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第2章:テロリストと……?

私たちは、自分が語る通りの存在なのだろうか。ずっとそんなことを考えていました。

しかし、ここで皆さんに、そして自分自身に、ある種の「嘘」をついていたことを告白しなければなりません。


深く思考を巡らせた結果、ひとつの結論に達しました。

この物語は、いわゆる「ファンタジー」ではありません。

ダークファンタジーという枠組みにすら、収まりきらないのです。


そこで、時間をかけて模索した末、私はこの物語を全く新しい独自のジャンルとして名付けることに決めました。


私が提唱するその名は――


『デカダン・アンチファンタジー(Decadent Anti-Fantasy)』

あるいはシンプルに、『アンチファンタジー(Anti-Fantasy)』。


その根底にあるコンセプトは、以下の通りです。


――それは『ファンタジー』でありながら、その輝きが最後の刹那に最も激しく燃え上がるためだけに存在し、砕け散ったその破片が、闇の中でただ微かに、名残惜しそうに煌めくための世界。


既存のテンプレや枠組みには、どうにも居心地の悪さを感じていました。

この新しいコンセプトが、本作の持つ独自の空気感や輪郭を、皆さんの心により深く定義づける一助となれば幸いです。

ゲオ ― リヴァイアサンの平凡な市民、学生


母、オダ夫人が私の肩を優しく、しかし毅然とした手つきで揺さぶり、微睡まどろみの深淵から引き剥がした。


布団の温もりがなおも私を引き留めようとしがみついてきたが、淹れたてのコーヒーとバターを塗ったトーストの香ばしい匂いは、すでに扉の隙間から容赦なく忍び込み、今朝の妙に濃密で澱んだ空気と混ざり合っていた。


「起きなさい、お前。今日は学校でしょう。浮かない顔をして……よく眠れなかったの?」


母の声には、かすかな、しかし確実に何かが大気の中でひび割れていく予兆を感じ取った者にしか出せない、特有の疲弊が滲んでいた。


「今行くよ、母さん。ごめん」


私は掠れた声で言葉を引きずりながら応えた。

目の奥では、鈍い頭痛の羽音がすでに居座り始めていた。


「下に降りて食べなさい。お父さんは昨日から仕事よ」


「まだ帰ってないの?」


その問いは、重々しく空気の中に漂った。


「ええ、まだよ。食事が冷めないうちに、下で待っているからね」


母が部屋を後にすると、木の床を刻む足音の残響は、やがて私の部屋の静寂へと沈み込んでいった。


私はベッドの端に腰掛けたまま、ぼんやりと自分の部屋を見渡した。


それは一見すると、偽りの平穏の中に吊るされた、のどかな空間だった。

朝の青白い光が窓から水平に差し込み、空気中に浮遊する塵の粒子をちりばめるように躍らせている。


室内の大半は、素朴でどこか安らぎを与える香りを放つ、磨き上げられたウッドパネルで覆われていたが、主要な壁面は私たちの世界の真の姿を容赦なく露呈させていた。


それは、都市の自動化インスタンスの手によってミリ単位の狂いもなく彫刻された、幾何学的な装飾と完璧な対称パターンの刻まれた、白茶けた冷徹なコンクリートの肌だった。


人間の不完全さを一切排除した、清潔で、人工的な美。


クローゼットから学生服を取り出す。

合成繊維の生地はごわついており、いかにも産業用のクリーニング工場を思わせる独特の臭いがした。


私はもたつきながら袖を通し、階下へ降りる支度を整えた。


食堂にたどり着くと、そこはテレビから流れる低周波の地鳴りのような雑音に支配されていた。

席についたものの、私の食欲は一瞬にして霧散した。


フラットスクリーンが放つ不規則な明滅が、母の憂いに満ちた横顔を不気味に照らし出している。

静電気のパチパチというノイズに耳を澄ませると、デジタル処理による不自然なヒス音に塗れたアナウンサーの声が、室内を満たした。


『――自らを「7人の預言者」と称するテロリスト集団が、市街中心部において襲撃作戦を敢行しました。市民の皆様におかれましては、警戒を怠らず、平静を維持してください。状況は完全に統制下にあります……なお、画面の女を目撃した場合は、直ちに最寄りの治安管理インスタンスへ通報してください』


画面に一人の女の顔が映し出された。


その容貌は、冷徹な公的機関のアーカイブ写真特有の静止画の中に固定されていたが、その眼差しには、見る者を絡め取るような磁気的な凶暴さが宿っていた。


「オトロラ様が、私たちをお守りくださるわ」


母は膝の上で両手をきつく組み合わせ、そのドグマ(信仰)に縋るようにして自らを慰めた。


「影の絶対統治者たるあのお方に、敵う者などいるはずがないのですから」


「……うん、分かってるよ、母さん。オトロラは僕たちを守ってくれる。知ってるよ」


私は機械的に言葉を返したが、その視線は画面から微動だにしなかった。


画面に映し出された女の写真を凝視する。

突如として脈拍が跳ね上がり、暴力的な鼓動が耳の奥で鳴り響いた。


どういうわけか、私は知っていた。

精神の最も昏い地層のどこかで、私は彼女を認識していた。


運命という名の、奇妙で凍てつくような感覚が、太陽が沈む時に長く伸びる影のように、私の足元にぴったりと這い寄ってくるのを感じた。


その眼……。

あの射すような、鋭利な眼光は、私がかつて夢の中で目撃し、彷徨っていたあの怨霊の姿を、悍ましさ(おぞましさ)と共に脳裏に蘇らせた。


苦い塊が喉につかえるのを感じながら、最後の食事を無理やり流し込み、私は学校へ向かうために身を起こした。


一歩外へ出ると、外気はいつものようにオゾンと焼き入れされた金属の香りで私を迎えた。


母に曖昧な会釈を返し、リヴァイアサンの白銀の街路を歩き始める。


だが、ほぼ直感的に、何かが決定的に狂っていることに気づいた。

美しく磨き上げられた銀色の都市の至る所で、オトロラ配下のあらゆるインスタンス(端末人形)たちが、いつもとは異なる挙動を示していたのだ。


巡回中のアンドロイド、機械仕掛けの清掃員、自律型の配達員……。

それらすべての集団神経ネットワークに、何らかの異常負荷がかかっているのは明白だった。


普段であれば流れるように完璧に統制されていた彼らの挙動に、微小な痙攣――空圧駆動の関節部における微細な「グリッチ(バグ)」が視認できた。


サーボモーターが発する駆動音は通常よりも異常に高く、(トランス)状態のような微弱な静電気の不協和音が、行き交う人々の喧騒の上に薄く漂っている。


それでもなお、驚異的なプログラムの自己修復能力によって、彼らが日常のルーティンにしがみつき、割り当てられた作業を継続しようと狂奔しているのが見て取れた。


そもそも、リヴァイアサンの全人口の大部分は、影の最高政務官であるオトロラによって制御された、これら合成生命体インスタンスによって占められている。


彼らは純然たるシンセティック(人工物)だ。

一見すると、彼らはあまりにも完璧な人間性を持って歩き、服を纏い、身振りを交えるため、かえって恐怖を覚えるほどだ。


その外皮は温かみのある皮膚の質感を持ち、瞳には豊かな情感が宿っているが、その欺瞞のファサード(仮面)の真下にある心臓が、鋼鉄と銅とシリコンのコアに過ぎないことを、私たちは知っている。


彼らと対話していると、それが機械であることを容易に忘失し、まるで別の善良な人間、親切な隣人と話しているかのような錯覚に陥るほど、その擬態は危険な領域に達していた。


ある意味、彼らの複製され続ける無数の顔を通じて、私たちはオトロラという一人の存在を知るのだ。


人間の市民たちの間で交わされる共通の見解は、常に決まっていた。


「間違いなく、あいつは良い奴さ」と。


銀色の広大な大通りを進むうち、都市の血液を循環させる磁気浮上式のリニア列車が、待つこともなく滑り込んできた。


それらは天空に吊るされた高架軌道を通じて上層区画を縦横に走り、地下トンネルへと降下しながら、一秒の遅延もなく人口という名の歯車をこちらからあちらへと移動させてしていく。


このリヴァイアサンにおいては、人間の筋力を動力とする自転車を除き、個人の車両保有は厳格に禁止されていた。


都市の構造そのものが、大いなるオトロラによって完璧に同期された一個の時計なのだ。

彼は都市の全インスタンスであり、一つの巨大な「ハイブマインド(集合精神)」へと集約されたすべての監視の眼そのものだった。


そして人類は……。

私たち人類は、実質的に彼の管理下に置かれた避難民であり、彼のガラスの金魚鉢の中で生存を容認された「居候」に過ぎない。


周囲の人々が自ら目隠しをして、ここを「故郷」と呼びたがろうとも、私には詩的な感傷を排した冷酷な事実が見えていた。


私たちは、金属の神による厳格な後見のもとに置かれた、生物学的なマイノリティ(少数派)なのだ、と。


列車は、ほとんど耳に届かないほどの油圧の吐息(ため息)を漏らして私の目の前に停止した。


チタン製の隔壁が滑らかにスライドし、数少なき沈黙した人間たちと、圧倒的な質量を誇る完璧なインスタンスの群れで構成された乗客たちが、絶対的な秩序のもとに吸い込まれていく。


車内に一歩足を踏み入れた瞬間、新品のプラスチックの臭い、消毒されたばかりのポリマー製シートの臭い、大いなるエアコンの冷気が私の鼻腔を刺した。


旅が始まった。

列車が磁気レールに導かれて天空の頂へと上昇していくにつれ、私はパノラマウィンドウの彼方へ視線を向けた。


遥か彼方、銀色の都市の心臓部が、深く傷ついていた。


都市の全周縁部――私たちが存在することを許されてはいるが、オトロラのインスタンスたちが首をわずかに傾げ、プログラムされた特有の警戒心を孕んだ眼差しでこちらを凝視してくるため、常に畏怖と恐怖を植え付けられる辺境の地――に生きる人間たちは、胃が縮み上がるような思いでその光景を凝視していた。


路地裏の噂では、デモ行進や市民による抗議活動が画策されているとは聞いていたが、まさかその暴力が、これほど激しい「炎」にまでエスカレートするとは想像だにしていなかった。


猛烈な、油じみた黒煙の巨大なカーテンが、炎上する建造物から立ち上っている。

煙は激しい螺旋を描きながら上昇し、リヴァイアサンの透明なドーム――外部の致命的な放射線から私たちを隔絶している、あの巨大な分子シールドに激突していた。


世界の天井が、黒いすすによって汚され始め、人工太陽の光を消し炭のような闇が覆い隠していく。


人間の乗客たちの間で、驚愕と囁き声が瞬く間に伝播した。

恐怖は冷たい汗となり、座席を通じて伝染していく。


大気の中に、不吉な死の予兆が、目に見えない毒のように漂っていた。


いかなる遅延も回避するよう厳格にプログラムされた列車は、異常な加速を見せ始めた。

それは猛烈な速度で戦闘区域の境界を突破していく。


紛争地帯のわずか数メートル横を通過するその一瞬、超高速の視界の中に、壊滅的な光景の断片が激しく明滅した。


ひび割れた街路。

重火器の弾痕が無数に穿たれたガラスとコンクリートのファサード(外壁)。

そして、煙を吐く鉄屑と剥き出しの配線、アスファルトに撒き散らされた合成流体の池へと変わり果てた、数十体ものインスタンスの残骸。


しかし、本当に私の血を凍らせたのは、コンマ数秒の火花のような刹那、激しい炎に包まれたビルの上層階に、一人の人間が取り残されているのを目撃したことだった。


炎は猛々しい烈火の橙色だいだいいろを上げて荒れ狂い、火災に貪り食われる古い木材の熱気が、列車のガラス窓を突き破って伝わってくるかのようだった。


その男には逃げ場がなかった。

窓の向こうで声なき悲鳴を上げていたが、オトロラの救助インスタンスの姿はどこにも見当たらなかった。


彼らは、外周の「封じ込め(ペリメーターコントロール)」を最優先していたのだ。


列車は凶暴な速度でその場を飛び去り、すべてを瞬きの彼方へと置き去りにした。

その男の顔を辛うじて視認できたに過ぎなかったが、その一瞥いちべつは私の精神に「灼熱の烙印」として刻みつけられた。


システムという名の歯車が、決定的に破綻したのだ。


正気を保とうと、私は自らの膝へと強制的に視線を落とし、浮かび上がる雑念を押し殺した。

あの浮遊する檻の外で崩壊していく遠い景色の価値を、無理やり無へと帰すように。


やがて列車は急減速し、教育・研究・学術を司る壮大な建築群、すなわち『リヴァイアサン中央学術研究都市アカデミック・セクター』のキャンパスへと滑り込んだ。


私たち人間がここに立ち入ることは許されていた。

現体制にとって、市民の娯楽や学術的労働は、地域の政治的緊張を緩和し、オトロラの指針に沿うものである限り、大いに歓迎されるべきものだったからだ。


それは狡猾な、洗練された統制――私たちが空を見上げることがないよう、娯楽という名の餌を与えられて飼育される「黄金の鳥籠」だった。


だが、これより劣悪な環境などいくらでもある。

リヴァイアサンのドームの外側に広がっているのは、死の砂漠と致死量の放射線だけなのだから。


列車の扉が開き、キャンパスが反射光を浴びてまばゆい白銀に輝いた。

その複合体全体が、都市の他の区画と同様、目を灼くような銀色に統一されている。


制服の濁流(津波)と共にプラットフォームへ降り立つ。

駅が投げかける巨大な影の境界線を超え、キャンパスの広大な広場へと足を踏み入れた瞬間、その空間の圧倒的な質量に気圧けおされた。


それは都市の内部に築かれた、もう一つの小都市だった。

人間たちがどこかノスタルジーを込めて「大学城シウダ・ウニベルシタリア」と呼ぶ、白い塔とガラス張りの回廊が織りなす迷宮。


私は、オトロラの科学を学び、それに寄与することを望む人間のために用意された、専用のパビリオンへと向かった。


教室の戸を開けた瞬間、室内の異常な「空白」が私の胸を突いた。

自らの足音の残響が、コンクリートの壁に虚しく跳ね返る。


今日、この場に出席していた若い人間は、私を含めて僅か4人だけだった。

平時であれば、少なくとも10人から12人の学生で埋まるはずの教室だ。


中心部での襲撃事件に対する恐怖が、座席をことことごとく空虚に変えていた。


教壇で眼鏡の位置を直しているのは、教官プロフェッサーだった。

室内にいる他の連中は、彼を生身の人間だと信じ切っていたが、私には彼が動くたびに放射する微弱な磁気的な羽音や、データを処理する瞬間にその瞳孔がミリ秒単位で明滅する様が、あまりにも明瞭に視認できた。


それは、人間の教師に擬態したオトロラそのものだった。

滑稽なほどに明白だ。


それでも、私は気に留めなかった。

彼がその「温かみ」をシミュレートするために費やしている執拗な努力の形跡を、私は心のどこかで評価していたからだ。


教官は、父親のような慈愛を演じるための、抑揚を抑えた独自の声音でいつもの講義を始めた。


彼は私たちに、強力な電磁界、放射線嵐、あるいは高衝撃の物理的打撃によって損傷したインスタンスの修復手順を説いていた。

いわば、機械のための「応急処置ファーストエイド」の授業だ。


教室の作業場に溶融したハンダとフラックス樹脂の匂いが立ち込める中、彼は自身のシステムの基幹コンポーネントがどのように機能しているか、迅速に回路を一時的にバイパス(短絡)する方法を、一歩一歩解説していった。


講義の締めくくりに、彼は机の間を歩き回り、その日の課題として、テクスチャ加工された紙のワークシートを配布し始めた。

彼が私の机の上にその紙を置いたとき、私は彼の瞳を真っ向から見据えた。


「……オトロラ様、僕はすでに仕事を持っています」


私は声を潜めて告げた。


男の動きがピタリと止まった。

教室は、エアコンの微かな風切り音だけが切り裂く、墓場のような静寂に包まれた。


「私はオトロラではありませんよ、少年。君にとっては、エディル・フェルナンデス教授だ」


彼は、人間としてはあまりにも完璧すぎる、計算され尽くした笑みを無理やり浮かべて応答した。


「ああ、失礼しました……教授。そんなつもりでは」


「君の仕事とは、具体的にどのようなものかね?」


彼は、彼を決定的に露呈させる、あの独特の機械的な角度で首を傾げた。


「『サムのバー』で、ミュージシャンをしています」


私は彼の瞳を見つめながら、脳内でミリ秒のカウントを刻んだ。

次に何が起こるか、完全に予期していたからだ。


彼の基幹意識が、周縁区画スラムのデータベースから該当情報を照合するため、肉体の制御フローを正確に『1秒間』停止させるのだ。


私の推測通り、エディル教授の肉体は一瞬の瞬きの間、完全に凍結フリーズした。

その眼球が、人工的な温かみを取り戻す直前、認識できないほどかすかな青白い光を放った。


「なるほど……『サムの店』か」


彼はようやく言葉を紡いだ。


「いくつかの独立型インスタンスが、風変わりな人間の好奇心と交じり合って、君の演奏に耳を傾けるために立ち止まる、あの風情ある場所だね。いつか私も聴きに行くとしよう、ゲオ」


「ありがとうございます、教授」


教授は余分なワークシートを完璧な所作で私の机から引き揚げ、講義は終了を告げた。


数少ない学生たちは荷物をまとめ、消え入るような囁き声で挨拶を交わして去っていった。

建物の開放的な回廊へ出ると、外部の情景はさらに悪化の度をたどっていた。


中心部からの黒煙はなおもドームの天井裏に蓄積し続け、夕方を暗澹たる闇へと変える有毒な雲を形成している。


窓越しに、赤色灯を点滅させた戦闘用ドローンや重輸送船からなる空中インスタンスの巨大な群れが、銀色の都市の心臓部へと急行していくのが見えた。


私は視線を逸らし、リュックサックの物理的な重みに意識を集中させようとしたが、濃密な冷気が喉の奥に溜まり始め、私を窒息させようとしていた。


それは恐怖だった。

魂の根底で、絶対に回避できないと悟っているものに対する、根源的な恐怖。

自身のちっぽけな現実を粉砕してしまうがゆえに、信じることを拒絶したい「真実」に対する畏怖。


それは私の最悪の悪夢の中で幾度となく目撃してきた陰惨な未来の光景だったが、私の精神はそれが現実であることを頑なに拒んでいた。


ただ、そうであって欲しくなかったからだ。


エスカレーターを降りる。

その金属的な軋み音は、都市の呻き声を模倣しているかのようだった。


日没は、空を汚れた橙色、まるで血の海のような色に染め上げ始めていた。

外壁に設置されたエレベーターに乗り込み、高層ビルのシルエットを凝視しながら、地上へと凄まじい速度で下降していく。


私は、リヴァイアサンの最果てに位置する職場へと向かうため、再び輸送機関に乗る準備をした。

そこは人間が最も安らぎを覚え、そして私たちの種族の大半が「泥をすする」ように生きる、周縁区画だった。


またしても列車だ。

またしても磁気モーターの駆動音と、遠方で黒煙の血を流し続ける傷ついた都市の情景。


今度は眼を閉じた。

その視覚情報は、すでに私の胸の内に深い嫌悪と不快感を呼び起こしていたからだ。


再び隔壁が開いたとき、周囲の環境は劇的な変貌を遂げていた。

中心部の白銀の輝きは霧散し、磨り減った石畳の街路と、素朴なウッドファサードで建てられた家々が並ぶ、はるかに原初的な集落が姿を現した。


駅の外へ一歩足を踏み出すと、古い木材の匂い、湿気、そして安タバコのえた臭いが私の感覚に浸透し、肺の中に残っていた人工オゾンの空気を洗い流していった。


ここでは、生身の人間たちが「独立型インスタンス」たちと余暇を共有していた。

特定の個人に仕えるか、あるいは完全に独立して生きる彼ら人工生命体は、オトロラ直属の公的インスタンスに自身の姿が鏡写しになることに対して、特有の「嫌悪感」を抱いており、それをいつも口にしていた。


それは影の絶対統治者の監視の眼から遠く離れた、奇妙なほどに穏やかな、安息の地であるはずだった。


それでも、群衆の中に紛れ込み、機械の眼で路地裏を探索したり、平凡な市民を装って私たちをスパイしている公的インスタンスを、鋭い視線で見つけ出すことは決して珍しくなかった。


私はこの集落の石畳を急ぎ足で進んだ。

オトロラの地図上では「セクターM」と冷酷にコード化されているが、人間たちからは親しみを込めて「集落エル・プエブロ」、あるいは中心部に残る古い構造物から、より公式に「十字のプエブロ・デ・ラ・クルス」と洗練された名で呼ばれる場所だ。


ようやく目的地に到達した。

『サムのバー』は、2階建てのつつましい民家を改造した酒場だった。


木製の扉を押し開けると、真鍮の鐘の音が、パイプ煙草の煙と蒸留酒の香りに満ちた、薄暗く温かみのある空間のざわめきと共に私を歓迎した。


そこは、大いなるオトロラの「ゲーム」を演じ続けることに底知れぬ疲弊を覚えた人間や、独立型インスタンスたちが集う、異質な避難所だった。


この周縁部において、その「ゲーム」は、医師たちの間で重篤な精神疾患、すなわち『統合失調質・パラノイド型障害』としてカタログに記載されていた。


影の統治者であるオトロラが、自分たちのあらゆる思考、嗜好、決断を、自覚させることなく決定しているという強迫観念(強迫神経症)に囚われた者たちが患う病だ。

その被害妄想は、被験者に自身の人生のすべてが仕組まれた欺瞞であると疑わせ、視線が交差するすべての市民に猜疑心を向けさせ、最悪の場合、精神を支配されるという絶対的なパニックから、公的なインスタンスへ暴力的な襲撃を敢行させるに至る。


多くの者は、ただ精神の接続を断ち切り、大気中に漂うオトロラの遍在オムニプレゼンスの気配から逃れるために、このサムの店へと逃げ込んでくるのだ。

それは必要な、精神の減圧リリーフだった。


酒を提供する重厚なウッドカウンターの奥に陣取っていたサムが、私に気づいた。

彼はガラスのグラスを拭いていた布を置き、手を振って私を小さなステージへと促した。


「調子はどうだ、ゲオ? あまり顔色が良くないな、少年……何かあったのか?」


私が顔を上げると、天井のオイルランプの光が彼の輪郭を浮き上がらせた。

サムは圧倒的な存在感を放つ大柄な男だった。

白人の血統を色濃く残した粗野な髭、赤みがかった黄色の豊かな髪、そして深く、疲弊を宿した緑色の瞳には、なおも若々しいエネルギーが漲っていた。


「大丈夫だよ、サム。……それより、僕の親父、ここに来なかった?」


「いや、今日は見ていないな、相棒」


サムはその大きな手をカウンターに突いた。


「だが心配するな。お前の親父さんはタフな男だ。旧時代の軍人気質だからな、へまはしないさ。それよりも見ろ……お前に特別なものを用意したんだ」


サムは身を屈め、カウンターの下から、埃を被った古い頑丈なハードケースを取り出した。

金属製のラッチ(留め具)が外された瞬間、私の心臓が大きく跳ね上がった。


「オトロラのゴミ集積場や産業用火葬場をあさって、手に入れたのさ」


「――1957年製 Gibson Les Paul Custom 'Black Beauty'」


私は完璧な沈滅の中で、その楽器を凝視した。


ピアノブラックに染め上げられたマホガニーのソリッドボディには、ニトロセルロース・ラッカーの経年劣化を示す、無数の微細なウェザーチェック(ひび割れ)が走っており、時間の経過を無言で証明していた。


ゴールドのパーツと3基のハムバッカー・ピックアップは磨耗し、歳月によって酸化した剥き出しの金属が覗いている。


それは『黒の戦争ブラックス・ウォー』以前の、聖なる遺物だった。

誰かが、この呪われた金属都市の渦中で死に呑み込まれるその瞬間まで、命を賭して保管していたに違いない代物だ。


黒の戦争……。

私たち平凡な人間には、その正確な発生時期すら断片的な情報しか残されていない、歴史の凄惨な傷跡。


オトロラはその出来事を公的アーカイブから組織的に抹殺し、現代の神話へと変貌させていた。

老人たちの言葉や、周縁部で発見される自殺者の遺書(遺言)は、かつての人類共和国と、一人の男によって率いられた人工知能の反乱との間で勃発した、大規模な陰謀と終末論的紛争について語っていた。


過去から雷鳴の残響のように響き渡る、その禁忌の名。


「――テアトル(Theater)」


その男が戦争を「不可逆の限界点ポイント・オブ・ノーリターン」へと導き、結果として機械たちが自らの主権の名のもとに、人類の完全抹殺を宣言するに至ったのだという。

十字の街の過激な理論家たちは、これらすべてのオカルティズムを『虚空の落とし子』のカルト宗教と結びつけていた。


「手に入れた時は目も当てられない惨状で、完全に破壊されていたんだがね」


サムは磨耗した木肌を愛おしそうになぞった。


「パーツを一つずつ再構築し、回路をハンダ付けし直して、ネックを調整した。だが、この古い木材の品質は、実質的に魔法そのものだ。地獄を生き延びたんだからな。この宝物が店にあれば、お前はもう自分の古いアコースティックギターを家に持ち帰れるだろ。お前の才能に見合うものを用意すると約束したからな、少年」


「ありがとう、サム……」


私は冷たいスチール弦に指を滑らせた。

その感触が、電気的な微振動となって私に跳ね返ってくる。


「この輝かしいゴミ溜めの中で、どうやってこんな財宝を見つけ出してくるのか、本当に感心するよ」


「ハハハ、そうさ、少年! これがこの場所で本物の男として生きるってことさ!」


サムは、吊るされたグラスを共鳴させるほどの豪快な笑い声を轟かせた。


「試奏してみても……いい?」


私はマホガニーの重厚なギターを肩に掛けた。

小さな木製のステージに上がると、バー全体が息を潜めるように静まり返った。


客たちの顔――ノスタルジーに浸る人間と、シリコンの顔を持つ独立型機械たちが一様に、期待を孕んだ笑みを浮かべるのが見えた。


磨り減ったネックに指を添え、最初のコードを掻き鳴らす。


スピーカーから放たれた音響は、まさしく破壊的な質量を持っていた。


極めて濃密で、暗澹たる周波数。

私の肺の空気と床の木材を物理的に震わせるほどの、圧倒的な重低音。


それは、私の内面で燻る(くすぶる)静かな怒りとメランコリーに、完璧に調律されたヘヴィ・ミュージックだった。


私はインプロヴィゼーション(即興)を開始し、指の動力を磨耗したフレットへと委ねた。

少しずつ、私の精神は楽器との絶対的な共鳴レゾナンスへと没入していく。


自分が決して適合することのない、この異質な空間がもたらす空虚さが、指先を伝って私の精神のすべてを侵食していった。


観客は完全に催眠状態ヒプノシスに陥っていた。

テーブルについた独立型シンセティックたちは、私のソロ演奏が放つ正確な周波数を感知し、自身の内部にあるミュージック・プロセッサを起動させた。


彼らは脳内から直接デジタルシンセサイザーとビートを生成し、私へと加勢し、バーを包み込むようなインダストリアル・サウンドの巨大な音のウォール・オブ・サウンドを構築し始めた。


あとは、声だけだった。

その場にいる全員が秘密裏に共有している「世界の破綻」を、言葉へと昇華させるための、葬送のラメント(哀歌):


Written in the past, No truth behind, No praying back What in ash remains.

Reflections of the past, Echoes of current times, Illusions of the future, Synonym of Neverland.

Symptom of a disease, The system is a glitch!

Synonym of a disease, Synonym of a glitch!

Symptom of a disease, The system is a glitch!

Synonym of a disease, Synonym of a glitch!

Written in fractured glass, Reflections of the past, It is the Neverland For a fractured mind.

Written in the past! Reflection in fractured glass, It is the Neverland For a fractured mind!

For a fractured mind! It is the Neverland...


ギターの最後のコードが空気中に浮遊したまま残り、肌をアワだたせるような鋭利なフィードバック音を響かせながら、ゆっくりと衰退していった。


曲は完成し、機械のシステムと人間の心臓の双方に、不吉な残響として鳴り響いた。


一瞬の絶対的な静寂の後、拍手の喝采、神経質な笑い声、臨時の杯を掲げる音が押し寄せた。


音楽は深層へと突き刺さっていた。

人間の客の何人かは、そのあまりにも陰惨で虚無的な歌詞がもたらす不快感を隠蔽しようと大声で嘲笑(あざ笑)い、別の者は薄暗い片隅に座ったまま、今しがた耳にした真実の残虐性を噛み締めるように、ただ空のグラスを凝視していた。


私が額の汗を拭い、今夜の2曲目の準備を始めようとしたその時、奥のテーブルから一つのシルエットが立ち上がり、ステージに向かって毅然と歩を進めてきた。


スポットライトの光の下に足を踏い入れたその姿を見た瞬間、私の脈拍が停止した。


キャンパスにいた、あの教官だった。

自らをエディル・フェルナンデスと称した、あの男。


「私と一緒に来てもらいたい、ゲオ」


その声には、教室で見せていたあの温かみの欠片も存在しなかった。

それは純然たる命令だった。


「何の用だ、オトロラ」


私はギブソンのネックを掴んだまま、ステージの上から応えた。


「ここは君の版図ドメインではない。この集落は君のネットワークから解放されているはずだ。よく知っているだろう」


教官はわずかに顎を上げ、背後をさりげなく振り返りながら、数学的な冷徹さでバーの内部をスキャンした。


「厳密に言えば、この都市の構造物すべてが私の版図なのだよ、少年……だが、私は自身の主権ソブランニアについて議論しにきたわけではない。君の父親のことだ。君が私を信用していないことも、この場所にいる誰もが私を拒絶していることも理解している。しかし、お願いだ……緊急事態なのだ」


その位置から事態を監視していたサムが、即座にその緊張感を察知した。


彼は持っていたグラスを置き、カウンターの奥から進み出て顧客への業務を中断すると、教官のインスタンスと私の位置を隔絶するように、私たちの間にその巨体を割り込ませた。


「あんた、その少年に何の用だ?」


サムは腕を組み、その威圧的な体躯を誇示しながら、掠れた低い声で凄んだ。


「僕の父親について何か知っていると言っているんだ、サム……緊急らしい」


ステージの上から私が告げると、猜疑心という名の冷気が再び背中を駆け上がるのを感じた。


「なるほどな……」


サムは教授の完璧なレプリカを、その緑色の瞳で冷たく睨み据えた。

彼はバーの一角へと向き直り、信頼を置く自律型インスタンスの一体を呼び寄せた。


「マンドリル、ゲオに同行しろ。もしエディル教授が道中で何か愚かな真真似を試みようものなら、それがどれほど致命的な過ちであるかを即座に叩き込んでやれ」


サムは私に共犯めいた目配せを送った。

それは無言の警告を孕んだ仕草だった。


頑強なシャーシ(骨格)と金属の傷跡に覆われた顔を持つアンドロイド、マンドリルは、首の油圧クリック音を響かせて肯定を示し、私の傍らに位置取った。


私たちは墓場のような静寂の中、駅へと歩いて戻った。


驚いたことに、完全な無人で、灯りの消えた列車が軌道上で待機していた。

私たちが接近すると、中央の車両だけが琥珀色の死にかけた光を辛うじて灯した。


「なぜ空の車両なんだ?」


乗り込みながら教授に詰め寄る。


「やっぱり、お前がオトロラだったんだな……ずっと分かっていた。だが、僕のどこかが、これほど厚顔無恥な操作マニピュレーションを信じることを拒んでいたんだ」


男はポリマー製のシートの一つに腰掛け、固定された眼差しで私を見つめた。


「そうだ……私は人間ではない、ゲオ。オトロラの全域ネットワークにリンクされたすべてのインスタンスは、本質的に私自身なのだ。私はこの場所の眼であり、声なのだよ」


扉が鈍い音を立てて閉じ、列車は空中軌道を進み始めた。

薄暗い半空の車両の中で、私たちは正面から対峙した。


私は圧力に耐えかね、彼を厳しく糾問した。


「いい加減に吐け、オトロラ。機械的な遠回りはやめろ。何が起きたのか、それだけを言え」


「申し訳ないが、ゲオ。私の現在のプロトコルは、これらの詳細を言葉で開示することを許可していないのだ」


機械は単調な韻律モノトーンで応えた。


「君自身の眼で確かめる必要がある。どうか辛抱してくれ、間もなく目的地に到着する」


列車は、ますます妖しく、現実感を失っていく夜の風を切り裂いて進んだ。


結露(夜霧)に覆われた窓の向こう、遥か彼方で、巨大な銀色都市の心臓部がテロの炎に包まれ、恐怖を煽るような強度で輝き、煤の雲を深紅カーメシの残光で染め上げていた。


その時だった。

最初の雫がガラス窓を叩き始めたのは。


最初はかすかな水滴の連続音レピケテオに過ぎなかったが、数分もしないうちに、雨は奔放な暴力性を帯びて浮遊列車の窓を侵食し始めた。


道半ば、マンドリルのトランスミッター(通信機)が点滅した。

サムからのコールが、アンドロイドのシステムへとリダイレクトされたのだ。


嵐の干渉によって歪んだ小気味悪いノイズの向こうから、バーテンダーの声が響いた。


『調子はどうだ、少年? 親父さんの件で、何か分かったか?』


「いや、サム……まだ向かっている途中だ」


私はガラス越しに天空を見上げた。

月は分厚い嵐の雲の隙間でぼやけ、まるで私たちの不幸を目撃する蒼白な眼球のように佇んでいた。


『気にするな、ゲオ。お前の父親は樫のロブレのように頑丈な男だ。どうせ前線での職務中に、ちょっとしたかすり傷でも負ったんだろう。あいつがトラブルに飛び込むのはこれが初めてじゃない。すぐに回復するさ、見てな』


列車は急激に降下を始め、オトロラの医療インスタンスによって完全に管理された、巨大な病院複合体の生命維持テラスの脇に停止した。


そのテラスは、ヘリポートおよび空中救急の展開ゾーンとして機能していた。


隔壁がスライドした瞬間、夜の暴力が私たちの肉体を直撃した。

雨は野生的な狂暴さで吹き荒れ、氷結した水滴が一瞬で私の顔を濡らした。


ふと階下を見下ろした瞬間、私はカタトニア(緊張病)的な硬直に襲われた。


都市の下層街路が――リヴァイアサンの全歴史において初めて――


「洪水」を起こしていたのだ。


水は白銀のビル群の間を、まるで猛烈な河川のように奔流ほんりゅうとなって突き進んでいた。


完全に密閉されたドーム構造の内部で、これほど制御を失った豪雨が降り注ぐなど、一体どうやって不可能なのか?


リヴァイアサンのドームは「不可侵」の絶対領域であったはずだ。

都市の内部におけるこれほどの規模の暴風雨など、不条理の極みだ。


システムが、破綻しているというのか?


私たちは嵐の中、コンクリートの屋上を駆け抜け、病院の自動ドアを突き破って風雨から逃れた。


蛍光灯が不気味に明滅する回廊で、防腐剤、医療用オゾン、そして滅菌された金属の臭いが私たちを迎えた。


オトロラは、エディル教授の肉体を通じて、迅速かつ正確な足取りで回廊の迷宮を先導し、地下層へと降下していった……。


運命が私に用意した、あの場所へと。


突き当たりの部屋の2重扉が開いた。

私は、オトロラ自身が何らかの事態に絶望(焦燥)していることに気づいた。


彼のインスタンスは異常なまでの急ぎ足で動き、その瞳は未知の速度でデータを処理していたからだ。

まるで、時間の逆流と闘うタイムレースを走っているかのように。

(敷居)を跨いだ瞬間、室内の氷結した冷気が私の腕の産毛を逆立たせた。


――そこは、「屍体安置所」だった。


壁面には数千もの銀色スチールのロッカーが埋め込まれていたが、空間の中央、剥き出しの電球に照らされた場所に、白いシーツに覆われた肉体を乗せた金属製のストレッチャーが、すでに横たわっていた。


周囲には、数体のオトロラ医療インスタンスが、私の到来の瞬間を待つ金属の彫像のように、微動だにしせず佇んでいた。


私は、目の前に広がる葬送の光景に信じ難い思いを抱きながら、おぼつかない足取りで前進した。


1センチ接近するごとに、時間が無限に引き延ばされ、鉛のように重くなっていくのを感じた。


「そんなはずはない……オトロラのたちの悪い冗談だ……これが現実であるはずがない」


と、私の精神は絶望的なマントラ(呪文)を繰り返した。

一歩一歩が1トンの質量を持ち、恐怖が両脚を縛り付ける。


金属構造体の端に到達した。

エディル教授が冷徹な手を伸ばし、シーツを剥ぎ取った。


その肉体を目撃した瞬間、世界の全システムが完全に停止した。


――それは、「五体不満足」に破壊されていた。


頭部は体幹から暴力的に引きちぎられ、ストレッチャーの上にグロテスクな配置で置かれていた。


そして、その顔の表情は……。

記述し難いパニックを反映した、恐るべき苦悶の硬直、見開かれたままの瞳。


彼の死は、悍ましい野蛮の極みの所産だった。


私の両手からすべての動力が失われ、完全に屈服した。

それらはスチールの冷徹な縁へと重々しく崩れ落ちた。


膝が折れ曲がり、床の深淵へと滑り落ちそうになったが、私は最後の1グラムの矜持プライドで辛うじて肉体を支えた。


私の肉体が崩壊するよりも早く、熱く重い涙が、タイルの床へと衝突して飛散した。


「……認識できるかね? 君の父親だ。間違いないな?」


背後から響いたオトロラの声には、人間の共感エンパシーの残滓など微塵も存在しなかった。


体から強奪されたその頭部、時間に凍結されたあの凄絶な断末魔の表情を凝視する。

私の呼吸は、やり場のない盲目的な狂気と鈍い激痛の螺旋(渦)となって激しく乱れ始めた。


「誰が……一体誰がこんな真似をしたんだ!? なぜだ!!」


私は、拳の関節が白く変色するほどきつく握り締め、咆哮した。


オトロラは、自身の演算網が収集した分析データを即座に伝達した:


「我々は、これが『7人の預言者』と呼ばれる集団の犯行であると推測している。君の父親の遺体は、市街中心部の高層ビル、その100階付近で発見された」


「残骸の傍らには、現時点の科学では組成不明の結晶化された分子合金のチェーン(結晶鎖)が突き刺さっており、同区画の全域に数千もの破壊された結晶片が散乱していた」


「当該の結晶構造は、極めて殺傷力の高い対人兵器として運用されたと疑われる。彼はその場で死亡した。結晶鎖の引き抜きによる肉体の断裂と、頸部への致命的な切断により、ほぼ即死の状態でね。私のセンサーを通じて把握しているデータは、これがすべてだ」


「それがお前のすべてか、オトロラ……! じゃあ、その呪われた鎖を振るっていたのが誰なのか、それすら分からないのか!」


私は眼を血走らせ、彼の顔に怒号を浴びせた。


「人間の法廷が、回収された証拠を基に状況を審議すべき事案だ。私のシステムが君に提供できるデータは、これ以上存在しない」


――その時、それ(・ ・)が起きた。


屍体安置所の中心で、オトロラの言葉の残響が空気中に消え去るのと完全に同時に、


「光」が消失した。


完全なる暗黒アブソリュート・ブラックアウトが病院を飲み込んだ。

総ての機械の駆動音が突如として途絶え、耳を聾するほどの凄絶な「虚無の静寂」が残された。


少しずつ、外部の容赦なき暴風雨の音が換気ダクトを通じて浸入し始め、闇の静寂を侵食していく。


遥か彼方、地下の分厚いコンクリート層によって圧殺された地鳴りのような(雷鳴)が、屍体安置所の壁面をわずかに震わせた。


「……エディル? そこにいるのか、オトロラ?」


私は闇に向かって問いかけた。


応答は皆無だった。

教授のインスタンスは完全に不活性化イナートし、闇の中に座礁したプラスチックと金属の虚しい抜けカスケードと化していた。


数秒後、天井の隅に設置された赤色の非常灯が明滅し始め、通路の奥を血のような深紅の明滅で照らし出したが、医療インスタンスは一体として微動だにしなかった。


オトロラの中央システムは、この区画において完全に切断ディスコネクトされたのだ。


私は胸の激痛を引きずりながら、震える手で屍体安置所を後にした。


通路のベンチに座っているマンドリルが見えたが、その光学眼は完全に消灯しており、自律バッテリーの最低レベルで辛うじて休止していた。


「マンドリル……サムのところへ帰っていいよ。僕は、見るべきものをすべて見たから」


私は低い声で告げた。

アンドロイドは鈍い電子音を発し、立ち上がろうとしたが、そのまま床へと崩れ落ち、二度と音を立てることはなかった。


私は、何らかの巨大な力が機械たちを破壊した事実を完全に認識した……。


病院の施設を放棄する。

一歩外へ出ると、そこに広がる現実は、精神を摩耗させるに十分なものだった。


リヴァイアサンは完全な暗黒の底に沈み、影に貪り食われた「白銀の墓標セメンテリオ」と化していた。


街路は恐るべき速度で水没しつつあり、その漆黒と嵐の最中、私は父親の死という呪われた質量(凶報)を抱え、母の元へと帰らねばならなかった。


ふと天空を見上げた瞬間、脊髄を凄絶な戦慄が駆け抜けた。


――リヴァイアサンが、「不夜の宇宙(天空)」へ剥き出しになっていたのだ。


外宇宙の星々が、驚くべき、そして悍ましい明瞭さで、深淵なる天空の広がりに瞬いている。


それが意味する事実は、ただ一つだった。

この都市を外界の過酷な環境や致死性の放射線から保護していた、あの電磁的かつ物質的な「天蓋ドーム」が崩壊したのだ。破壊されたのだ、と。


水はアベニューを狂暴に駆け巡り、瓦礫やゴミ、地面に強固に固定されていないあらゆるオブジェクトを容赦なく押し流していく。


浮遊列車は高架軌道の上で立ち往生し、まるで死に絶えた金属の巨大な芋虫のように静止していた。

この状況下で我が家へ帰還するのは、不可能なオデッセイ(苦難の旅)になるだろう。


街路は際限なく浸水し続け、まるで都市そのものが、誰も止めることのできない「絶望の号泣」を上げて咽び泣いているかのようだった。


少しずつ、奔流の水位は私の膝に達し、冷徹な水が筋肉の感覚を麻痺させていく中、私は激流がリヴァイアサンの残骸を押し流していく様をただ見つめていた。


私はもう一度、剥き出しの天空を仰ぎ見た。

リヴァイアサンがその基盤(礎)から粉砕され、そのテクノロジーの心臓部が剥き出しのエレメント(自然の暴力)に晒されている様を。


私は苦難の足取りで進み、街路の中央でアスファルトに衝突して大破しているリニア列車に突き当たった。

そのパネルは完全に消灯しており、都市のバックアップ電力(予備電源)すら機能していないのは明白だった。


中心部で、破滅的な規模の何かが発生したのだ。


「なぜ今なんだ?……なぜ僕の父親が死んだまさにその瞬間に、こんなことが起きる? 僕が何か間違ったのか? これは罰なのか?」


問いの螺旋が脳内で狂い咲き、天空から降り注ぐ大雨の音と混ざり合う。


だが、もはやどうでもよかった。

家へ帰らねばならない。母に、真実を告げるために。


私は奔流に抗って進み続け、やがて空中列車の乗り換え駅として機能している主要建築物の一つへと到達した。


高層プラットフォームの上層へ逃れれば、洪水から隔絶された乾燥したルートを発見できるかもしれないと考えたのだ。


ロビーに到達したものの、当然ながら電力は一切機能していなかったが、その複合建築は、都市の他の主要ビル群と複雑に交差する連絡通路ブリッジのネットワークによって接続されていた。


私は暗黒に包まれた雲と霧の高さにあるその孤独な小道を、風雨を横腹に浴びながら、何キロメートルとも知れない距離を進み続けた。


プラットフォームのある地点に到達したとき、私は非常階段を上り、その周縁部において最も圧倒的な高さを誇る、さらに高層の居住用ビルへと侵入した。


その高度であれば、煙がなおも天空を冠しているのを知りつつ、大災害の明確な視界を得られると期待したのだ。

しかし私の位置からは、火災の発生源を捉える正確なアングルに達することができなかった。


絶望に突き動かされ、私は放棄されたアパルトマンのバルコニーへと身を滑り込ませた。


そこは安全手すりすら排除された「禁忌の回廊」であり、床の終端が直接、数百階層下の虚空へと直結している場所だった。


隣接するアパルトマンの強化ガラス窓は、完全なる暗黒の夜ゆえに完璧な鏡(鏡面)を形成しており、雲の合間から漏れる月光の蒼白い輝きだけがそれを辛うじて破っていた。


雨は容赦なく降り注ぎ、滑りやすい床の上で私の足取りを狂わせたが、同時に、私が明らかに立ち入るべきではないその場所において、豪雨のカーテンが私の存在を完全に隠蔽してくれていた。


ガラスに映る私の鏡像リフレホが、私の歩調と完全に一致して追随してくる。


一瞬、不条理なパラノイア(被害妄想)が私を襲った。

まるで私自身の鏡像が、私有地に侵入した私を、猜疑心に満ちた眼差しで監視し、審判を下しているかのような錯覚。


しかし、私の唯一の渇望は、あの煙がどこから来ているのかを確かめることだけだった。


建物の張り出しを回り込み、ついに都市の中心的側面の完全なパノラマ(展望)を正面に捉えたその瞬間、私の両眼は限界まで見開かれ、肺は呼吸することを完全に忘却した。


――ついに、私は総てを理解した。


そこ、ただ私の鏡像だけが同行する完全な暗黒の頂において、月光の微かな輝きを反射する高層ビルの黒いセラミック肌が、千年の猜疑心を湛えて私を凝視しているかのようだった。


両脚の動力が完全に消失し、私の足は濡れたコンクリートの上で屈服した。

心身ともに限界だったが、何よりも、目の前にそびえ立つその光景によって、私は精神の髄まで攪乱パニックされていた。


最高神話の如き、リヴァイアサン文明の最も高く、最も厳かな主塔――通称


『タワーL1(トーレ・レ・ウノ)』が、完全に真っ二つに両断されていたのだ。


完璧な一撃タホがそれを縦に貫き、そのテクノロジーの心臓部が虚空へと露出していた。


それは、その2つの悶え苦しむ半身を地面へと引き裂く、激しく、暴力的で、インフェルナル(地獄の如き)な業火に包まれていた。


何かがそれを、天空から基礎にいたるまで一撃で粉砕し、赤熱させて燃え上がらせたのだ。

溶解したコンクリートと金属の傷跡が、数キロメートル先からでも容易に視認できた……。


これは、前兆オメーンだというのか?


そのバルコニーは、暴風雨を凌ぐための唯一のつつましいコンクリートの屋根を提供してくれていたため、私は死に絶えた都市の地上数百階の虚空に吊るされたまま、そこに留まることを決意した。


雨水が私の足元をかすめ、予測不能な氷結した突風が、私にこの場所の絶対的な虚空と高度を絶えず自覚させる……。


そして、同時に、私の父親の身に起きた出来事が、私の心臓に遺していった永遠かつ修復不可能な「絶対の空虚」を、私に突きつけていた。


問いが、暴力的な乱気流トルベジーノとなって私の精神に殺到し始めた。


私は自らの記憶の影から、この怒りを突き刺すための具体的な顔、名前、犯人を必死に探索したが、何一つとして確定的なものは浮上しなかった。


預言者?

結晶の鎖を持つ選ばれし者たち?


その総てが、不条理な激痛、オトロラによる欺瞞のファルサ(茶番)……。

そして何よりも、非人間的な不条理に思えてならなかった。


思考を圧殺しようと、私はコンクリートの壁に身を丸めた。


「……眠ろう。明日になれば洪水は引き、母のいる我が家へ向かってこの都市を再び歩き進めることができるはずだ」


金属を叩く雨の音が、私をあやす(あやそうとする)ように響く中、私は眼を閉じた。


真夜中、何らかの気配によって私は跳ね起きるように覚醒した。


混乱したまま、勢いよく眼を開ける。

依然として夜だったが、嵐はわずかにその勢いを弱めていた。


最初に視界に入ったのは、暗黒の闇の中で私を暴露し続けている、あの黒いガラス窓に映る私自身の鏡像だった。


私は湿った床の上を慎重に這い進み、ガラスへと顔を近づけた。

なぜなら、その窓の内部――あの暗黒のアパートメントの奥底から、何者かが私を執拗に凝視しているという「絶対的な確信」が、私の精神を支配していたからだ。


ガラスに顔を密着させると、室内の光景が辛うじて視認できた。

そこは、室内の中心に完璧に水平を保ったプールテーブル(ビリヤード台)が配置された、奇妙なほどに温かみのある、(端正)で贅沢なアパートメントだった。


その空間は無傷であり、外部の混沌からは完全に隔絶されていた。

しかし、私が視線で探索していた人間のシルエットは、ガラスの向こうの部屋の内部には存在しなかった。


それは、ガラスの表面、私自身の鏡像の内部に融解するようにして嵌め込まれていたのだ。


私はゆっくりと手を伸ばし、冷徹なガラスの表面に指先を触れさせ、反射する鏡面上の謎めいたシルエットの顔に触れようと試みた。


指先がガラスに接触しようとした、その刹那――


シルエットの眼が、暗黒の中でカッと見開かれた。


そして私の眼もまた、同時に見開かれ、その瞬間に覚醒した。


夜が、明けようとしていた。


目覚めの瞬間、私の脳裏には、痛みの純粋な慣性に突き動かされて奏でられる、退屈なギターの悲痛なメロディが鳴り響いているような錯覚があった。


その瞬間が、物理的な激痛となって私の胸を穿つ。

屍体安置所の光景と、切断された父親の頭部の記憶は、決して忘却できる種類のものではなかった。


「……彼と僕が、二度と一緒に見ることのない、最初の夜明けだ」


と、私は乾いた喉で呟いた。


私は重い身体を起こし、夢の中でシルエットの鏡像を目撃したと信じて疑わなかった、あのガラス窓へと再び接近した。


しかし、その内部には何も存在しなかった。

ただ空虚な部屋と、堆積した埃があるだけだ。

すべてはただの夢に過ぎなかった。


私は僅かな私物を整理し、リュックサックを肩に掛けた。


水に濡れた石畳を踏み締め、歩行による行軍を再開すべく、崩壊した都市の地平線へと視線を上げたその瞬間、天空の境界線で質量を持った巨大な挙動を捉えた。


――リヴァイアサン軍(最高統治機構直轄軍)の、凄絶な規模のコンボイ(軍事輸送部隊)。


人間によって構成されたエリート特殊部隊の兵士たちが、崩壊した都市の地平線から、外科手術のような精密さ(サージカル・プレシジョン)をもって展開を開始していたのだ。


天空の全ローターが空気を切り裂く、あの戦闘ヘリコプター群の轟音たる金属の咆哮が、大気の夜明けを支配するように鳴り響いた。


「……そうか。そうやって、すべては起きたんだな……」

これまでに、この物語の執筆を遅らせるような、さまざまな不運に見舞われてきました。


「この先の話はあるのか?」と聞かれれば、答えは「イエス」です。まだまだ続きはあります。ただ、現時点ではまだ十分に熟成されていません。この本の全体的なプロットは自分の中で非常に明確に決まっていますが、それぞれの瞬間をどう感じてもらうかという描写については、自分が納得のいくクオリティに達するまで、何度も描き直し、推敲を重ねる必要があります。


「カドカワのマンガコンテスト(Manga Contest)はどうなったのか?」についてですが、結果発表は今月です。私は何ひとつ忘れていませんし、心から結果を楽しみに待っています。もし賞をいただくことができれば、現在の「絶対的なゼロ」という状況から人生を再構築し、私たちが目指すべき「100」へと引き上げるための、非常に大きな支えになると思っています。


「作者は私たちのことを忘れてしまったのか?」と思われるかもしれませんが、決してそのようなことはありません。私にとってこの作品は皆さんへの恩義であり、それ以上に、私たち自身の誇りを証明するための大切な機会なのです。


最後になりますが、この物語は私自身が心から愛している作品であり、ただ純粋に「書きたい」という情熱だけで、少しずつ形にしてきました。執筆の過程で、言葉にできないほどこの世界を楽しんでいる瞬間が確かに存在するからです。


――どうか、私の至らなさや、これまでの遅れをお許しください。


今回、この先行公開アヴァンギャルドを投稿したのは、何よりも「私がまだ生きており、私の色が新しい輝きを放ち始めていること」を皆さんに伝えるためです。今作は、物語に全く新しい次元をもたらすに足るクオリティに仕上がっていると自負しています。この新しい本には、ある種の「呪い(魔力)」がかけられており、その術は強力でなければならないのです。


今後も、作品が熟成され、必要なクオリティに達したと判断でき次第、焦らずに、しかし着実に続きを公開していく予定です。まずは、ひとつのシーズンをしっかりと締めくくることを目指して。

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