活動報告:近況報告とこれからの執筆について
【アニメーションについて】
現在も継続して制作を進めています。どうぞお楽しみに。
【この2週間、作者は何をしていたのか?】
休んでいました。とにかく、ものすごく休んでいました。自分のベッド、温かい場所、そして「ここは自分の場所だ」と胸を張って言える空間があることが、これほど愛おしく、価値のあるものだとは今まで気づきませんでした。
【作品の進捗について】
実は、第二シーズンの話をさらに10話ほど書き進めていました。物語の方向性は決まっているのですが……どうにも空気感が気に入らなくて。展開が急ぎ足に感じられ、作品への没入感が薄れてしまっているように思えたのです。
とはいえ、それも執筆というプロセスの一部。一度筆を置き、自分が何を書いたか忘れた頃に読み返してみようと、数週間ほど寝かせることにしました。
そして今日、もう一度最初からすべてを読み返してみました。
第一シーズンは良い雰囲気が出ているのですが、最終話(第9話)だけがどうしても腑に落ちませんでした。どこか演技がかっていて、強制されているような不自然さがあったのです。最初のバージョンはプロット的には「歴史的に正しい」流れだったのですが、この作品が本来持つべきオーラや没入感を壊してしまっていました。
第二シーズンに関しても、同じ問題を抱えています。急ぎ足で、ストーリーを「説明」してしまっているけれど、「表現」できていない。だから、一度一歩後ろに下がることに決めました。もっとリアルに、まるで誰かが本当にそこを生きたかのように感じられるようにするために。
もっと緩やかに、もっと人間らしく、もっと他者と交わり、もっと時間をかけるべき。
キャラクターたちが正しく成長していけるように。
ただの「ストーリー」を語るのではなく、あの崩壊した世界、『遺跡』の中の冒険を描き出すために。
自分で納得し、こう言えるようになるまで、何度も読み返し、書き直す作業を続けていくつもりです。
「あの並行世界では、本当にこんな風に事が起きたんだ」と。
まるで、私自身がそこを生きてきたかのように。一度死んでここに辿り着き、それが失われた前世の記憶であるかのように。
※ここから下は、作者の極めて個人的な独白となります。ご注意ください。
ここ数日、非常に激しい震災(地震)がありました。現在、行方不明者は10万人、確認された死者は3000人を超えています。この場所をよく知る者として、これが何を意味するのかは痛いほど分かります。間違いなく、10万人以上の人々が命を落としたのだと。
私の街は壊れてしまいました。建造物は崩壊し、すべてがかつて見たこともないような破壊の爪痕に覆われています。現在の都市の風景には、ひび割れと、ただガレキの山だけが刻まれています。
私が心から愛した街は、深く、取り返しのつかないほど傷ついてしまいました。外見を失わなかった建物、あるいは心の奥底を切り裂かれなかった建造物は、ただの一つもありません。
考えさせられます。コンクリートがいかに脆弱か。都市というものが、いかに脆い存在であるかを。
私個人としては、もうそれほど心が動かないのかもしれません。私はこの場所が、千通りもの異なる方法で壊れていくのを何度も目撃してきたからです。ただ今回は、私たちの社会構造や都市のひび割れの間から、まるで病気のようにその崩壊が噴き出してきただけ。
それは私にとって、芸術的であり、痛切であり、自分の都市や街、あるいは国を見るための「新しい視点」でもあります。私たちの場所は、内側がずっと壊れていた。それが今、外側にも現れただけなのです。
「ずっと壊れていた。それが今、毎日の都市の風景として目に見えるようになっただけ」
「かつて訪れた場所」
「かつて買い物をした場所」
「ただ何気なく時間が流れていった場所」
今、それらの場所はすべて閉鎖され、取り壊され、あるいは取り壊しを待つのみとなっています。立ち入ることもできず、消し去られるのを待つだけの状態です。
まもなく、それらは「最初から存在しなかった」ことになってしまうのでしょう。
「この『無常観』が私に訴えかけてくる。彼女(無常)はそこにいる。いつだってそこにいるのに、私たちは何度もそれを見ようとしないのだ」
目に見える「壊れた場所」。
そして、目に見えない部分は、さらにそれ以上に壊れている。
私の国には今、国内で行き場を失った同じ国籍の難民(避難民)が溢れています。かつて他国で難民となった経験を持つ身として、自分の祖国で、同じ国民同士が同じ苦境に立たされている光景を見るのは……間違いなく、私が生涯忘れることのできない瞬間です。
【作者は無事なのか?】
はい、神に感謝を。私の家は持ちこたえ、私たちは皆無事です。
読んでいただき、本当にありがとうございます。
私は、誰のことも決して忘れたことはありません。自分の約束も、果たすべき恩義(負い目)もすべて覚えています。たとえどれほど時間がかかろうとも、少しずつ、自分の約束と果たすべき義務を全うしていくつもりです。




