04.言霊(1)
三日三晩、シガンは狼のような獣と戦い続けた。
断じて狼ではない。
目がみっつあるのだ。
殺した狼を解体して、生肉を食す。
水は狼の血を飲んだ。
そうして戦い続けて、ようやく狼の群れはシガンを狩ることを諦めた。
「賭けは俺の勝ちだな」
シガンは誰に言うでもなく、虚空に呟いた。
しかしその呟きを拾う者がいた。
●である。
●はシガンの背後からため息まじりに言った。
「お前はまったく危険なことをする。三日もあれば、逃げて人里にたどり着けたかもしれぬのに」
「そんなのわかんねえだろ。ここで化け物オオカミとやりあう方が、俺の性に合っているだけだ」
「まあいい。月に賭けた分くらいは払い戻してやらねばな。これもお前との約定ゆえ」
「全財産だ、たんまり報酬をよこしな」
「たわけ。千円もない小銭をばらまきおって……まあいい。お前に死なれては●も困る。知識とチカラを与えてやろう」
「もったいぶらずに早く寄越せ」
「そう急くな。ここはな、並列宇宙の交わる場所。あらゆるものがあらゆる並列宇宙の自己を内包しておる。シュレディンガーの猫は知っておるな?」
「箱の中の猫は、箱を開けて観測するまで、死んだ猫と生きている猫が50%ずつ混じった状態である、という奴だな」
「その通り。この世界はまさにそれよ。あらゆる生命、物質、現象が並列宇宙のすべての自己を内包しておる。例えば先程の狼、生きている狼の中に死んだ狼を内包しておった」
「ふうん。それで?」
「シガン、お前に言霊を使えるようにしておいた。だから今度、狼を見つけたら言葉に魔力を込めて言ってみろ。《お前は死んでいる》とな」
「そうすると、どうなる?」
「内包している死んだ狼が表に現れる。すると狼は即死じゃ」
「へえ。ちなみに俺自身に言霊を使ったら、どうなる?」
「どうもならん。お前はこの世界の住人ではない。100%地球人じゃからな」
「ということは●にも言霊は効かないのか」
「いや、●は曖昧な存在ゆえ、やや効果がある。だが●に危害を加えてはならぬという約定を破ると、……どうなるかは覚えておろうな?」
「……そうだな。言霊か、色々と試してみるか」
「そうするがよい」
●は鼻を鳴らしながら消えた。
……言霊とは、便利なものを寄越してきたものだ。
シガンはこのくらいの強力な呪がなければ、この世界で生きていくことができないのだと、そう●が言っているように思えた。




