第6章 : 赤ずきんの影(第2部)
ヴァリ:元・12匹の蝉のリーダー。
「夜が来た。あれから数週間が経過していた」
「秋の虫たちが鳴いていた」
「月光の青い光が、影の色彩を少しずつ侵食していく」
「俺たちは眠る準備をしていた」
「放棄されたオフィスビルや、集合住宅の間で」
「リーダーたちは警戒を怠らなかった。俺たちの庇護を求めてきた人々はすでに眠りにつき、下位のリーダーたちは互いに集まり、言葉を交わし、共有し合っている」
「いつもと変わらない夜」
「今夜は俺が警備チームと共に警戒に当たる番だ。冷え込む夜になりそうだった」
「俺は居住棟の壁に置いた小さなベンチに寄りかかり、放棄されたビル群のメインパティオを上から見下ろしながら監視を続けていた」
「睡魔で目が閉じそうになるが、義務感が俺を呼び戻す」
「ポケットの中に、偶然見つけた傷んだタバコが一本入っていた」
「タバコを吸うのは久しぶりだ」
「だが、やめておくべきだろう……」
建物の西側を監視し続けたが、何も起こらなかった。
「虫たちは、耳障りな独特の鳴き声を響かせている」
「カエルたちも鳴いていた」
「ただ一歩、ブーツを床に踏み出すだけで、ビルの何メートルもの範囲にその足音が反響する」
「静かで、湿っぽく、よく響く場所だった」
「静寂」
「俺は月が好きだ。この顔を照らしてくれる唯一の光だから」
「眠りに落ちそうになっていた……。ひどく疲労していた……」
「胸にかかる重みが、だんだんと心地よくなっていく」
「自覚のないまま、俺の目は閉じていた」
「幼い頃の夢を、一時だけ見ていた」
「暖かな場所にいた……覚えている……」
「俺の11歳の誕生日だ」
「家族がいて、友達がいる」
――「ほら、ロウソクを吹き消して!」
――「お誕生日おめでとう!」
――「耳を引き裂くような絶叫!」
俺は飛び起きた。ベンチから転げ落ちそうになりながら、勢いよく立ち上がる。
「ベンチはガタガタと揺れ、崩壊の瀬戸際で辛うじてバランスを保った」
激しく脈打つ鼓動の中で、これほどの恐怖を込めて叫んだのが誰なのかを理解しようとした。
「俺の鼻からは、吐き出す息が凍てついた煙のように白く立ち上っていた。寒さが変わっていた。それはただの夜風ではなく、骨まで凍りつかせるような、解剖室の冷凍庫のごとき冷気だった」
「建物の隅々に目を凝したが、何が起こったのか場所を特定できなかった」
「俺は階段の方向へと動き始めた」
「あの悲鳴は、外周警備の方向から聞こえた」
「俺たちのグループの連中が、アパートの各部屋から傷を負いながら這い出てきた」
「何が起きているのかを見極めようと、徐々に人々が群がっていく」
「全員が、ビルの西側にあるメインパティオの方向を見つめていた」
建物の影が落とす深い闇の中で、何かが蠢いているように見えた。
「人々は息を呑んで見つめていた」
「虫やカエルの声が、唐突にピタリと止んだ」
「しん、とした静寂」
「その場所に、ただ一つの足音が響き渡った」
「クラーン……クラーン……クラーン」
「建物全体に反響する、鎖の金属音」
「クリーキー……クリーキー……クリーキー」
「ビルの影、その完全なる暗闇の奥から聞こえてくる」
「何かが確実にそこにいる。暗闇の中から、俺たちを観察しているのだ」
「幽霊とでもいうのか?」
再び鎖の音が響き、建物全体を揺らす。
「突然の出来事だった」
闇の中から、二つの黒い塊が投げ出された。
「エコー……エコー……エコー」が辺りに響き渡る。
その黒い塊からは、血濡れた鎖が蛇のように伸びていた……。
「俺たちの警備員だ」
「互いにかなりの距離をあけて置かれた二つの死体。それらは血に染まった鎖で繋がれていた」
俺は即座にライフルを構え、その鎖が伸びている方向へ狙いを定めた。
「鎖は二つの生命のない身体を解き放ち、まるで巣穴に帰る蛇のように、鋭い金属音を響かせながら引きずられて戻っていった。血の跡を残しながら」
「俺のライフルは敵を、撃つべき場所を探していたが、見えたのはただ影の中に消えていく鎖の軌跡だけだった」
「クラーン……クラーン……クラーン」と、最後の一歩が響く。
「クリーキー……クリーキー……クリーキー」と、鎖の音が止まる。
「神経が擦り切れるようだった」
「もし人間のシルエットさえ見えれば、コンマ数秒でトリガーを引く確信があった」
影の中から、月光のように冷たい、二つの青い光が静かに開いた。静寂と、冷徹な意志を湛えて。
「捉えた!」
ファイア!
俺は標的に向かって3発の弾丸を撃ち込んだ。
だが、弾丸は暗闇に吸い込まれたかのようだった。衝撃音もなければ、火花の一散さえもない。ただ、青い光が微かにブレて、幽霊のように一時的に消失し、次の瞬間にはまた、何事もなかったかのようにそこに開いただけだった。
「人々は悲鳴を上げ、主要メンバーに助けを求めた」
「パニックが広がりつつあった」
「クラーン……クラーン……クラーン」と、その響き。
一歩。
「クラーン……クラーン……クラーン」と、その響き。
また一歩。
「クラーン……クラーン……クラーン」と、その響き。
さらにもう一歩、そしてその後ろを重い鎖が引きずられていく。
「甘い、だが焦げたような火薬の匂いが辺りに漂い始めた」
「そして、俺は彼女の姿を目にした……」
青く輝く瞳を持った、うつむき加減の、青白い顔。
「正体は分かっていた……だが、信じたくなかった」
俺は再び、青い目のフードを被った影に銃口を向けた。完全に視界に捉えている。
「だが、彼女の深くうつむいた姿勢が、俺に引き金を引くのを躊躇わせた」
「何が彼女をそうさせている? 自らの命に対する敬意すら持ち合わせていないのか?」
シガラスの主要メンバーが次々と到着し、誰もが銃口をその影に向けていく。
「武器を持つすべての者が、下のパティオに佇む青白い影に狙いを定めた」
「撃て!」
彼女のうつむいた姿勢は、微塵も変わらなかった。
無数の弾丸が放たれ、夜の中に黄色やオレンジの閃光を散らす。
「マズルフラッシュが、荒廃した壁を青白く照らし出す」
「すべてのライフルが、ただ一つの標的を破壊しようとしていた」
だが、放たれた弾丸はすべて地面へと突き刺さった。
コンクリートの壁や床の破片が砕け散り、埃と放棄された書類の束が四方八方に舞い上がった。
彼女は幽霊のように、コンマ数秒単位でブレてその場から掻き消えていた。表情一つ変えずに。
「敵に対する敬意すら持たぬ、死神のうつむき姿勢」
ゆっくりと彼女は左手を持ち上げ、俺たちの上の階にいたエイルとカインを指し示した。
「その手が上がると、炎のように赤く輝くブレスレットが暗闇の中に浮かび上がった」
「あれは何だ?」まるで一種の兵器のようだった……。
「火薬の匂いが一気に充満する」
「爆発的な銃声の残響が四方に激しく響き渡る」
敵のいた位置は煙と砂埃で覆われ、そのシルエットは混乱の中に消えた。
「宙を舞う無数の紙片が、雪のように降り注ぐ」
「エイル! カイン! 位置を変えろ!」
起きてしまった!
その立ち込める砂埃を、先端にナイフのような刃のついた鎖が貫いた。
「まるで敵の位置から、直接俺たちに向かって撃ち出されたかのように」
鎖とその刃は、上層階の床を粉砕した。
コンクリートと鉄骨を、何の抵抗もなく真っ二つに引き裂いて。
カインとエイルは地面に転がり、コンマ数秒の差で辛うじてその一撃をかわした。
「もう躊躇している暇はない」
「新人たちをこの戦闘から退避させなければならない」
混乱が広がり、あの青い目の幽霊がどこに消えたのか、誰も把握できていなかった。
「ヴァリ! ヴァリ!」闇の中からフリッグとバルドルの声が響き、俺を呼ぶ。
――「非戦闘員である家族たちを戦闘地域から避難させなければならないわ!」
フリッグが叫んだ。
――「ターゲットを見失った!」
バルドルが叫ぶ。
「新人を下がらせるんだ。俺は今、確実に『プロフェタ(賢人)』の姿を見た」
「お前たちも見たか!?」
――「ただのブレた影しか見えなかった。本当に賢人の一人なのか!?」
バルドルが疑問を呈する。
「激しく金属がぶつかり合う鎖の音」
「そして、突然の凄まじい衝撃音が建物に轟いた」
「プランク! クラック、クラック、クラック!」
エレベーターシャフトから、地鳴りのような音が響き渡った。電気など通っていないはずなのに、それはあり得ないことだった。
「死のような静寂」
……
――「ヴァリ、今の音は何!?」
フリッグが尋ねる。
「分からない……」
――「エレベーターからだ……警戒しろ……」
バルドルが冷たく言い放つ。
「エイル! カイン! ここから失せろ! 新人は全員退避だ!」
「プランク! クラック、クラック、クラック!」
再びエレベーターの音が響く。まるで、何かが凄まじい力でそれを引きずり上げているかのように。
――「嫌だ! 俺たちは行かない、ヴァリ! あんたを裏切るような真似はしない!」
カインが撤退を拒む。
「今すぐ行け! お前たちのようなガキには危険すぎる!」
――「行くもんか! そうだろ、エイル!?」
カインが叫んだ。
エイルは無言で頷き、サブマシンガンのボルトを引いた。
「プランク! クラック、クラック、クラック!」
その不気味な残響が、建物全体に響き渡る。
「確実に近づいている」
「消えろ、時間がない!」
――「嫌だ!」
エイル、カイン、そして新人の連中が銃を構え、今にも開こうとするエレベーターの扉に狙いを定めた。
「プランク! クラック、クラック、クラック!」音が壁を伝って俺たちの身体を揺らす。
――「もうすぐそこだ。位置は確実だ」
バルドルがライフルを構え、エレベーターを凝視する。
「クソッ……命令を聞きやしない……」俺もライフルをエレベーターに向け、コンクリートの手すりの陰に身を潜めた。
「何かが喉を突くような違和感を感じ始めた……」
「臭いだ」
「プランク! クラック、クラック、クラック!」すぐそこだ。すぐそこにいるのか?
「金属質の臭いだ……」
「まるで……」
「血の臭い……」
「プランク! クラック、クラック、クラック!」
……
……
……
――「そこだ!」
バルドルが叫んだ。
――「賢人め……。ようやくその身の程知らずな力とやらを拝めるわけか」
カインが怒りと緊張をはらんだ声で呟く。
「チリリリリッ! チリリリリッ!!!」
エレベーターの扉が、何者かの手によって強引にこじ開けられる、耳障りな金属摩擦音が轟いた。
「撃て! 撃て! 撃ち尽くせ!」
フリッグ、バルドル、そして俺が同時に叫んだ!
「エレベーターの扉は、激しい射撃によって鉄くずのようにネジ曲がり、無数の穴が開けられた」
銃撃の嵐の中で、内扉も外扉も、制御を失った金属片となって飛び散っていく。
射撃がその位置に集中するにつれ、エレベーターの扉は完全に崩壊し、ブリキの破片となって床へと崩れ落ちた。エレベーターの内部が、完全に剥き出しになる。
「一見して、内部は空だった」
「嫌な予感がする。賢人に関する噂は伊達ではない」
「月光だけが、その荒れ果てた場所を微かに照らしている」
「エレベーターの内部は完全なる暗黒で、光を吸い込むような闇が広がっていた」
「カインが軽率にもエレベーターへと歩み寄った」
――「空だ! 何もいない! 弾丸で消し炭にしてやったんだ!」
カインが安堵と勝ち誇ったような声を上げる。
「カイン、ダメだ! そこから離れろ!」
――「どうしてだよ? 誰もいないのに」
カインはさらに一歩を踏み出し、その闇の奥へと視線を向けた。
「空気中に漂う、生々しい血の臭い」
「カチャッ、カチャッ……と鎖がかすかに動く音」
「カインが顔を上げたその瞬間、暗黒のエレベーターの天井裏に潜む、あの青い目の幽霊を確かに視界に捉えたのだ」
俺は彼を突き飛ばすために、全力で走り出した。
走って、走って、だがその数秒がまるで何分にも引き伸ばされたかのように感じられた。
間に合うのか!?
「カインは天井を見上げたまま、ピクリとも動けなくなっていた。彼が見た何かが、彼の心を芯から麻痺させていたのだ」
「まずい、多くの弾丸を消費してしまった。数える余裕すらなかった」
「どうしたというんだ? 俺は恐怖しているのか?」
「なぜだ?」
……俺はカインに飛びつき、彼を壁際へと突き飛ばした。そしてその瞬間、エレベーターの内部にあるものを目撃した。
「一瞬、エレベーターの天井に張り付く二つの青い光が見えた。次の瞬間、蛇の群れのような鎖が天井から雪崩れ落ち、周囲へと一気に広がった」
「何なんだ、この化け物は!?」
鎖は静かに、しかし容赦のない速度で俺たちの位置へと這いずり回り、後方にいる次の犠牲者を探し求めていた。
「そんなことはさせない!」
俺はライフルを構え、闇の中に潜む、あの月光のごとき青い瞳の幽霊へと狙いを定めた。
バンッ! 撃ち込んだが、彼女はすでにエレベーターの右側の壁に張り付いていた。
バンッ! 再び撃つと、今度は左側へと幽霊のように移動し、その衝撃でエレベーターの筐体が激しく揺れた。
バンッ! 今度こそ逃さない! だが、彼女はすでに俺の眼前に、ブレた残像のように出現していた。
信じられない思いで、俺は死神の目を直視するために、ゆっくりと頭を上げた……。
……
……
……
俺は左胸のホルダーから戦闘用ナイフを抜き払い、右腕で彼女の首を掻き切ろうとした。
だが、彼女は掻き消え、直後にその衝撃が俺を襲った。
「胃袋への凄まじい前蹴り」
「二撃目の打撃が腹部を捉える」
「俺の足が完全に地面から浮いた」
「腹部への三撃目」
「そして胸への強烈な膝蹴り」
俺は完全にコントロールを失った。
「そして最後は、胸への決定的な蹴りが俺の身体を宙へ跳ね上げ、天井へと激突させてから、コンクリートの床へと叩き落とした」
「クソッ……俺はここで殺されるのか?」
コンクリートに顔を押し付けながら目を開けると、彼女のゆっくりとした、葬列のような足取りが見えた。彼女の目的は俺ではなく、無辜の人々の魂を刈り取ることだった。
「彼女は、その蛇のような鎖で罪のない人々を足首から絡め取り、まるで弄ぶかのように床を引きずり回していた」
「血塗られた鎖が、犠牲者たちの首に容赦なく巻き付いていく」
「壁に押し付けられ、息を詰まらせる者たち」
「ある者は、ビルの手すりの外へとそのまま投げ落とされた」
「彼女の鎖はうねり、回転し、標的を確実に締め上げていく」
エイルが勇気を振り湧き立て、サブマシンガンを連射しながら彼女を引き付けるために前進した。
「危険すぎる!」
あの青い目の幽霊が一歩を踏み出した瞬間、その動きは超人間のごとき超常的な速度へと跳ね上がった。彼女は瞬時にエイルとの距離を詰め、左手でそのサブマシンガンを完璧な円運動で奪い取ると、右肘でエイルの顔面を強打した。エイルの身体が手すりへと崩れ落ちる。
「彼女は、ただ左手だけの力で、エイルの銃を完全に鉄くずへとネジ曲げた」
フリッグはその光景を前に、恐怖で身体を硬直させていた。
カインもまた、壁際で動けなくなっていた。
「待て! この卑怯者め!」
バルドルが一歩前に進み出た。彼は自分のライフルを放り投げ、両拳を構えて対峙した。
――「殴り合いが好きなようだな!? 来いよ、この化け物め!」
バルドルが全霊の声を上げて挑発する。
「バルドルは頑強な大男だが、あの幽霊の打撃がどれほど重いか、分かっているのだろうか」
バルドルは右腕でその幽霊の首を掴み、左腕でその『人間とは思えぬ身体』の脇腹へ強烈なボディブローを叩き込んだ。
バルドルの顔が苦痛に歪んだが、彼は拳を引かなかった。
打撃は、その怪物を微塵も動かさなかった。
直後に放たれた右のフックも、彼女をわずかに傾かせただけに過ぎなかった。
青い目の怪物は頭をさらに低く垂らし、少しだけ首を傾げて、表情一つ変えずに自分が打撃を受けた場所を見つめていた。
バルドルは怯まず、両手でその幽霊の頭を掴むと、全力の頭突きを叩き込んだ。
ゴツン、と激しい音が響き、バルドルの身体がその反動で後ろへよろめいた。彼の渾身の攻撃は、この不気味な存在に全く通じていなかった。
幽霊の両手から、空間そのものの慣性から生み出されたかのように鎖が具現化した。彼女の二つのブレスレットが、暗闇の中でオレンジ色に輝いている。
鎖は野生の烏の群れのようにうねり、バランスを崩したバルドルに襲いかかった。
「彼女は鎖を力強く引き、バルドルの身体を自分の方へと引き寄せた」
「それと同時に」
怪物は一瞬でバルドルとの間合いを潰した。
鎖がバルドルの両足を拘束すると同時に、彼の脇腹へ容赦のない打撃が突き刺さり、彼の足は完全に地面から浮いた。
「バルドルの目が、激痛でこぼれ落ちそうになっていた」
超常的な速度で、次々と打撃が叩き込まれる。回転を加えた右の回し蹴りがバルドルの胸を捉え、天井へと吹き飛ばした。そして彼が落下する前に――。
超人的なコンビネーションから繰出された膝蹴りがバルドルの顔面を捉え、建物の天井を激しく砕いた。その衝撃で、集合住宅の床全体が揺れた。
バルドルは数秒間天井の割れ目にめり込んだ後、意識を失って床へと崩れ落ちた。
「クリスタルは、彼が落ちてくるのを待っていた」
「そして、バルドルが落下した瞬間」
怪物は自らの重心を中心に鋭く回転し、完璧なバックスピンキックをバルドルの顔面に叩き込んだ。バルドルは建物の外へと吹き飛ばされ、両足を彼女の鎖に繋がれたまま、暗闇の虚空へと真っ逆さまに落下していった。
「スゥゥゥン!」と、鎖が制御を失って滑り落ちていく音が響く。
立ち上がらなければならない。立ち向かわなければ。
あの青い目の幽霊は、フリッグを抹殺せんとする冷酷な殺気を放ちながら、躊躇なく前進していた。
「フリッグは戦闘員ではない。ただのハッカーで、勇気があるだけの女だ」
俺は痛みをこらえて素早く立ち上がった。
リボルバーを引き抜く。
「5発」
敵の背中に向けて、1発ずつ正確に撃ち込んだ。
ドン! 彼女は左へ避けた!
ドン! 彼女は右へ避けた!
ドン! 彼女は中央へ、弾丸をすり抜けた!
ドン! 彼女はただ頭を傾げて弾道を逸らした!
ドン! 彼女は右足を上げてそれをかわした!
「どこを狙おうと、弾丸は一切通用しない」
俺はシリンダーを開き、空の薬莢を床へと落とした。
「あの幽霊は背を向けたまま、肩越しに俺を冷たく見下ろしていた」
「血の臭いを放つ、彼女の不気味な鎖」
「建物全体に響き渡る、鋭い鎖の悲鳴」
「鎖に捕らえられた者たちの、押し殺した絶望の叫び」
「かすかな月光の青い輝きだけが、彼女の輪郭を辛うじて浮かび上がらせていた」
青い目の悪魔は右手をフリッグに向けた。鎖が彼女の首を締め上げ、地面から吊り下げてコンクリートの天井へと押し付けた。気管を潰さんばかりに、その力は強まっていく。
第二の鎖が彼女の左足を掴み、それを引き裂こうと強引に引っ張った。
俺は床から戦闘用ナイフを拾い上げ、フリッグを救うために走り出した。
幽霊の背中にナイフを突き立てようとしたが、刃は鋼鉄に弾かれたかのように虚しく弾かれた。
さらに3回突き刺そうとしたが、ナイフの刃はネジ曲がり、呆気なく砕け散った。
「一体、この化け物は何でできているんだ?」
力づくでやるしかない。
俺は後ろから彼女の首を抱え込み、自らの体重を乗せてリアネイキッドチョーク(裸絞め)を極めながら、床へと引きずり倒した。
鎖がフリッグを解放した。「よし!」
クリスタルの首を、彼女が意識を失うか死ぬまで締め上げ続けてやる!
「コントロールしている。いける!」
「この怪物を止められる!」
「このまま窒息して死ね!」
「できる!」
クリスタルは鎖の1本を天井に突き刺し、両手で俺の極めた腕を引き剥がそうとした。だが、俺のホールドはビクともしない。
結晶の鎖が、俺の首元へと cette 方向に這い寄ってきた。
絶対に離さない。彼女が落ちるのが先か、俺が死ぬのが先かだ。
クリスタルは別の鎖を床に突き刺し、その張力で俺たちの身体を宙に吊り上げた。彼女は片膝をつき、そのまま俺の全体重を背負ったまま立ち上がった。
「どれほどの怪力なんだ?」
再び彼女を床へ引きずり戻そうとしたが、彼女の身体は寸分も動かなかった。
彼女は俺の締め上げた腕の内側に、強引に両手を差し込んできた。
そして、抗いがたい圧倒的な力で、俺の両腕は無理やりこじ開けられた。
そこから、俺の蹂虽が始まった……。
バランスを失った俺の隙を突き、彼女はさらに速度を上げた。
「身体を鋭く回転させる」
「一瞬だけ生まれた隙間を、彼女は即座に埋めた」
アッパーカットで迎え撃とうとしたが、彼女はただ頭を横に振ってそれを避けた。
鎖が俺の足を払い、重心を崩されたところに強烈な前蹴りが突き刺さった。
その威力は凄まじく、俺は一瞬だけ宙に浮き、落下する寸前で踏みとどまった。
「見えた。あの幽霊のような、彼女の青い瞳が」
胸への凄まじい蹴りが、俺の身体をエレベーターシャフトの方向へと数メートル吹き飛ばした。
鎖が唸りを上げて叩きつけられる。
「その衝撃で、エレベーターのブリキの残骸が激しく歪んだ」
あの怪物はフリッグを殺そうとしている。それが彼女の明確な目的のようだった……。
なぜだ? 彼女は何かを知っているのか?
フリッグを死なせるわけにはいかない。
頭の中に走った一筋の閃光が、俺の身体を突き動かした。
「ダメだ! ……お前を行かせるわけにはいかない!」
背を向けた幽霊は、肩越しに青い目を光らせて俺を凝視し、フリッグへの一歩を止めた。
俺は呼吸を整え、破壊されたエレベーターの残骸から立ち上がった。
「来い……俺と戦え、化け物め……」
俺は立ち上がり、これが自分の選んだ道であることを自覚しながら歩み出した。
「結果がどうあれ、立ち向かわなければならない」
俺は両拳を構えた。
(隙ができたら、その顔面に弾丸を叩き込んで終わらせてやる)と俺は心に決めていた。
一歩、そして響くエコー。
一歩、そしてエコー。
さらにもう一歩、響くエコー……。
俺は彼女と対峙できる距離まで歩み寄った。
「無関係な者たちを解放しろ! 彼らがお前たちの過ちの代償を支払う理由はない!」
俺は命令した。
クリスタルは鎖を滑らせ、それらは彼女の手の届く範囲から消え去っていった。
だが、フリッグの右足にだけは、1本の鎖を繋げたままにしていた……。彼女に何か思惑があるのは明らかだった。
「さあ来い、戦え! そのためにここへ来たんだろう!?」
「復讐が望みか?」
「なら、受けて立つ!」
クリスタルは俺の挑発に乗り、肩越しに俺を見るのをやめ、完全に俺の方へと向き直った。一歩一歩、その足音を響かせながら。
……
……
……
彼女の鋭く青い眼差しが俺を射抜く……何かを求めているかのように……。
俺はジャブを放ったが、彼女は横にステップしてそれを避けた。返す刀でフックを放ったが、彼女の速度は異常であり、捉えることは不可能だった。
彼女は上体を沈めて俺の視界から消え、次の瞬間には強烈な右ストレートが俺の顔面を捉えていた。
「意識が飛びそうになったが、俺には返さなければならない巨大な負債がある」
背中を押す、何かの力。
「義務だ」
俺は再びガードを固めた。
反撃を試みたが、石のように硬い右のフックが俺の顔面を捉え、壁へと叩きつけられた。その反動で跳ね返ったところに、彼女の正確な左ジャブが3発突き刺さり、俺は一歩一歩、後退を余儀なくされた。
「諦めるものか」
一歩前に踏み出す。彼女のフックが俺の頭上をかすめ、俺の拳が彼女の肉体を捉えた。
「――ボツン、と鈍い音が響き、俺の手の骨に激痛が走っただけだった」
首への強烈なエルボースマッシュを受け、俺は四つん這いの状態で床に叩きつけられた。
「さらに蹴りが俺を襲い、両腕でガードしたものの、その威力で俺の身体は3メートル後ろへと弾き飛ばされ、エレベーターの残骸に激突した」
血と打撲でボロボロになった顔と手で、俺は荒い息を吐いた。
「諦めない」「俺の運命を全うする」
「俺はシガラスだ」
涙と腫れ上がった瞼の隙間から、自分の手を見つめた。
指は曲がっているが、まだ動く。
俺はよろめきながらも、再び構えを取った。
あの幽霊の手が、ダイヤモンドのように輝く結晶の刃へと変貌していった。
「あれが最後の一撃だ」
「すべてがここで終わる」
「ようやく、解放されるのだ」
「魂まで削るような重い義務を、もう背負う必要はないのだから」
彼女の足音が、一つずつ響く。
クラーン……エコー
クラーン……エコー
クラーン……エコー。
「準備はできていた」
あの幽霊は賢人であり、今や俺の運命を刈り取りにきた復讐の執行者だった。
彼女の動きは迅速だったが、その表情からほんの一瞬早く、殺気を感知することができた。
彼女が動いた瞬間、俺はそれを視認することができた……これは、奇跡だろうか?
俺は持てる最速の速度でライフルを持ち上げた。
そして、彼女の突進に合わせて、その頭部に3発の弾丸を撃ち込んだ。
(確実に捉えた確信があった)
だが、弾丸は彼女の皮膚で火花を散らし、弾き返されただけだった。
青い目の幽霊は止まらない。その軌道は運命そのものであり、避けることのできない終着点だった。
「シガラス」
「死ぬべき蝉」
俺は目を閉じ、自らの運命を受け入れた。
……
だが、その衝撃は来なかった。
苦悶の声が聞こえ、目を開けると、フリッグが後ろからクリスタルの身体を抱きしめていた。フリッグの必死の抵抗はクリスタルの体勢を崩したが、クリスタルは容赦なく肘打ちをフリッグの胴体に叩き込み、その拘束を強引に解いた。
……フリッグはよろめきながら数歩後退し、打撃を受けた場所を痛そうに押さえたが、クリスタルに慈悲はなかった。
動作に無駄は一切なく、肘打ちに連動する一連の流れの中で、
「彼女はフリッグの腹部を、その結晶の刃で深く貫いた」
そして……
彼女を持ち上げた……。
圧倒的な怪力で、床からじわじわと吊り上げていく。
「クリスタルの腕が真っ直ぐに伸び、フリッグは完全に空中に吊るされ、彼女の力によって晒し者にされた」
「堰を切ったように、制御不能な血の海が床へと溢れ出していく」
「クリスタルの衣服は血に染まり、際限なく濡れていった」
クリスタルは彼女を、俺たちの頭上高くに掲げた。まるで血塗られた戦利品のように。
――「嘘だ……こんなことがあってたまるか……化け物め!」
カインは恐怖に狂い、その場から逃げ去った。
――「そんな……嘘だろ……フリッグ……」
エイルが意識を取り戻しつつあった。
「そのとき、バルドルが辛うじて這い上がってきた。彼は手すりの外で宙吊りになりながらも、腕の力だけで生還したのだ。だが、這い上がった彼が目にしたのは、あまりにも残酷で血に塗れた現実だった」
――「……フリッグ……俺たちが、お前を守れなかった……」
……
――「この野郎ォォォ!」
バルドルは怒りだけに突き動かされ、突進した。
クリスタルは血塗られた右手をフリッグの身体から引き抜いた。貫かれた傷口から、決壊したダムのように鮮血が迸る。
「フリッグは床へと倒れ込み、俺に向かって細い手を伸ばした」
「……すまない、フリッグ……」
フリッグは少しずつ、真紅に染まった壊れた人形のようになっていき、やがて完全に動かなくなった。
バルドルは銃弾を浴びせたが、青い目の怪物には一切通用しなかった。何かが彼女を守っており、すべての弾丸が弾き返された。
バルドルはついに、彼女の額にライフルの銃口を直接押し付けた。
――「タス!」
乾いた銃声。直後に響く、結晶が軋むような音。潰れた弾丸が、クリスタルの額から床へと落ちた。
「バルドルの信じられないといった表情」
――「嘘だ……あり得ない……お前ら、人間じゃない……」
――「……フフフ」
と、その青白い復讐者から、かすかで、押し殺したような笑い声が漏れた。
――「オオォォォ!」
バルドルは渾身の拳をクリスタルの顔面に叩き込もうとしたが、彼女は月光と闇の隙間に、幽霊のように掻き消えた。
バルドルの右腕が切断され、血が床へと飛び散った。
バルドルは最後の力を振り絞り、残された左手を伸ばした。まるで暗闇の中に幽霊の姿を視認しているかのように、彼は彼女の頭を掴んだ。バルドルの左手が、クリスタルの顔全体を覆う。
だが同時に、クリスタルの結晶の刃が、バルドルの顔面を完全に貫いていた。
「即死だったはずのバルドルだが、その身体は止まらなかった」
「彼の筋肉は、まだ最後の命令を遂行していた」
「死を、握り潰せ」
彼の左手は青い目の幽霊の顔を掴み続け、ミリミリと音を立ててその顔面を覆う結晶の仮面を締め上げ、亀裂を入れていった。結晶の破片が周囲に飛び散る。
「クリーキー、クリーキー、クリーキー……」とその残響。
亀裂は広がり、ついにクリスタルの真の素顔が露出した。結晶の仮面が完全に崩壊し、床へと散らばっていく。
クリスタルは血濡れた右手を引き抜き、バルドルの遺体を冷酷な現実へと突き放した。
「彼の運命」
「シガラス」
バルドルの血が天井へと吹き荒れ、避けられぬ運命、義務、犠牲、そして彼自身の罪を象徴するかのような、凄惨な抽象画を天井に描き出した。
血は止まることなく、天井から床へと容赦なく滴り落ちていく。
だが、バルドルは倒れなかった。死してなお、彼は直立したまま、クリスタルを拘束し続けていた。
クリスタルは、自分を掴んで離さないバルドルの腕を、血濡れた刃で切り落とした。
それでも、切断されたバルドルの手の握力は緩まなかった。クリスタルは深い苛立ちを覚えながら、バルドルの指を一本ずつ、まるで毛繕いをする猫のように、冷徹に剥がしていった。
――「――はぁ。本当に、救いようのない連中ね」
露出したクリスタルの素顔。
「俺はまだ、自分の義務を果たしていなかった」
クリスタルは不用意に俺へと歩み寄り、冷たく言葉を放った。
――「私は、あなたから与えられたものすべてを、今ここで返したわ。……すぐに理解することになるでしょうけれど」
「準備はできていた。俺は視線をライフルに落とし、その重量のわずかな違いから、薬室に最後の一発が残されていることを確信していた」
彼女は一歩一歩、静まり返ったビル群に足音を響かせながら近づいてくる。
「そして、どういうわけか、次の瞬間に彼女がほんのコンマ数秒の間だけ、瞬きをするような予感がした。一瞬の、勝機」
「迷いはなかった」
彼女が言葉を発しようと息を吸い、俺が予感した通り、完全に目を閉じたその一瞬。
俺は持てるすべての速度でライフルを持ち上げ、彼女の眉間を目掛けて引き金を引いた。
時間が極限まで引き伸ばされ、弾丸が静止したかのように遅くなる中、彼女は依然として目を閉じていた。
だが、俺は見てしまった。破壊された結晶の隙間から覗く、彼女の青く輝く両目は、実際には完全に見開かれていたのだ。
彼女は、目を閉じている状態でさえ、俺の動きを完全に捉えていた。
目を閉じたまま、彼女は弾丸を紙一重でかわした。俺にはその動きが見えていたが、身体を動かすことはできなかった。
彼女は上体を沈め、カウンターの右フックを俺の顔面に叩き込んだ。俺の頭は壁に激突し、そのまま床へと転がった。
「敗敗北した……。すべてを失った……。だが、俺たちの任務は果たされたのだ」
「これが、俺の遺したものだ」
俺は最後に一度だけ、自分の処刑人の顔を見据え、戦士として尊厳を持って死ぬために、頭を持ち上げようとした。
クリスタルは俺の髪を掴み、俺の頭を乱暴に揺さぶりながら、その瞳で俺の目を覗き込んだ。
――「よく抗ったわ、ヴァリ。……実に見事な足掻きだったわ」
彼女が手を離すと、俺の身体は力なく床へと崩れ落ちた。
クリスタルの身体から放たれていた力が、まるで何千もの砕け散ったガラスの破片のように床へと崩れ落ち、それらは意志を失ったかのように次々とひび割れて消えていった。
「彼女の力が、その拘束を解いたのだ」
「俺の意識は薄れ、あの響き渡る足音は、月光の青白い光と暗闇の奥へと、少しずつ遠ざかっていった」
「もう、目覚めている必要はないのだという、安らかな感覚が俺を包み込んでいく」
「ただ、完全なる暗黒だけが世界を支配した」
「そして、俺は再び、あの遠く、しかし今やとても近くに感じられる誕生日の夢へと戻っていった」
「だが、どういうわけか、あの暖かな誕生日の中でさえ、俺はまだ遠く遠く離れた場所から響いてくる、あの足音、鎖の金属音、端々に、あの嗅ぎ慣れた匂いを感じていた」
「その匂いは、少しずつ、確実に俺の思い出を侵食し、満たしていった」
ヴァリ:蝉。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
元・12匹の蝉のリーダー、ヴァリ。そして彼を信じて戦った仲間たちの壮絶な最期、いかがでしたでしょうか。
このチャプターの冷たい余韻、そして散っていった彼らの魂に捧げる「エンドクレジット」として、イメージ楽曲を制作いたしました。
読後の静寂の中で、ぜひこの音と共に彼らの最期の瞬間を体感していただければ幸いです。
【The Maverick’s Requiem】
https://www.youtube.com/watch?v=gtMdbLrXi9c
(暗闇の中に消えゆく鎖の音と、甘く焦げた火薬の匂いと共に――)




