第37話 演成会① 開幕
王立アストレア学院のスタジアムは、朝から熱を帯びていた。
段状に広がる観客席は、ほとんどが生徒で埋まっている。
一年から六年の最終学年まで――中等科にいるほぼ全員が、この場に集まっていた。
年に一度の演成会。
魔法科の学生が、その成果を公に示す日だ。
外部からの来賓も多い。
北側の貴賓席には王族関係者。
南側には、隣国ヴェルドラン王国の文部大臣が招かれていると、先ほどアナウンスがあった。
両席とも、透明な魔道具の壁で区切られている。
ガラスのように見えるが、魔力干渉と衝撃を遮断する結界だ。
視線だけが、通る。
――見られている。
そんな感覚が、場に薄く広がっていた。
リリアは、一階スタンドの前列に座っていた。
隣にはクラリス。そしてルーカス。
反対隣に、エリオットがいる。
普段は整って見えるスタジアムも、今日はまったく別物だ。
ざわめきが、途切れない。
「すごい人だな」
ルーカスが肩越しに観客席を見上げる。
「ええ。今年は多い方かも」
クラリスが答える。
「それに来賓の顔ぶれがいいもの。王族に、隣国まで来てるんだから――にしても、今日は貴賓席、人が多くない?」
クラリスがスタジアム上段を見上げる。
普段より警備が多い。
北側貴賓席には、王族紋章まで見えていた。
「ああ」
エリオットが頷く。
「第四王子オズワルド殿下が視察に来てるらしいよ」
「第四?」
「研究科の特別監修名義だったかな」
「ふーん」
クラリスが少し驚く。
「毎年、演成会は軍も見るから。優秀な人材のスカウトもあるって噂だしね」
エリオットが静かに言う。
ルーカスはフィールドを見たまま、ぼそりと呟いた。
「……怪我人出しといて、普通にやるんだな」
声は低かった。
感心でも批判でもない。
ただ、事実を確認するような響きだった。
ルーカスはそれ以上は何も言わない。
ただ一度だけ、貴賓席の方へ視線を向けた。
エリオットは、腕を組んでフィールドを見ていた。
「仕掛けは潰した」
静かな声で言う。
「それで、仕掛けた側がどう出るかだね」
リリアは、少しだけ目を細める。
人の流れ。
魔力の揺れ。
配置。
すべてが、整っている。
整いすぎている。
違和感と呼ぶほどではない。
ただ、どこか――引っかかる。
そのとき。
開始の鐘が鳴った。
最初に登壇したのは、中等科一年生だった。
小型の火球。
腰ほどの高さの土壁。
細く伸びる氷柱。
まだ大きな魔法ではない。
けれど、一つひとつを確実に形にしようとする姿に、観客席から拍手が起きる。
途中、火球が少し横へ流れた。
「あっ」
本人の声が漏れる。
だが、舞台を囲む透明な防御魔道具が淡く光り、火はその場で弾かれた。
どっと笑いが起きる。
笑われた生徒は赤くなりながらも、すぐに頭を下げた。
次の土壁も、少し斜めに傾いた。
氷柱は予定より短かった。
それでも、危険はない。
防御魔道具は確実に作動し、補助教員たちも落ち着いて見守っている。
拍手。
笑い声。
小さな歓声。
演成会は、概ね順調に進んでいた。
「ユリウス・ヴァルモン」
名が呼ばれた。
ざわめきが、すっと引く。
中等科五年生、上位。
実践魔術二位。
座学は五位だが、実技の精度でここまで上がってきた生徒だ。
静かな足取りで、ユリウスが舞台中央へ出る。
癖のない動き。
無駄のない姿勢。
――安定している。
リリアは、そう判断した。
補助員が、舞台の端に黒い粉を撒く。
さらさらと広がる。
「黒い粉……?」
クラリスが小さく首をかしげた。
「砂鉄でしょうか」
リリアが答える。
「磁場の流れを見せるための、視覚補助ですね」
「ユリウスは磁力が得意だからな」
ルーカスが短く付け加える。
「へえ、珍しいね」
エリオットが興味深そうに目を細めた。
舞台中央で、ユリウスが手を上げる。
黒い粒子が、ふわりと浮いた。
黒い粒子が集まり、滑らかな球体を作る。
揺れない。
崩れない。
球体がほどけ、四つの面を持つ形へと変わる。
直線だ。
歪みがない。
観客席から拍手が生まれた。
さらに分割され、面が増える。
多面体。
複雑な構造が、空中で静止している。
小さな歓声が上がった。
「すごい……」
クラリスが呟く。
リリアは、目を細めた。
綺麗すぎる。
その瞬間。
多面体が、崩れた。
ばらけた粒子が、空中で震え、止まらない。
集まり直す。
だが形にならない。
――荒れる。
砂鉄が、広がった。
ざわ、と観客席が揺れる。
粒子が加速して擦れる。
弾く。
細かい音が、連なる。
空気が焼ける匂いがした。
「……おい!」
ルーカスが立ち上がる。
砂鉄は、もう“制御”ではなかった。
暴れている。
面で、削るように。
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