第19話 図書室
放課後の検証は、いつもより早く終わった。
距離三十センチ。
位置はとなり。
飲食あり
使用魔法は、五センチ真球、マイナス三度固定。
結果は安定。
リリアはノートに最後の一行を書き込み、ペンを置いた。
「本日の検証はここまでです」
「早くない?」
クラリスが首をかしげる。
「はい。今日は図書室で確認したいことがあります」
「今日も?」
「はい」
リリアはノートを鞄にしまいながら答えた。
クラリスも軽やかに立ち上がる。
細身の鞄を肩にかける仕草は、何気ないのに妙に様になっている。
膝下までの黒いソックスに、細身の編み上げブーツ。
制服の裾から伸びる立ち姿がすっきりとしていて、彼女をいっそう大人びて見せていた。
「じゃあ、また後で」
「はい。また後で」
リリアは小さく頭を下げ、図書室へ向かった。
少し後ろで、レオンハルトはまだ座ったままだった。
何も言わず、机の上に置いた教科書を見ている。
ルーカスが机に片手をつき、のんびりと身体を起こした。
「リリア、最近よく図書室行くな」
クラリスは鞄の位置を直しながら、さらりと首を振った。
「詳しくは聞いてないわ」
「えー、知らないの?」
ルーカスが少し大げさに眉を上げる。
「同室なのに、無関心じゃない?」
「無関心じゃないの」
クラリスは即座に返した。
振り向いた横顔は整っていて、黙っていればかなり目を引く美人なのに、口を開くと遠慮がない。
「同室だからこそ、干渉しないの。そういうの、大事よ?」
「……クラリスって大人」
「そう見えるなら、あんたが子どもなんでしょ」
ルーカスが肩をすくめる。
いつもの軽口だった。
そのやり取りの向こうで、レオンハルトがようやく立ち上がった。
視線は、リリアが出ていった扉の方へ向いている。
*
図書室の奥には、自習用の長机が並ぶ区画があった。
完全な静寂を求める閲覧席とは違い、ここでは小声の相談や簡単な討議が許されている。
課題を広げる学生たちの囁き声や、ペン先が紙を擦る音が、低く穏やかに重なっていた。
リリアとエリオットは、その長机の端に隣り合って座っていた。
二冊のノートを広げているのに、いつの間にか肩が近い。
エリオットが図を描けば、リリアがのぞき込む。
リリアが式を書けば、エリオットが少し身を寄せて確かめる。
本人たちは、距離の近さをまったく気にしていない。
ただ、理論の方へ意識が向きすぎているだけだった。
「仮に、歪みが正弦波だとするよね」
エリオットはそう言って、ノートに規則正しい波形を書いた。
「これを打ち消すには?」
「百八十度、位相をずらせばいいです」
リリアは即座に答えた。
そのまま、エリオットの描いた波の上に逆向きの波を書き足す。
二つの波はぴたりと重なり、打ち消し合う形になった。
「理論上は、そうです」
リリアは続ける。
「でも実際の魔法はもっと複雑です。魔法の種類ごとに波形は変わりますし、同一術者でも完全には一定になりません」
さらに、ノートの端へ小さく補足を書き込む。
「そこに二重、三重の上乗せがあれば、そのすべてに対応する魔道具を作るのは現実的ではありません」
エリオットはその図を見て、静かに笑った。
「やっぱり、君は話が早いね」
そう言いながら、ノートの端を指で押さえる。
リリアも自然に身を寄せた。
「だからね、緩和というか、減衰のために、主たる波を打ち消す魔道具ならあり得ると思うんだ」
エリオットはノートの波形を指先でなぞった。
「完全な中和じゃない。強い成分だけを落とす」
リリアはすぐに聞き返す。
「それだと、魔法の種類に限定されませんか?」
「そう」
エリオットはうなずく。
「そこが面白くてね。術式ごとに癖がある。だから汎用化は難しいけど、個別最適はできるかもしれない」
リリアの目がまた明るくなる。
「個別最適……」
ノートへ書き込もうとした、そのとき。
「こいつに近づくな」
後ろから声が落ちた。
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この物語とは別に、違う世界を扱った作品もあります。
もしご興味があれば、そちらも覗いてみてください。




