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第30話 予行演習 計算された雹




 舞台の上で、次の名前が呼ばれた。


「エリオット・ノワール」


 ざわめきが、一段だけ落ちる。


「六年首席だ」


 誰かが小さく言った。

 観客の視線が、自然と舞台へ集まっていく。

 エリオットは軽く会釈して、中央に立った。

 

 構えは静かだった。

 派手な身振りはない。

 指先がわずかに動き、短い詠唱が落ちる。

 削ぎ落とされた、必要最低限の言葉。

 その足元に、小さな魔法陣が浮かんだ。

 その瞬間、舞台の上の空気が少しだけ冷えた。

 観客席のざわめきが、自然と小さくなる。


 上空に、薄い白が滲んだ。

 最初は、ただの霧のように見えた。

 けれど、それは散らない。

 集まり、重なり、ゆっくりと輪郭を持つ。

 局所的な雪雲だった。


 舞台の上だけに生まれた小さな雲が、空中に留まっている。

 輪郭は柔らかい。

 それなのに、密度は揃っていた。

 水分の集束が、正確だ。


 リリアは息をひそめる。


 雲の下で、空気が細かく震えた。


 ぽつり。


 硬い音が一つ、舞台に落ちる。

 雹だった。

 白い粒が、石床の上で小さく跳ねる。

 続いて、二つ。

 三つ。


 降る、というほど多くはない。


 けれど、落ちてくる粒の大きさも、間隔も、ほとんど揃っていた。


 偶然ではない。

 作られている。

 リリアの視界に、穏やかな波が見えた。

 揺れはある。

 だが、崩れてはいない。


 短縮詠唱でここまで制御するなら、かなり安定している。


「……綺麗」


 クラリスが小さく呟いた。


「だな」


 ルーカスが短く応じる。

 

 エリオットは空を見上げたまま、わずかに出力を上げた。

 雲が、少し厚みを増す。

 落ちる雹の粒が、ほんの少し重くなった。

 音も変わる。

 ぽつり、から、こつり、へ。

 それでも乱れない。

 粒は揃ったまま、舞台の上に規則正しく落ちていく。


 リリアの隣で、レオンハルトがわずかに視線を上げた。


 その時だった。


 エリオットの目が、こちらをかすめる。

 短い視線だった。

 本当に、わずかな間。

 けれどリリアには、エリオットが観測されていることを分かっているように見えた。


 次の瞬間、エリオットは出力を落とした。

 雲の輪郭がほどける。

 白い粒は止まり、冷えていた空気がゆっくり戻っていく。

 最後の雹が、石床で小さく跳ねた。

 それが消えるように溶けたあと、静かな拍手が、少し遅れて広がった。


 リリアは、ノートに短く書き込んだ。


 形成速度。

 粒径の均一性。

 落下間隔。

 そして、わずかな波の揺れ。


 安定している。

 けれど、完全ではなかった。

 

 拍手の中、エリオットがスタンドへ戻ってくる。

 顔色は悪くない。

 歩き方も変わらない。

 それでも、リリアの視界には、先ほどの波の揺れが残っていた。


「少し、辛かったんじゃないですか?」


 思わず尋ねる。


 エリオットは短縮詠唱では、歪みが出る。

 さっきの実演でも、それは消えていなかった。

 リリアが心配そうに見上げると、エリオットは軽く息を吐いた。


「大丈夫」


 いつもの穏やかな声だった。


「雹にしたからね。氷球を空中で固定し続けるよりは、ずっと楽だよ」


「……そんなことはない」


 低い声が落ちた。

 レオンハルトだった。

 視線は前に向けたまま、淡々と言う。


「上層と下層で温度帯を分けている。水分を集め、雲を維持し、粒を揃え、落下間隔まで制御していた」


 そこで、わずかに目を細める。


「簡単なはずがない」


 周囲の音が、ほんの少し遠のいたように感じた。

 エリオットは少しだけ黙る。

 それから、わずかに笑った。


「さすがに、そこは分かるか」


 

 ――次の学生が呼ばれた。

 

ここまでお読みいただきありがとうございます。


明日以降も【毎日20時更新】予定です。


この物語とは別に、違う世界を扱った作品もあります。

もしご興味があれば、そちらも覗いてみてください。

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