第9章 : 聖者と罪人(第2部)
ジオ:難民
難民用の軍用二段ベッドの上で、なんとか眠りにつこうとしがみついていた。高熱にうなされ、凍えるような寒さに耐えながら、「今日という日は、どうあがいても好転しないのだろう」と諦めかけていた。
だがその時、元犯罪者である仲間たちが、自分たちの服や毛布、シーツを分けてくれた。この劣悪な状況にまったく適していない簡易テントのなか、男たちはみな同じ難民テントで身を寄せ合って眠っていた。容赦なく降り注ぐ雨と凶暴な冷気から、彼らは俺を守ろうとしてくれたのだ。
俺は仲間たちに感謝を伝えた。心から大切に思っていた。彼らがいたからこそ、俺はこの難民生活を生き延びてこられたのだから。
彼らは俺よりもはるかに若い、まだ子どもと言ってもいい世代だった。人生が始まったばかりだというのに、すでに「リヴァイアサンの地獄」という最初の試練にぶち当たっていた。それなのに彼らは、俺なんかよりもずっと強く、この状況に耐えていた。
『彼らは俺よりも、ずっと強かった』
『気候がどれほど苛烈であろうと、どんな痛みに見舞われようと、その幼さの残る顔つきはどこまでも頑なで、硬く引き締まっていた』
夜が過ぎていった。極寒の夜だったが、彼らが譲ってくれた服と毛布のおかげで、人間として耐えられる温度を保つことができた。
午前1時、男用の共同トイレへ行くために体を起こした。
難民用テントから足を踏み出した瞬間、水を含んだ冷たい湿気に、歯がガチガチと音を立てて震えた。
避難所の中を歩く。道中、合計12台の監視カメラが俺の動きを追っていた。
俺の家は東にある。だが今いるのは西の果て、およそ1000キロも離れた場所だ。
歩きながら夜空を見上げ、北を指すあの矢印(北斗七星)を探した。それさえ見つかれば、我が家のある方角を正確に割り出すことができた。
小石と土が散らばり、気休め程度にセメントが敷かれた道。それが俺の歩くルートだった。
そのまま歩き続け、トイレにたどり着いた。
近づくにつれ、どこか遠い記憶にあるような匂いが漂ってきたが、気に留めなかった。
個室のひとつへ近づき、ドアを開けて用を足した。
用を済ませたとき、その場所を常に満たしている過剰な湿気と、足元を水浸しにしている水溜まりのなかで、自分の踏んでいる床が赤く染まっていることに気がついた。
隣にある右側の個室に目をやる。
少し首を傾けると、隣の個室から伸びていると思われる、蒼白な人間の手が床に転がっているのが見えた。
ノックをして名前を呼びかけたが、返事はない。
サビと湿気で朽ち果てたドアに手をかけた。
歪んだ鍵と建つけの悪いドアは、最初は抵抗を見せたものの、一度噛み合わせが外れると、まるで魔法のようにあっけなく開いた。
目を見開いた俺の視界に入ってきたのは、難民用トイレにあるはずのない、理解を超えた光景だった。
『人の形をしていたはずのものは、原型をとどめないほど寸断され、肉塊へと変わり果てていた』
『部分的に人間の面影を残していたのは、顔面だけだった。死がこの者に追いついたのだ。恐らくは私闘か、私刑の末路』
『だが、さらに注意深く観察したとき、俺はもっと致命的な事実(異常)に気づいた』
『制服……』
『……』
『その制服は、難民の管理にあたっている現役の軍人のものだった』
『つまり……これは冗談抜きで、最悪の事態を意味していた』
『誰がこの死体をここへ運んだ?』
『何かがおかしい』
『今すぐここを立ち去らなければ』
『数え切れないほど滅多刺しにされた顔面と肉体』
『冷めかけていく血液から、いまだに体温の湯気を立ち上らせている軍人の手』
『壊れたシャワーから、隣の個室へと冷たい水が絶え間なく落ちていく』
俺はその場から逃げ出した。だが、監視カメラにはしっかりと俺の姿が記録されていたはずだ。
『誤解を生むには十分すぎる状況だった』
『夜が明ければ、破滅的な混乱が訪れるのは目に見えていた』
避難所の経路を駆け抜ける。電子の視線で俺を追うカメラの1台1台を、本能的な不信感を込めて見返した。
すべての LAN ケーブルが、テント脇の丸太の先端に括り付けられた、ルーターのようなひとつの機器へと集約されているのが見えた。
サイト全体を走り抜け、ようやく難民テントへと辿り着いた。自分の二段ベッドに這い上がり、できる限り身を小さくして横たわった。見咎められた死体そのものへの恐怖ではなく、これから起こるであろう事態への恐怖で、心臓が激しく脈打っていた。
男性用テントの内部にも1台のカメラがあり、俺たちが眠っている間すら監視していた。俺はそのレンズを見つめた。あの向こうにいる誰か、あるいは何かが、すべてを把握しているのだと知りながら。
『濡れ衣を着せられるのだろうか?』
『確かなことは何も分からなかった。だが、体を休めなければならない。俺は瞳を閉じた』
…
…
…
『黎明の、蒼白く力のない光が差し込み始めていた』
『突然、難民テントの入口あたりで凄まじい怒号と喧騒が巻き起こった』
『その音で、俺は弾かれたように目を覚ました』
難民たちは、軍人たちが内部へ侵入してくるのを拒んでいた。世慣れた者たち(元犯罪者たち)は、俺の知らない何かを察知しているのが明かだった。
彼らは男全員でスクラムを組み、人間の壁を作り上げていた。
数人の軍人たちが、犯人の名前を渡せと要求して叫んでいる。
『難民たちは決して折れなかった。尖りきった思考と深い怨念が、彼らに引き下がることを許さなかったのだ』
『そして軍人側の職務規定もまた、彼らに一歩も退くことを許さなかった』
『争いは急速に悪化し、ついに難民のひとり——昨夜、俺に寒さを凌ぐための毛布をくれたあの青年が、カミソリの刃を組み合わせて作った自家製のナイフを抜き放った』
『揉み合いのなかで、彼は軍人のひとりの首筋を致命的に切り裂いた。大量の鮮血が噴き出す』
そこからは、一瞬で地獄の惨劇(殺し合い)へと変貌した。
抑圧された自由への恨みを募らせた若い精神と、自分たちの絶望の元凶である「鎮圧者たち」。
まだあまりにも若い者たちが、すでに戦争へ身を投じる準備を終えていた。その背後で、老人たちは姿を隠し、決して相手の顔が見えないチェス盤の上で駒を動かしているというのに。
『銃声が四方八方に炸裂した。過激化した男たちは——その多くはまだ未成年だったが——怯むどころか、より一層の残虐さをもって反撃した。遠くにいた者たちも、倒れていく仲間を救うために前線へとなだれ込んでいく』
俺は、「元犯罪者」と呼ばれた仲間たちが、弾丸のミリタリーリズムに合わせて倒れていくのを目撃した。
世界が静止したかのように思えた。
俺は咄嗟に救護へ駆け寄った。だが俺が近づくのと同時に、残りの男たちが暴動を起こし、2人の軍人を取り押さえた。1人は女性、もう1人は男性の兵士だった。難民の群れは彼らを床に叩きつけ、素手で殴り倒しながら、武器を奪い取ろうと群がった。
俺は彼ら全員の生い立ちを知っていた。
ペドロ。彼は貧しさゆえに実の父親をずっと憎んでいたが、父親自身もまた、この「リヴァイアサン」で一度だってチャンスを与えられたことがなかったのだと知り、父を許した男。
『彼は敵から奪った拳銃を握りしめ、銃撃を放ち、そして軍の蜂の巣にされて果てた』
俺はヨナロに話しかけようと必死だった。浅黒い肌をした非常に若い男で、完璧な横顔を持つ、女たちを狂わせるような典型的な反逆児。彼は腹部に複数の着弾を受け、足首にも一発の銃弾を撃ち込まれて床に転がっていた。
『昨夜、俺を助けてくれたあの青年が、セメントと小石が半端に混ざった不完全な床の上で血を流し尽くそうとしていた』
『俺なら彼を治療できる。治し方は知っている……俺は必死に勉強してきたんだ、知識はある! なのに、手元には何ひとつ資材がない!』
俺は自分の服と毛布を引き裂き、出かかった内臓を押し込みながら、傷口を塞ごうと必死に詰めた。
ヨナロの顔が猛烈な激痛に歪む。
意識が遠のき、彼の瞳から焦点が失われていく。
怒号と銃声が全方位から鼓膜を刺していたが、俺はどうしても目の前の命を救いたかった。
「ヨナロ! なんでこんなことをしたんだ!?」俺は叫んだ。
彼が最後に絞り出した声だけが、俺の耳に届いた。
「……あいつが、俺の女を……レイプしたんだ……」
女性用避難テントの方角へ視線を向けた瞬間、俺はすべてを理解した。
再び武力衝突の渦中へと目を戻す。俺たちの仲間の難民たちが、ひとり、またひとりと屠殺されていく。成人式すら迎えていない若者たちが、手加減なしの無差別衝突における「砲弾の肉(捨て駒)」と化していた。
『骨の髄まで反逆者であり、怨念の塊だった者たち』
『かつて麻薬密売の暗い過去を持ち、俺が陰で泣いていたときに力強く引き揚げてくれて、手下の男たち一人ひとりを引き合わせてくれたパブロ。自分よりも遥かに凄惨な彼らの過去を語り、「俺たちは同じ穴のムジナだ」と教えてくれた男』
まさに『聖者と罪人』だ。
『俺たちは皆、男として涙を流してきた。だが男同士だからこそ、互いを支え合ってきたのだ。難民として、人間の悲惨さという戦場の戦士として』
『そして俺たちは男として理解していた。自分たちの痛みが特別なものでも他人事でもなく、自分たちではコントロールできない状況によって共有されたものなのだと』
パブロは倒れた女性兵士の上に馬乗りになり、狂ったように殴り続けていた。だが、複数の弾丸が彼の胸腔をぶちぶちと穿ち抜いた。
『彼の拳が空を切った。そして彼の頭部は唐突に床へと叩きつけられ、二度と持ち上がることはなかった』
『俺をコミュニティに受け入れてくれた男』
『思いもよらないほど、腹の括り方を教えてくれた男たち』
『プライドのためではなく、ただ生き残るために顔を上げろと教えてくれた男たち』
『最も憎むべき者、そして最も愛する者の目を、正面から見据える術を教えてくれた男たち』
『俺の抱える問題には、解決策があるのだとどこかで示してくれた男たち』
『だが、聖者ではなかった彼ら自身には、何の解決策も残されていなかった』
『そして彼らは、その信仰を俺に託したのだ』
『俺は、犯罪者と無辜の民のあいだに落ちた、怨念を抱えた聖者だった』
『けれど……俺たちはどこかで、全員が似た者同士だった』
俺は立ち上がった。この地獄を、今すぐ終わらせなければならないと悟りながら。すべてを今すぐに止めなければ!
ヨナロが最後の力を振り絞り、最期の警告を残した。
「行くな……殺されるぞ……」
パブロの血で濡れた温かい死体を振り払う女性兵士の姿が見える。
奪ったばかりの拳銃を撃ち尽くしたペドロが, わずか数秒後に蜂の巣にされて崩れ落ちるのが見える。
若い難民たちが集団で群がり、近代兵器の結晶である軍事力という巨悪を、圧倒的な「若者の肉の塊」として力ずくで押さえ込もうとしているのが見える。
『機関銃の掃射が、暴動を起こした怨念に満ちた若者たちを根こそぎ薙ぎ払った』
まるでヒルを火で炙り落とすかのように、機関銃の連射によって若者たちは集団ごと肉を削がれ、肉体を損壊させられながら倒れていった。
そして、無慈悲な無差別清掃が始まった……。
男用キャンプの全体が踏みにじられていく。プラスチックのシート(テント地)が、弾丸の着弾によってズタズタのボロ切れへと変わっていく。
暴動は「駆除」されていた。
脱臼し、あらぬ方向へ外れた若い犠牲者たちの顎。
大地は、聖者と犯罪者の血を区別なく貪り吸っていた。
俺はもう耐えきれなくなった。ヨナロの制止を無視して、立ち上がった。
「やめろーーーッ!!!」俺は持てるすべての力で叫んだ。
だが、何も止まらなかった。返ってきたのは、俺の全身を穿つ弾丸の雨だけだった。
肉体が至るところで破壊されていく。それでも、俺の意識は途切れなかった。
最初に膝の感覚が吹き飛び、両足が崩れ落ちて、俺は地面に膝をついた。
『俺は死ぬのだ……』
だが、夢のなかで聞いた、ある「魔法の言葉」が脳裏に蘇っていた……。
……
ぐっ……!
……
俺の血が大地に吸い上げられ、倒れたほかの難民たちの血と混ざり合っていく。
難民たちは敵に向かって突撃するか、あるいは逃げ惑うばかりで、彼らがどちらへ進もうとも、俺だけがその場に取り残されていた。
榴弾の破片によって溢れ出た自分の内臓の上に、俺は手を置いた。
そして、夢の記憶から手繰り寄せたあの言葉を口にした。
「灰より、我は蘇らん」
俺の人差し指の先から、小さな火花が爆ぜた。そして、控えめな灰がそこから沸き立った。
『小さなエンチャント(詠唱)』
『胸の奥から、歓喜がひとすじの火花となって溢れ出た』
『分かったんだ。これは、現実なのだと』




