第27話 接触実験 検証対象 : エリオット・ノワール
「接触条件も必要です」
言ってから、リリアは少しだけ手を止めた。
接触。
レオンハルトの時は、背中を支えた。
あの時、何かが起きた。
周囲の不快感が消えた。
レオンハルトの呼吸も戻った。
歪みは、通常の中和では説明しきれないほど急速に収まった。
けれど、リリア自身は現象の全体を見ていない。
背を支えることに必死で、光の変化も、空気の変化も、客観的には観測できなかった。
だから、記録として残っているのは結果だけだ
接触によって、非接触より強い変化が出た。
条件は、まだ足りない。
エリオットはリリアの表情を見て、声を少し柔らかくした。
「無理にとは言わないよ」
「必要です」
リリアはすぐに答えた。
「軽い接触から始めます」
「手でいい?」
「はい」
エリオットは机の上に、片手を置いた。
手のひらを上に向けるのではなく、甲を上にして、動かさずに置く。
リリアが触れやすいように。けれど、リリアの手を取る形にはならないように。
その配慮は、静かだった。
リリアは一度うなずき、自分の手をその上に重ねた。
指先ではなく、手の甲の上にそっと。
体温が伝わる。
エリオットは短縮詠唱を始めた。
空気中の水分が集まる。
今度は、さらに速い。
氷の輪郭が、最初から迷わず閉じていく。
銀皿の上に、透明度の高い球体が浮かんだ。
完全詠唱の時よりも、短縮詠唱の時よりも、明らかに整っている。
エリオットが息を止めた。
「……これは」
リリアは氷を見る。
透明度は上がっている。
形状も整っている。
白濁は残っているが、かなり薄い。
けれど。
レオンハルトの氷とは違う。
あの、内側まで澄み切ったような透明度ではない。
あの、空中に固定されたまま微動だにしない精度でもない。
リリアは手を離してから、ノートへ視線を落とした。
「効果はあります」
リリアは言った。
「ただ、殿下ほどではありませんね」
エリオットはゆっくり息を吐く。
「だろうね」
「分かっていたんですか」
「予想はしていた」
エリオットは、できあがった氷を見ながら小さく息をついた。
「でも、殿下だけじゃなく、僕にも効くみたいだ」
リリアが顔を上げる。
「効果の差までは、まだ分からないけど」
エリオットは氷の透明な表面を指先で軽く示した。
「君は、汎用性のある緩衝かもしれない」
リリアは少しだけ目を瞬いた。
「知りませんでした」
「無理もないよ」
エリオットはやわらかく言った。
「歪みは、上級魔法の重ねがけや短縮詠唱で起きやすいものだ」
「学生の実習や日常魔法程度じゃ、そこまで分からなくても当然だよ」
リリアは少し考える。
「なるほど」
真面目にうなずく。
「自分では分かりませんでしたが、価値としては有用なのですね」
エリオットは思わず苦笑した。
「……そういう受け取り方をするんだ」
「違うんですか?」
「違わないよ」
エリオットは小さく笑う。
「でも、たぶんそれだけでもない」
エリオットは小さく言った。
リリアは首をかしげる。
「それだけではない、とは?」
答えは返らなかった。
図書室の入口に、人影があった。
副学院長アルフレッドが、静かに立っている。
いつものやわらかな微笑みを浮かべたまま、重なっていた二人の手を見ていた。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
明日以降も【毎日20時更新】予定です。
この物語とは別に、違う世界を扱った作品もあります。
もしご興味があれば、そちらも覗いてみてください。




