第21話 価値
その日、部屋に戻ったレオンハルトは、しばらく動かなかった。
立ったまま、何もしていない。
ただ、考えている。
図書室に行った。
リリアがいた。
エリオットと話していた。
気がついたら、手を掴んでいた。
嫌だった。
嫌だったのは、なぜだ。
自分の行動が理解できない。
目を閉じる。
――感情は制御しなさい。
低く、宮廷魔法師の静かな声が蘇る。
魔法の師。
幼い頃から繰り返し聞かされてきた言葉。
――乱れは歪みだ。
――自分も、周りも傷つける。
息を吐く。
ゆっくりと。
それでも、落ち着かない。
――その膨大な魔力は、いずれ王国のために使われる。
戦の前線に立つために与えられたものだと、教えられてきた。
使いどころを誤れば、自分も、周りも壊す。
だから、制御しろと教えられてきた。
分かっている。
ずっと、その通りにしてきた。
なのに。
「いつか歪みがなくなれば、殿下も皆さんと距離を取らなくてよくなります」
声が残る。
「殿下は優しいですね」
ぐるぐると、同じ言葉が回る。
優しい?
違う。
そんなものじゃない。
「……嫌だった」
小さく、こぼれる。
何が。
なぜ。
答えが出ないまま、思考だけが回り続けていた。
**
女子寮の部屋に戻ると、リリアは制服を替えて、そのまま浴室に入った。
貴族生の多い学院だけあって、各部屋には簡素ながら個別の洗面とシャワー室が備えられている。
温かい湯を肩に流して、ようやく息をつく。
今日は、いろいろありすぎた。
髪をかき上げた拍子に、手首が目に入る。
うっすらと、赤い跡が残っていた。
「……」
少しだけ眉を寄せる。
――あんなに強く握らなくてもいいのに。
理由を言ってくれたら、ついていったのに。
――殿下は少し強引です。
そう思いながら、指先で手首に触れる。
痛いというほどではない。
けれど、痕が残るくらいには強かったらしい。
湯を止め、布で水気を拭き取りながら、今度は別のことを思い出す。
エリオット先輩の言っていた、個別最適の魔道具。
もし波形の解析ができれば、殿下も周りも、もっと楽になるのだろうか。
減衰でもいい。
少しでも負荷が減れば、体調は安定するかもしれない。
そうしたら、周囲を傷つけないように距離を取ったり、感情を押し込めたりしなくて済むようになるのに。
そこまで考えて、ふと止まる。
――あれ。
――それが実現したら。
――私は、いらなくなる?
胸の奥に、小さな違和感が残った。
役目がなくなる。
それは、きっと良いことのはずだ。
殿下が自由に人と話せるようになるなら、その方がいい。
皆が歪みに怯えなくて済むなら、その方がいい。
そう思う。
そう思うのに。
ほんの少しだけ、言葉にできないものが残った。
リリアはしばらく考えた。
もっと考えた。
けれど、結論はすぐに別の方向へ向かった。
――私は中和する可能性があります。減衰も大事です。でも、中和はもっと大事かもしれません。
――今後は、減衰の可能性と中和の検証を進めていきましょう。
ひとりでうなずく。
そこで、はたと止まった。
「……あれ?」
ノート。
どこに置いたのだったか。
わずかな空白のあと、図書室の机が頭に浮かぶ。
「……どうしたっけ?」
ここまでお読みいただきありがとうございます。
明日以降も【毎日20時更新】予定です。
この物語とは別に、違う世界を扱った作品もあります。
もしご興味があれば、そちらも覗いてみてください。




