第5章 : 報復(第2部)
――「……容体は安定しています……意識もありますが……もう、誰とも会いたくないと……私とさえも……」
……
……
……
クリスタル:セブン・セージズ(七賢人)政府副主席。
「いいのよ、アルテミス。あなたはできる限りのことをしてくれたわ。ほかに彼のためにできることはない?」
――「はい……」
「なら、言いなさい」
――「……クリスタル様、私が口にしていいことなのか分かりません」
「言いなさい、アルテミス。私たちは今でも友人よ。私の立場が変わったからといって、私たちの関係が変わるわけではないわ」
――「……アンキロス様が、あなたとだけ、直接お話をしたいそうです……。あなたから彼に話しかけた方が、きっといいと思います」
薄暗い灰色の廊下のただ中に、開けなければならない扉があった。
質素で、どこか放置されたような場所。
私は手を伸ばし、その扉を開けた。
簡素な部屋、簡素なベッド、そしてコップ一杯の水だけが置かれたサイドテーブル。
ベッドの上には、無残に傷ついた私の同盟者の身体があった。
胸に一発、そして首に一発……アルテミスがその場で彼の命を繋ぎ止めたのだ。
シーツは血と尿に塗れていた。
私が部屋に入ったその瞬間から、アンキロスの両目は見開かれ、文字通り墓場から這い出てきたかのような眼差しで私を追っていた。
彼の瞳の奥には、かすかな光が宿っていた。
アルテミスと大統領医療チームが持ち込んだ医療機器が、電子的な警告音を規則正しく鳴らしている。
ツンとするような、古い尿の臭い。
薬液と消毒剤の臭いが、部屋の空気に混ざり合っていた。
私は、傷つき回復の途上にある同盟者のすぐ傍にある、小さな丸椅子に腰を下ろした。
彼が言葉を発するのを、静かに待ちながら……。
……
……
……
――「……ク、リ、ス、タ、ル……」
「ええ、アンキロス」
――「……(弱々しい呼吸)……演説を、しろ……」
「ええ、そうするわ」
――「……(また、途切れがちな呼吸)……奴らに、代償を払わせろ……」
「約束するわ」
――「……俺たちの、何が間違っていたんだ!?……(母親に泣きつく子供のような、崩れ落ちそうなアンキロスの声)」
「私たちは敵に待ち伏せされたのよ」
――「違う……あいつら……『シガラス(蝉たち)』は……敵なんかじゃない……」
「なら、誰が?」
――「すべては罠だった……奴らはただ、俺たちが壊したものの代償を、俺たち自身に払わせたかっただけだ……」
……
……
……
「そう、そういうこと……」
……
……
……
「なんという策略かしら……」
――「……(呼吸を整える)……演説をするんだ……。俺はお前だけを信じている……他は誰も信じない……神さえも……。……奴らを、恐怖させろ……恐怖させるんだ……恐怖に陥れろ……頼む……」
「なぜ彼らを救わないの? 他に方法はあるはずよ」
――「ない……ない、ないんだ……。獣が小さいうちに生かしておけば、育った瞬間に飢えた犬のようにこちらを引き裂きにくる……。奴らを弱く、臆病なままにしておくんだ……。俺たちに、これ以外の選択肢はない……」
……
……
……
(ごめんなさい、アンキロス……。あなたのこんな姿、見たくなかった)
……
……
……
――「こんなはずじゃなかった……こんなはずじゃなかったんだ……こんなこと、望んでいなかった……」
……
……
「分かっているわ」
……
……
……
私はアンキロスのあまりにも無残な姿に深く動揺し、彼への別れの挨拶すら忘れて立ち上がった。
私の頭の中には一つのことしかなく、礼儀などというものはすでに消え失せていた。
部屋を後にすると、アンキロスの側近であるエージェントたちが外で私を待ち構えていた。
『F・E・T・O(テクノ・オーガナイズド殲滅部隊)』。
3人のエージェントが、銃を構え、直立不動の姿勢で並んでいる。マッチ棒のように真っ直ぐに。
……
私は彼らに視線を向けたが、その存在は意識の片隅に追いやられていた。
――「摂政閣下! こちらはウルフ隊長率いるF―00分隊です。命令を受領する準備は整っております!」
「……私に向かって大声を出すのはおやめなさい。そんな気分ではないの。誰があなたたちをここへ寄越したの?」
――「最高指導者が不在の際、プロトコルは明確です。摂政代行への即時帰属が義務付けられております」
「……そう、なるほどね……」
「大統領演説の準備を整えてもらえる? 誰に連絡をすればいいのかすら私には分からないの」
――「ただちに大統領兵站部に連絡を取り、摂政閣下のご命令を伝達いたします!」
「……結構よ……。下がってちょうだい……」
――「クリスタル様!」
呼び止められた。
私の両瞳が、氷のような青色に染まる。
「何かしら!? インテリジェンス(情報部)とカウンター・インテリジェンス(対革命情報部)がすでに殲滅作戦の準備を整えているわ。誰がそれを指示したの? 私はそんな命令は出していないけれど」
――「国家元首暗殺未遂における緊急プロトコルです……」
「一体、誰がそんなことをするの?」
――「お言葉ですが……我が最高指導者が直接、指示されたものです……」
「……これ以上は何も聞きたくないわ。私の命令に従いなさい」
――「ハッ! 了解いたしました!」
彼らは一糸乱れぬ敬礼を捧げ、私はすでにその呪われた場所から背を向けて歩き出していた。
足音が遠ざかっていく。
……
……
……
クリスタルの演説:報復
鳩が放たれる。すべてが白く、すべてが純粋で、すべてが平和を象徴している。
空を舞う姿は、夜空の星々のようだ。
巨大な雲が宇宙の深淵に触れそうな青空へと、彼らは散っていく。
風に舞う紙吹雪。
演説が始まろうとしている。
マイクのハウリング音。
暗く狭い部屋に広がる、人々の影。
たった一つの人影が、表へと進み出る。
子羊たちの叫び声。
深い呼吸。
……
ふぅ。
……
ごめんなさい……。
……
「今日! 我が最高指導者は、死の淵から生還されました!」
(聴衆からの歓喜の叫びと、抑えきれない拍手の嵐)
……
……
……
ふぅ。
(深呼吸)
「今日……最高摂政である私、クリスタルは……自らの手で! 正義を執行します!」
「『シガラス(蝉)』の首を、ここで刎ねるのです!」
(狂気じみた歓声! 鳴り響くホイッスル!)
……
……
……
(演台から一歩前に踏み出す)
「私たちはこれを望んだわけではありません! 我が国民が、私たちを選んだのです! 私たちはあなたたちに、その義務を負っているのです!」
(白い鳩の群れが旋回し、広大な青空を彼らの羽で埋め尽くす。雲を背景に、青い点が散りばめられ、世界が青に染まっていく)
……
「平和です! ……これが、唯一の方法なのです……。私は自らの命を賭して、必ずや平和を勝ち取ると約束します……」
……
……
……
(静寂)
(マイクの静電気ノイズ)
「私は……私は……あなたたちに、その道を示しましょう……」
……
「青々と、新鮮で栄養に満ちた草で飾られた丘があるとき……善良な子羊たちがその丘の緑を登り、登り続けたその先に待ち受けているのは、絶壁の深淵であることを知りなさい」
「後ろの者は、前方にさらなる緑があると信じて、前の者を緑の丘へと押し出すでしょう」
「どれほど抗おうとも、その欺瞞に身を任せるならば、あなたたちの落下は避けられません」
「青い草に従ってはなりません……それは偽りです……。その先にあるのは、ただ血の海だけです……」
「『赤ずきん』の影について行ってはなりません。彼女はあなたたち全員を騙しているのです」
「もし彼女に従えば、ただあなたたちの肥えた肉を貪る祝宴が始まるだけです」
「祝宴が存在するためには、犠牲が必要です。すべての子羊たちが丘から次々と、岩肌へと落下し、その傷口を抉り広げ、鮮血を迸らせる……そんな凄惨な生贄の儀式があってこそ、祝宴は成り立つのです」
(生贄の、静まり返るほどの残酷さ)
「生贄――サクリファイス」
「真紅に染まり、誇るための生贄」
「赤ずきん」
(聴衆の沈黙が際立つ。人々は、その言葉の奥にある深い違和感を肌で感じていた)
「……青き丘の向こうの、赤ずきんの影を追ってはなりません……。終着点に達したとき、あなたたちは絶望的な真実を知るでしょう」
(心からの深い静寂)
(完全なる沈寂)
……
(私は背を向け、マイクを生かしたまま立ち去った)
(子羊たちの肉で、いかにして血の海を作るのか、その身をもって見せてあげるわ)
(私は影に満ちた暗闇の部屋へと沈んでいった)
――「摂政閣下、作戦準備は完了しました。200名のエージェントが、テロリストの巣窟を掃討するべく待機しております。情報部がすでに奴らの潜伏先を特定しました」
ウルフは引き締まった声で報告した。
……
……
……
――「摂政閣下、ご命令をいただけますでしょうか?」
「誰も必要ないわ……。この作戦を成功させるために必要なエージェントは、ただ一人……私だけよ」




