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第14話 やっかいなこと



 制服は、いつの間にか半袖になっていた。


 日差しが強くなり、風も少しだけ軽い。


 カフェテラスの席は、布張りのサンシェードに覆われていた。

 白い布が陽光をやわらかく拡散し、テーブルの上に淡い影を落としている。


 クラリスの前には、レモンスカッシュ。

 グラスの外側に細かな水滴がつき、指でなぞるとひやりとした。


 ルーカスはクリームソーダ。

 底から炭酸の泡が途切れず立ち上がり、上のアイスがゆっくりと溶けている。


 レオンハルトの前には、アイスコーヒー。

 氷が静かに触れ合い、小さな音を立てていた。


 リリアはアイスグリーンティー。

 薄い緑が光を受けて、静かに揺れている。


 四人で同じ席にいることは、もう珍しくなくなっていた。


 リリアはグラスに手を伸ばしかけて、ふと視線を止める。


 隣に座るレオンハルトの腕が、自然と視界に入った。


 意外に筋肉質。そして、無駄がない。線は細いのに、筋が通っている。


「……びっくりした。腕、たくましいのね」


 クラリスがストローを口から離し、ルーカスの腕を見てぽつりと言った。


 ルーカスは片腕を持ち上げ、軽く力を入れてみせる。


「腕だけじゃないぜ。腹筋バキバキよ。見るか?」


「やめてよ。セクハラで生活指導に訴えるわよ」


 顔が本気だ。


「こわ」


 ルーカスは肩をすくめた。

 クラリスもふっと息を抜き、小さく笑う。

 そのやり取りの横で、リリアは視線を外さなかった。


 ――やっぱり近距離での観測は、情報量が多いです。


 筋肉の付き方。

 動きの無駄のなさ。

 姿勢の安定。


 ――王族なら、剣の鍛錬があるのかもしれない。


 ルーカスは、右腕がわずかに太い。

 レオンハルトは左右がほとんど均等。


 ――両利き(クロスドミナンス)なら説明が付きます。


 納得しかけたところで、ふと別のことを思い出す。


 ――弟たちも……。


 しばらく会っていない。


 二歳下の双子の弟たちも、背が伸びているのだろうか。

 同じように、知らないうちに変わっているのかもしれない。


 そんなことを考えながら、リリアはレオンハルトの腕をじっと見ていた。


「……」


 レオンハルトが、わずかに視線を逸らす。


 氷がグラスの中で触れ、小さく音を立てた。

 そのまま、ほんの少しだけ頬が赤くなる。


「……何だ」


 短く言う。


「いえ」


 リリアは首を振る。


「観測です」


「観測、ねえ」


 ルーカスが笑う。


 だが、その目だけが少し細くなっていた。


「そういえば」


 クラリスがストローをくるりと回し、ぽんと手を叩く。


「あなた、いつも殿下にくっついてるけど、殿下のなんなの?」


「……は?」


 ルーカスが間の抜けた声を出した。


「いまさら聞くの?」


「聞いてないもの」


 クラリスはレモンスカッシュを一口飲む。


「二ヶ月つるんでるぞ、俺ら」


「気にならなかった。全然。まったく」


 即答だった。


「ひでえな」


 ルーカスが笑う。


 椅子を少し傾け、脚を組み替える。


「乳母が同じなんだよ。小さい頃から一緒にいた。それだけ」


「……それ、“だけ”で済ませる話?」


 クラリスが眉をひそめる。


「今は親父殿が殿下付きの事務官をやってるしな。まあ、縁は続いてる」


 ルーカスは軽く言った。


 重さは出さない。

 出さないようにしている、とも見えた。


 その横で、リリアがノートに書き込む。


 観測対象:レオンハルト・アルヴェイン

 補助観測者:ルーカス ・ベルナール

 備考:幼少期より継続関係あり


「ちょっと待ってぇ。雑にまとめないで」


 リリアがノートから視線を上げる。


「分類です」


 真顔だった。


 


 後方条件の検証が終わった直後だった。

 クラリスが小さく顔をしかめた。


「……う」


 さっきまでの軽い不快感が、まだ少し残っているらしい。クラリスは眉を寄せ、グラスの水滴を指でなぞった。


 ルーカスは慣れたように肩をすくめる。


「このくらいなら、すぐ引くぞ」


「分かってるけど、気持ち悪いものは気持ち悪いのよ……」


 クラリスは深く息を吐いた。

 その横で、リリアが鞄を開ける。

 何も言わずに、小さなハンカチを差し出した。


「どうぞ」


「……え?」


「冷たい方が少し楽かもしれません。冷却の魔法をかけました」


 クラリスは目を瞬く。差し出されたハンカチを受け取り、そっと額に当てた。


「……ありがとう」


「いえ。あ、レモン味の飴もあります」


 リリアは鞄の中から小さな包みを取り出した。

 気負いもない。

 恩着せがましさもない。


 ただ、当然みたいに差し出しただけだった。


 その様子を見ていたルーカスが、ふとレオンハルトに目をやる。


 ――よく気がつくな。


 レオンハルトは何も言わない。

 ただ、視線だけがリリアに残っていた。


 少ししてから、ルーカスが軽く聞く。


「なあ」


「はい」


「お前、なんでそんなに実験に積極的なんだ?」


 リリアは少し考えた。


「最初は、実験が好きだったからかもしれません」


 そこで一瞬だけ、言葉を切る。


 奨学金の条件だから、という説明は飲み込んだ。

 それは、ここで言うべきことではない気がした。


「でも」


 リリアは続ける。


「殿下の歪み(ディストーション)がなくなれば、殿下がもっと楽に生活できるようになりますよね」


 迷いのない声だった。


「そうなったら、私、嬉しいです」


 静かだった。

 計算も、演技もない。

 本気でそう思っている声だった。


「……」


 レオンハルトの思考が、一瞬だけ止まる。


 どき、とした。

 自分でも理由が分からない種類の揺れだった。


 魔法の乱れではない。

 歪みでもない。

 反動でもない。


 もっと内側の、名前のない場所が、わずかに動いた。


 ルーカスが小さく息を吐く。


「さらっと言うな……」


 クラリスも、半分呆れたように言う。


「さらっと言っちゃう子なのよ、この子」


 リリアは目を瞬いた。


「え、私、変ですか」


「いや……」


 クラリスは言葉を探して、結局首を振る。


「変というか……」


 ルーカスが肩をすくめる。


「たぶん、それが一番やっかいなんだよ」


 リリアは首をかしげた。


 その意味だけは、観測してもまだ分かりそうになかった。

ここまでお読みいただきありがとうございます。


明日以降も【毎日20時更新】予定です。


この物語とは別に、違う世界を扱った作品もあります。

もしご興味があれば、そちらも覗いてみてください。

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