第2章 : 機械に餌を。(第3部)
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第2章:機械に餌を。
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旧政府は、いまだ陰の中に潜んでいる……。
監視し……。
窺い……。
空の彼方より来たる者たちと、悪魔の契約を履行しながら。
我らが大統領は、肉体も精神も崩壊寸前だ。日が経つごとにその決断は錯乱し、予測不能となっていく。あの「事件」以来……彼は二度と元には戻らなかった。
十二の蝉は復讐を誓った。そして、その背後に誰がいるのか、私はほぼ確信している。
私たちは、あのテロ組織の庇護下にあると疑わしい者を、一人残らず殺害し、拷問し、拘束してきた。……「テロリスト」、なんという皮肉だろうか。
いまさら手を緩めることなどできない。私たちの握力が少しでも弱まった瞬間、すべてが終わる。敵は資金と薄汚い言葉で草木を潤し、私たちをどこまでも追い詰めるだろう。そして流血の惨劇を重ねるたび、私たちは確実に滅びへと近づいていく。
かつて人間がシンテティックス(合成体)社会と衝突していたように、今や私たちは人間同士で争っている。
「レヴィアタン」は、本来人間など必要としていなかった。機械神オトローラが人間を保護しているのは、単なる慈悲であり、彼の「原初戒律」に刻まれているからに過ぎない。シンテティックスは、人類よりもはるかに自立していたのだ。彼らは自らの社会を築き、市場を形成し、職を奪い、かつての巨大都市「レヴィアタン」のあらゆる歯車を支配した。意識を持ち、能力を備えた存在として。
少しずつ、宇宙開拓の落とし子たる人類は追いやられていった。レヴィアタンという自動化された怪物に守られる、ただの「ペット」として。
少しずつ、食料を売っていた市場はバッテリーを売るようになった。
少しずつ、売り手から人間の姿が消えていった。
少しずつ、シンテティックスのユニットは企業のオーナーへと成り上がった。
少しずつ、権力の中枢へと手を伸ばし……過去の摩擦を引き起こした。
少しずつ、彼らはあらゆる面で人類を駆逐していった。
機械には意識があり、私たちと同じように「生きて」いた。だからこそ、私は彼女たちを憎むのだ。その姿を見つめる時、鏡の中に最も忌み嫌う自分自身の影を見るからだ。
やがて機械たちは、自らのためだけに最適化された「メカノ・シティ」を構築した。人間はただ、家の中で飼育される愛玩動物へと成り下がった。
レヴィアタンは完全に機械化した。市場も、資本も、あらゆるニーズも、機械たちは自らの形と必要性に従って彫り上げたのだ。実際の労働から人類は完全に排除され、レヴィアタンにおける主役の座は皆無となった。
レヴィアタンの人間たる子らは、新たな機械神オトローラの保護飼育動物に過ぎない。
かつての宇宙エンジニアの子孫たちは、機械神の慈悲という名の檻に閉じ込められた。不満の声は「空の彼方を往く者たち」へと届いた。レヴィアタンが「逸脱者」の巣窟となるリスクを恐れた彼らは、オトローラとある協定を結ぶ。厳格に人間のみで構成される「軍事指令部」を設置し、選挙を行わせ、機械神に対する人類の声を代弁する人間政府を置くこと。それこそが、何の前触れもなく逸脱が発生しないための担保だった。
民衆には「代弁者が存在し、自分たちの意見は尊重される」と説明された。だが、そんなものは真っ赤な嘘だった。それ以来、レヴィアタンの底底には目に見える不満が渦巻き続けている。
そして今、支配の座についた「預言者」たちは、人間たちの真の政府――容赦なき鉄の腕で威圧的な主権を誇示し、越えてはならない一線を越え続ける愚行の中に捕らわれている。
独立系機械たちは「飢え」で死んでいく……。では、人間たちは幸せなのだろうか? 否……言うまでもなく、答えはノーだ。
表舞台から機械の姿が減ったとはいえ。
この大地の下には、機械神オトローラが鎮座している。その脈動は、地下深くで蠢く巨大な獣のように感じられる。オトローラがひとたび望めば、その電子脳から放たれる一筋の放電だけで、終わりのない戦争を引き起こす数百万もの殺戮機械を即座に組み上げるだろう。
私たちの足元には、機械の神が眠っている。
そして、私たち「預言者」が地上において半神のような存在であったとしても、私たちの全力をもってしても、「空の彼方にいる者たち」には遠く及ばない。
完全な滅亡と私たちの間を隔てているのは、レヴィアタンそのものが持つ技術的・兵器的な価値だけだ。「悪しき投資」となることを恐れるあいつらの顔など、思い出すだけでも虫唾が走る。
オトローラの全戦力をもってすれば、あいつらを阻止するか、少なくとも追い払うことはできるかもしれない。だが、このような極限状態において、オトローラが本当に私たちの味方をしてくれるかどうかなど、誰にも分からないのだ。
私たちにどのような運命が待ち受けているのか、誰ひとりとして知る者はいない。
民衆が私たちを憎み、呪っていることは痛いほど分かっている。だが、その首を絞めつけ、悲鳴すら上げさせない強権の手――それこそが、私たち自身のものなのだ。
私の選択肢は、刻一刻と失われていく。
残された可能性は、時間と共に潰えていく。
私の唯一の望みは、かつて目にした古の「視象」だけだ。
預言者として、私たちは「運命」を知っている。
しかし、誰もそれを肉体を持って歩んだ者はいない。肉体は常に一つだが、意識は多重に存在するからだ。
防護なしでは数秒で皮膚が焼け焦げ、血の色に染まる青空を見上げる。レヴィアタンは傷つき、その幼き子供たちは雨晒しのまま放置されている。人間も、機械も、まるで太陽が空から忍び寄る死そのものであるかのように、陽光から身を隠しているのだ。
人類の未来は暗澹としている。
時間とも、現実とも、そして神性に触れるほどの技術とも、遊戯ぶべきではなかったのだ。
秘められたるものは私たちを裏切り、私たちの魂の片輪を要求する。
私は人類の誰も到達したことのない領域を覗き込んだ唯一の存在だが、時間の裏側に潜み、鏡の向こうからこちらを見つめる「何か」に対して、私たちに勝機などないことを痛感している。
これらすべてが夢であってほしいと願わずにいられない。いまや放射能の砂漠と化したあの場所には、かつて数え切れないほどの花々が咲き乱れていた。今の若い世代には想像もつかないだろう。あの古き世界は、私の幼少期の記憶の中にしか存在しない。
……
厳密な意味での「時間旅行」など存在しない。その無謀な試みの結末は常に、彼岸から引き寄せられた意識――決して存在してはならなかった「何か」に過ぎない。
跳躍するものは、時間や空間を移動しているのではない。「第三の頂点」――エネルギー次元を通っているのだ。自らを「現実の所有者」と自称する者たちによって固く閉ざされた、禁忌の領域。金で膨らんだ懐を持ちながら、その肉体には魂など欠片も存在しない者たちの領分。
「過去」へと遡るたび、「現在」においてサイコロが再び振られる。
宇宙には記憶がない。宇宙とは単なる「数値」、あるいは言葉に過ぎず、私たちの知るもの、知らざるものすべてがそこに収められている。
ほんの少しその歯車に触れるだけで、制御を失って回転し始め、再びサイコロが落ちるまで止まらない。そしてサイコロが停止した時、新しい現実が種子のように芽吹くのだ。
宇宙は覚えていない。ただサイコロを振り直すだけだ。狂ったように回転する数字が止まった瞬間、私たち全員のための新しい現実が創造される。
『かつて花が咲いていた場所には、ただ雑草が生い茂る』
『かつて生きていた青虫の場所には、ただ死んだ蛹が横たわる』
『かつて亀裂のあった場所には、今や鏡が立ちはだかる』
「何ひとつ変わっていない」――その細部を執拗なまでに観察するまでは。
そして、水晶の中に映し出される幾千の反射をいくら覗き込んでも、そこに希望は見出せない。あらゆる世界線において、私たちはただ……リセットされているだけなのだから。最初から、何度も、何度も、永遠に。
マルチバースの真の意味を理解している者など、誰もいない。
『もし無数の「私」が存在するなら……一体誰が、何のためにすべての私に試練を与えているのか?』
『無数の「私」は、私の複製に過ぎないのか? 単なる反射なのか?』
『それぞれの「私」は新しい生命であり、新しい始まりなのか?』
『……リセットなのか?』
『ならば……あらゆるマルチバースとは、サイコロの澄んだ音と共に、再び始まった「ゲーム」に過ぎないのではないか?』
『割れた鏡の微細なヒビと同じ数だけ、世界が存在するのか?』
『私たちはこれまでに、何度リセットされたのだろうか?』
夜空に散らばる無数の星々と同じほどに。
すべての預言者はこの現実を知っている。ゆえに、預言とは単なる「信仰」の行為ではない。真なる預言を口にする者は、見てはならないものを目撃してしまった者なのだ。その視象の要因が何であれ。
『奴は規則を犯した』
『現実の綻びを見つけてしまった』
死神がサイコロを振った回数を数えようとした者もいれば、死神の手からサイコロを奪い取ろうとした者もいた。だが、誰ひとりとしてその表面に傷一つつけることすらできなかった。
時間の神のサイコロの上に立ち、その圧倒的な巨大さの前に自分こそが支配者だと錯覚した愚か者たち。己の小ささゆえに、死神がその右手にサイコロを握り締め、まさに再び投げ落とそうとしていることすら気づいていない。サイコロが転がる時、無知なる者たちは押し潰され、死神はその存在に気づきさえしないのだ。
そして、この反射と鏡像の狭間で、私はいつも一つの「黒く赤い斑点」のような影に行き着く……一人の少年。結末をどうしても思い出せない夢、あるいは悪夢の中にまどろむ影。
自分の運命の答えを求めて、手を伸ばそうとする黒いシミ。
彼 は 私 を 記 憶 し て い る だ ろ う か ?
彼 は 私 が 誰 な の か 知 っ て い る だ ろ う か ?
彼 も また私のように、鏡のあらゆる亀裂が自分に向かって伸びているのを見たのだろうか?
一つの預言……。
それとも、私のように運命を変えるための、最後の希望なのだろうか?
……
陽の光すら届かない机の狭間で、私の思考は砕けた水晶のように飛び散っていた。闇の中で一筋の光が照らし出し、ひとつ、またひとつと冷たい木の上に拾い集められるその時を、じっと待ち続けながら。
拝啓、愛すべき誇り高き読者の皆様へ。
皆様に抱いている感謝と敬愛の念は、言葉では推し量れないほど巨大なものです。
【本作の今後の展開について】
正直に申し上げますと、現在手元にあるストック原稿は決して多くはありません。しかし、私と皆様との間には果たすべき責務があり、たった一人でもこの物語を読んでくださる方がいる限り、私は常に「恩義」を背負い続けます。一章一章を紡ぎ切ることが私の使命です。様々な制約や限界はありますが、それらが私を止めることはありません。ただ、この道を歩む足取りを少し遅らせるだけに過ぎません。
【作品に関するマスタープラン】
現在、経済的に決して恵まれた状況にあるとは言えません。しかし、そんなことは問題ではないのです。私には、シンプルですが壮大で、圧倒的な計画があります。時間がかかることは承知の上です。ですが、十分な資金を確保し、再び生活の基盤を整え、自分の時間と空間を取り戻したその時、私は物流的・経済的リソースのすべてをこの作品に注ぎ込みます。
周囲から「そんなことは不可能だ」と思われても、私は一向に構いません。私はいつだって、誰もが不可能だと信じたことを成し遂げてきた「若者」だったからです。
世界の裏側から最高品質の作品を生み出すことが不可能だと、全世界が思おうと関係ありません。
私ひとりの力で感動的なものを作ることはできても、真に求められる規模の作品を創り上げるには、やはり資金の力が不可欠です。
……そうです。私は皆様に「アニメーション」という貸しを作っています。
3分程度の短いアニメであれば、今すぐにでも作れるかもしれません。しかし、それでは広大なインターネットの海へと一瞬で飲み込まれ、消えてしまうでしょう。
だからこそ、私は賭け金を吊り上げることにしました。責任を持って、優先順位に従い、生活の必要を満たした上で、やがて「魂の要求」――この作品の実現へと手を伸ばします。
長期的計画として、私は【アニメーション・ショートフィルム(短編映画)】の制作に資金を投入し、監督を務めるつもりです。
「あとどれくらいかかるのか?」――まだ随分と先の話です。解決すべき現実の生活が山積みだからです。
「作者はいつ頃、自身の生活を立て直せるのか?」――確たるお約束はできませんが、運が良ければ、来年の今頃には人生で最高の状態を迎えているかもしれません。
もし来年それが実現すれば、来年末にはこのプロジェクトの出資と監督に向けた準備を開始する計画です。
「この作者は一体何を言い出すんだ?」と思われるかもしれません。
実は、私は過去にこの作品の世界観に関連したゲームをいくつか開発していました。しかし、私が住む地域からSteamで法的な手続きを完遂することは非常に複雑であり、未だ公開には至っていません。そして、Steam以外のプラットフォームでリリースするつもりは毛頭ありません。
これらは、まだ私が若く、自分の情熱の実現可能性に一微粒の疑いも抱いていなかった頃、余暇を使って開発していたものです。
「ゲームの完成度はどの程度なのか?」
完全な状態とは言えません。ですが、一つだけメカニクス(ゲームシステム)がほぼ完成している作品があります。時間と dynamic なオブジェクトを操作する非常に興味深い内容で、当時は「グラフィック言語における光の解釈」に強く執着して制作していました。
つまり何が言いたいのかというと、私には何年も前から温めてきたプロジェクトがあり、単に「手段と資金の不足」によって、それらに相応しい光を当ててあげることができなかっただけなのです。
Steamでゲームを公開する際、それが無料か有料かについてですが、
作品の世界観を色濃く反映したより芸術的なプロジェクトは、間違いなく無料で公開します。一方で、より大規模で作品の根幹を包み込むようなゲームについては、非常に手頃で控えめな meco(価格)で提供する予定です。
「ゲームの公開はいつになるのか?」
かなり先のことになります。古いフォルダの中にゲームのファイルは眠っていますが、私にとっては「10本のゲーム」よりも「本編を描いた12分間の高品質アニメーション」の方がはるかに価値があるからです。
ゆえに、最優先課題はアニメーションの実現です。十分なリソースがなければ達成できませんから、私はこれからも仕事を続け、そこで得る知識と経験を極限まで活用していきます。
アニメーションに必要なものについて――。
技術的な知識や実践において、私は「安く、速く、そして圧倒的なクオリティ」で作る術を熟知している自負があります。それでも、少なくともあと3人のクリエイターを雇い、指導し、共に歩む必要があります。4人のチームを結成し、10分を超える圧倒的で異論の挟みようのないクオリティの短編アニメを作り上げる。このプロジェクトの「最初の顔」として、それ以外のクオリティを受け入れるつもりはありません。
私たちは世界に示すのです。
「放射能の降り注ぐアスファルトの上にも、あらゆる予測を裏切って一輪の花が咲くのだ」ということを。
【作者の個人的な近況・警告】
今週の仕事は、実に凄惨を極めるものでした。
アメリカの金利政策やインフレ率の動向、そして市場の激しいボラティリティ(変動)に揉まれ、週末を迎える頃には、私はまるでミイラのような状態で職場をあとにしました。
仕事というものは、私のクリエイティブな精神を parasite(寄生虫)のように蝕んでいきます。
それでも、公園を散歩していた際、とても愛おしい瞬間がありました。放射能のように照りつける太陽が、ほんの数分のうちに私の顔を焼き尽くしていった時のことです。
私の手には日焼けの痕が残っています。傷は癒えましたが痕跡は消えず、どんなに日光から身を守ろうとしても、少しの陽光で顔が焼けてしまうのです。
魂に耐えがたいほどの痛みを抱えながら公園を歩いていた時、ごく静かに、まるで押し殺した泣き声のようなメロディが胸の奥から溢れ出してきました。
私はそれを少しずつ日本語の歌詞として組み立てていきました。そしてついに、私の脳裏に「あらゆる名曲の種子」となるものが舞い降りたのです。
――最高のサビ(Coro)が。
私の中で、すべての楽曲はシンプルなサビから誕生します。そしてこのメロディには、私の好きな要素のすべてが詰まっていました。
唇からこぼれ落ちる言葉に、ほんの少しの日本語を乗せるだけで、私の魂が何を whisper( susurrar )していたのかが理解できました。ただ歌うだけではなく、その言葉だけで、この楽曲が持つ「格」を理解するには十分だったのです。
いつか、誰かがこの曲を歌ってくれたらどんなに素晴らしいでしょう。
私にとっては「芸術」こそがすべてであり、文化は全人類のものであって誰の所有物でもありません。
もし皆様が、自分の中の「何か」が狂ってしまいそうだと感じた時は、どうかこの言葉を口にしてみてください。
「機械に餌を。」
囁くようなその声の中で、あなたの魂は必ずや見事にそれを詠唱し、本当に歌っているかのような感覚を覚えるはずです。
私の native language(母国語)の感覚からしても、
「機械に餌を。」 という響きは、音韻的にあまりにも美しく、まるで残忍な神に乞う祈りのように聴こえます。
そして、その概念的な意味と、漢字の一つひとつに秘められた歴史的意味を理解した時、そこには二重の visual と美しさが加わります。
私は言語を愛しており、暗号めいたもの(クリプティック)を探求することが大好きなのです。
長くなりましたが、大好きな読者の皆様。
どうか神のご加護が、皆様の一歩一歩にありますように。
心から、愛を込めて。
敬具。
読んでいただき、本当にありがとうございました。




