第25話 中間報告
中間試験が終わった。
リリアは、座学二位、実践魔法四位、総合二位だった。
首席は、レオンハルト・アルヴェイン。
――実技はともかく、座学でもまた負けました……。
掲示板で結果を確かめたあと、リリアは約束の時間に合わせて、副学院長室へ向かった。
廊下を歩きながら、鞄の中のレポートを指先で確かめる。
観測記録。
条件整理。
仮説。
現時点での中間報告。
紙の束は薄くない。
けれど、まとめきれているとは言い切れなかった。
副学院長室では、アルフレッドが待っていた。
「どうですか」
部屋に入るなり、アルフレッドはやわらかく微笑んだ。
「観測は進んでいますか」
リリアは姿勢を正した。
「はい」
「そうですか」
アルフレッドは机の上で指を組む。
「では、見せていただけますか」
リリアは持っていたレポートを差し出した。
アルフレッドはそれを受け取り、視線を落とす。
一枚、めくる。
二枚、めくる。
部屋には、紙の擦れる音だけが残った。
窓際のカーテンが、かすかに揺れている。
外の廊下の足音は遠く、この部屋の中だけが静かに切り取られているようだった。
「……レオンハルト殿下の歪みと中和について、ですか」
やがて、アルフレッドはそう言った。
「着眼点が面白い」
リリアは黙って立っている。
「ほほう。条件を切り分けて、再現性まで見ているのですね」
「はい」
「距離、視界、配置」
アルフレッドはレポートを見たまま続ける。
「あなたは、そこに着目したのですね」
「はい」
リリアは短く答えた。
「そもそも、無詠唱による上級魔法の重ねがけは、術式干渉を起こす可能性があります」
声に余計な抑揚はない。
報告する。
観測したものを、順に並べる。
「その際に歪みが発生する、という噂がありました」
アルフレッドは何も言わずに聞いている。
「殿下の場合、四月の実習中の事故の際、近距離にいた場合に安定傾向が見られました」
「その後、殿下から近くにいるよう要請を受けましたので、条件を整理し、検証を行っています」
アルフレッドは小さく頷いた。
「なるほど」
机の上で組まれていた指が、ゆっくりとほどける。
「噂を、条件に落としたのですね」
「……はい」
「良いことです」
リリアは少しだけ目を上げた。
褒められているようにも聞こえる。
けれど、どこか測られているようでもあった。
アルフレッドはさらにレポートをめくる。
「近距離の方が安定傾向が強い」
「視界から外れると悪化しやすい」
「隣接より正面配置の方が、状態が安定して見える」
読み上げる声は穏やかだった。
「面白いですね」
アルフレッドの指先が、レポートの一点で止まる。
「隣より正面の方が優位だと考えた理由は?」
リリアは迷わず答える。
「第三者から、魔法生成物の氷の透明度が高いという所見がありました」
「透明度が高いほど、発現の安定度も高いと仮定しています」
「なるほど」
アルフレッドは視線だけを少し下げた。
「本人の自覚症状については?」
「近距離では比較的安定しています。ただし、距離が離れると不調の訴えが増えます。視界から外れた場合も同様です」
アルフレッドは小さく息をついた。
「十分ですね」
その言葉はやさしいのに、温度が低かった。
「現時点では、それで十分です」
リリアは一瞬だけ黙った。
十分。
何に対してなのか、少しだけ気になった。
けれど、聞かなかった。
アルフレッドはレポートを閉じる。
「レポートはお返ししますね」
まとめ切っていないレポートは必要ないということだろうか。
「無理はしていませんか」
「していません」
「それは結構」
副学院長は穏やかに言った。
「では、引き続き観測を続けてください。特に、距離と視界の条件は丁寧に」
「はい」
リリアは頷いた。
アルフレッドはその返答を聞いて、少しだけ首を傾ける。
「そういえば」
視線が上がる。
「最近、六年のエリオット・ノワールとよく話しているそうですね」
リリアは少しだけ目を瞬いた。
「はい。歪み゙に関する意見を聞いています」
「なるほど」
アルフレッドは微笑んだ。
「優秀な先輩です。学ぶことも多いでしょう」
そこまでは自然だった。
けれど、次の一言が、わずかに引っかかった。
「ただ」
微笑みは崩れない。
「観測対象と、それ以外の線引きは、忘れないでくださいね」
線引き。
その言葉が、少し気にかかる。
「……はい」
「とても良い内容でした」
アルフレッドは机の上に手を重ねて置いた。
「奨学金推薦のためにも、無理をせず頑張ってくださいね」
「はい」
リリアは素直にうなずいた。
副学院長室を出る。礼をして扉が閉めた。
廊下の空気は、部屋の中より少しだけ軽かった。
リリアは胸の前で、鞄の持ち手を握り直す。
線引き。
観測対象。
それ以外。
言葉だけが、頭の中に残る。
考えかけて、やめた。
約束の時間には、まだ少し早い。
それでも足は自然と図書室へ向いた。
エリオットは、窓際の長机のいつもの席にいた。
机の上には、ノートと数枚の紙が広げられている。
リリアに気づくと、エリオットはやわらかく目を上げた。
「ちょうどよかった」
ノートを閉じる。
「提案があるんだけど」
リリアは席に着く前に足を止めた。
「はい」
エリオットは少しだけ考えるように、指先でノートの端を押さえた。
「君の緩衝が、僕にも効くかどうか」
そこで、いったん言葉を区切る。
リリアの顔を見て、反応を確かめるように続けた。
「軽い検証でいい。危険が出るようなら、すぐに止める」
紙の上には、短縮詠唱時の歪みに関する図が描かれていた。
波形。
減衰。
距離条件。
リリアはそれを見て、少しだけ目を細める。
「実験してみない?」
ここまでお読みいただきありがとうございます。
明日以降も【毎日20時更新】予定です。
この物語とは別に、違う世界を扱った作品もあります。
もしご興味があれば、そちらも覗いてみてください。




