」


「おしい」


「動物」


「近い」


「――猫?」


「学生です」


「えっ。学生を観測していいんですか」


「してください」


「観測対象は一名です。日常の行動を見て、必要があれば記録していただくだけです」


 リリアは少しだけ考えた。


「……観測とは、何を記録すればよいのでしょうか」


「行動全般ですね」


「授業への出席状況や、生活の規則性、発言の内容なども含まれますか」


「ええ、必要であれば」


 リリアは小さく頷いた。


「……時間と期限は決まっていますか」


 アルフレッドはわずかに目を細める。


「始業から終業まで。とりあえず前期で結構ですよ」


 それなら、とリリアは思った。


 授業時間内の観測と記録。

 範囲としては明確だ。


「わかりました。でしたら対応できます」


 自分でも驚くくらい、素直に言葉が出た。


「……がんばります」


 アルフレッドは、穏やかに微笑んだ。


「結構です」


 その一言で、もう引き返せないのだと分かった。


 アルフレッドは穏やかに続ける。


「では、対象をお伝えします」


 アルフレッドはにっこりと微笑んだ。


「レオンハルト・アルヴェイン第五王子殿下です」


 ――――――――――首席だ。



 

ここまでお読みいただきありがとうございます。

第三話へ続きます

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