05.言霊(2)
シガンは棒きれを立てて、言った。
「《この棒が倒れた方向に街がある》」
言霊だ。
棒は不自然な動きも見せず、パタリと倒れた。
さて、これで街の方角が示されたのか、それとも効果がなかったのか?
シガンはとりあえず棒きれの倒れた方角を覚えて、進むことにした。
スマートフォンを持ってマヨイガに入らなかったせいで、コンパスもない。
ただ方角がズレたらまた同じことをすればいいのだ、とシガンは納得する。
川を見つけたシガンは、大喜びで衣服を全て脱いで川に入った。
水は肌が切れるほど冷たかったが、シガンはそんなことより狼の血を落としたかったのだ。
マヨイガに長くいたせいか、Tシャツとスカジャン、そしてジーンズと下着、スニーカーはなぜか綺麗な状態を保っている。
ありがたいことだ。
ちなみに刀はそもそもマヨイガに置いてあったものだから、サビもせず、欠けたら修復され、常に研ぎすまされている。
……本当は減らないオニギリとか持ち出したかったんだけどな。
五年も振り続けた刀に愛着が湧いた。
だから帽子と引き換えにして刀をマヨイガから持ち出したのだ。
マヨイガのモノを持ち出すには、対価になんでもいいから自分のものを置いていかなければならない。
価値は自分にとって大事か否か。
だから長らく使い道のない小銭や有効期限の切れたクレジットカードではなにも持ち出せなかったのだ。
まあそれも今は月に賭けられて、●により言霊という強力な武器に変えられたので良いのだが。
川で身体を素手で洗ったシガンは、しばし全裸で身体が乾くのを待つ。
いや、この川の水も平行宇宙のなんちゃらが有効ならば、言霊で乾かすこともできるのだろうか?
「そういえば現象も言霊で操れるんだから、きっとできるよな? 《俺の身体についた水は適度に乾く》」
すると濡れそぼっていた身体はサァっという音とともに適度に乾いた。
気分をよくしたシガンは衣服を身にまとい、刀を帯びた。
そして両手で川の水を汲むと、
「《この生水は安全でお腹を壊さない》」
勢いよく喉に流し込んだ。
冷たい水が美味い。
シガンはその辺にあった雑草の中から綺麗そうなものを選び、
「《これらの草は生で食しても腹をくださないし、美味である》」
口に運んだ。
雑草はまったく青臭いことなく、生野菜のサラダのごとき味がした。
ただしドレッシングが欲しくなる味だ。
「うひゃあ。これはあの●も奮発したもんだ。便利すぎるだろ言霊……」
この世界にあるものはすべて、己を除き言霊の支配下にある。
万能の理力であった。