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3週間が経った頃。アリーサが持ってきてくれた、何十冊目かわからない本のページをめくる。もう何度読んだか分からない王子様とお姫様の恋物語だ。
…あーはいはい王道展開ね。どうせここで王子様が助けに……来ない、だと…?…お姫様闇堕ちとかこの作者の性格どうなってんだ……?
文章から目線を外せずにいればふいにノックの音が響いて。
アリーサがお茶でも持ってきてくれたかなと「どうぞ」と言えば…、扉の向こうにはあの日私を助けてくれたジェラルドが立っていた。
「…ジェラルド様」
「ユーメリー様、久方ぶりです。お怪我が癒えられたようで何よりです」
ズキン、と一瞬頭に痛みが走ったけれど、不思議とすぐに治った。
…きっとお父様は事前に訪れる事を私が聞いてたら会わない、って言うって分かっていたんだ。
手で椅子を示して招けば、それをジェラルドは無視してソファへ座る私の前へと跪く。頭も下げられてどうして恩人にこんな事をされているのか分からずに慌ててしまう。
「え、あの?どうかしたんですか?」
「…あの時、もっと早く私が駆けつけていれば。ユーメリー様の心の傷も浅かったはず…心より、お詫びいたします」
彼が握る拳は力強く、本当に悔いている様子だったけれど…遅かっただなんて思った事もない。むしろお礼は私が言うべきで…と、ふとまだろくにお礼もしていなかつたことに気付く。
「ジェラルド様が来てくれて…あの時で本当に良かったと思っています。…謝るのは私の方…恩人にろくにお礼もしていなかった。助けてくださって…本当にありがとうございます」
「お礼など…当たり前の事をしたまでです。責められるべきは私です。ユーメリー様には何ら落ち度などありません、もし言いようのない怒りが出てきた時には…」
「あのね。私は八つ当たりするほど子供ではないわ。…お父様に頼まれたのでしょう?」
「………はい」
「目に見えない傷はあるけれど、私は…ちゃんと向き合う。…ジェラルド様に謝られて気付いたの…自分ばっかりに目がいってたって。私が落ち込んでる事で悲しむ人もたくさんいるのよね」
ショックを受けて打ちひしがれて、…痛みへの恐怖ばかりに思考を奪われていたけれど。他の人だって私を心配して落ち込んでいたはず。
なのに、部屋に閉じこもってばかりいて…みんなに申し訳ないな。…自分なりに、あの出来事に向き合わないと。一生この部屋で怯えて過ごすなんてまっぴらだし。
「…この屋敷に訪れるとユーメリー様がいかに大切に思われているかがよく分かります。使用人と通りすがる度にまるで我が子が助かったかのようにお礼を言われるのですよ。皆一様に…私を責める事もせず、ユーメリー様を助けてくれてありがとう、と。おかげでこの部屋に訪れるのが1時間遅れました」
おどけるように言う彼の顔は、とても困ったようなものなんかじゃなく。…きっとみんなお喋りだから、私にまつわる色んな余計なお喋りもしたんだろうな。
「いいお屋敷でしょう?自慢の我が家なの」
「…心から、そう思います」
「さあ、お茶にしましょう。…恩人をいつまでも跪かせるわけにはいかないもの。…………ジル!」
大きな声で、彼を呼べば。一瞬驚いたような息を飲む音と、…嬉しそうな、返事が聞こえた。
いつからドアの向こうに居たかは分からない…いや、きっとジェラルドが来た時からずっと居たんだろうな、ジルの事だから。
「っ…、はい、メリー様」
「ジェラルド様にお茶を。…私にはミルクを入れて」
「すぐに…お持ちいたします」
なんであいつだけ…という扉の向こうのツヴァイの独り言も、静かな部屋では聞こえてきて。
「ツヴァイ?あなたの憧れの騎士様がいらっしゃるの。一緒にお話を聞きましょう」
「なっ…!?それは7つの時の話で!」
「あら…そんな事言っていいのかなぁ?こっそり王国騎士団のレイピアのレプリカを持っててたまに振り回して遊んでいるってことみんなにバラしちゃおうかしら」
「全部言ってるだろやめろ喋るな!」
バン、と大きな音とともに扉が開いて。それはもちろん怒りと羞恥心で顔を真っ赤にしたツヴァイのせいだったけど、開かれた扉の向こうには…使用人のみんなが居た。
「…ちょっとみんな、仕事は?」
じっとり目を据えて言うと、サササッと一斉に視線が散らばって。
「え?いやぁ…」
「その…有給…?みたいな…」
「俺はー…トイレに行く途中で!」
「わ、私も箒を取りに行く途中で!」
「俺もっ卵を取りに行く途中で!」
「ガレッダさん、その言い訳は無理だろ…」
あまりの下手な言い訳に思わず吹き出せば、みんなもつられたのか笑ってくれた。
…なんて温かい人たちなんだろう。そういえば私はこの家で寂しさなんて感じたことが無いんだった。お父様もお母様も公務や仕事で日中いない事が多くとも、屋敷のみんなが家族だから少しも寂しさなんて感じなくて。
それはきっと私が前世の事を思い出さずとも感じる事なんだと、確信を持っていえるくらい…優しい人たちに囲まれている。…ああ。私はなんて幸運な人間なんだろう。
「じゃあもう、みんなでティータイムにしましょう。この部屋じゃ狭いから大広間でね。ジェラルド様…エスコートをお願いしても?」
「もちろん。光栄です、ユーメリー様」
差し出されたジェラルドの手に、私は笑顔で手を重ねた。
「…全員分のお茶、ジルに淹れさせてやりましょうね!」




