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「きゃあっ」
「ひっ」
ピシャア、ゴロロ……という雷雨が、暴力的な大きさの爆音で室内にいる私たちの元へ聞こえてくる。
もちろんさっきの可愛い悲鳴は私じゃない。同じクラスの女の子達の声である。すげー、こんな大きな音の雷久しぶりだなー。とか思いつつ窓の外を見る。
朝も結構な大雨だった。みんなびしょ濡れになりながら(クラスの1/3は欠席だった)、教室までたどり着いたはいいものの…、お昼頃には朝の雨とは比べ物にならないレベルになっていた。
先生によれば、近年稀に見る大きな嵐だそう。幸い学園の土地は平坦で土砂崩れの心配もないし、馬小屋もしっかりと対策がなされているので問題ないようだ。
だがさすがに同じ敷地内といえど寮へ戻るのは嵐が落ち着いてから、だそう。
あまりにも嵐が大きく、また生徒たちが怯えて授業にならないのでお昼を食べた後は各自自由行動、ということだったひゃっほう。
台風で休校とかテンションぶち上がるよね。惜しむらくはここが自室ではなく、学校って事だけど。
授業が終わって食堂へと向かったはいいけれど、そこはもうごった返しで。それもそのはず、本来であれば中等教育のお昼時間と高等教育のお昼時間は1時間ずれているから普段はそれほど混まない。
けど今、早めに授業が終わってしまっているので互いにぶち当たってしまい…この様である。
げんなりしながら図書室に行くも、そこにも人が多くいて。基本人混みが苦手な性分なのでどうにか避けたくてぷらぷら居場所を求めて歩き始めて…、
あそこなら絶対空いてる。と思われる場所に歩みを進めた。
ノックを3つ、ドアにすれば中から「どうぞ」と聞こえたので開いた、ら。
「せんせー、失礼しま……あ」
「あ?」
「いやあ、嬉しいなあ。今日はお客さんがこんなにいるなんて」
ニコニコしてるリオネル先生の、奥。そこにはイレネオが我が物顔でコーヒーを手にしていた。
「…穴場だと思ったのに」
「俺のセリフだ」
ぼそりと呟いた言葉はどうやら聞こえていたらしく、ムッとしながらイレネオが言う。
しかし困った。ここは書類やら写真やらファイルやらでごった返しの雑多な準備室だから、3人程度しか余裕をもって座れないのに。…人数的にはぴったりなんだけど、いかんせんリオネル先生もイレネオも体が大きいので1人分より余分にある。
「先生、せっかく来たんですけど私の座れる場所が無さそうなので、失礼しま…」
「そんな事ないよ!ここら辺のものを上にあげれば…おっと書類の斜塔が崩れそうだ」
「座れるだろっほら、そことか、ユーメリーが体を半分にすれば…」
私が出ようとすると、二人はわたわたと居場所を作り始めた。
ていうかイレネオ、私の体を半分にしろとかどういうことよ死ねってこと?人類である限り生きたまま体を半分に出来るわけないでしょ頭沸いてるの?
「と、とりあえずこっちに来てみたらいいよ」
「えっと…失礼します」
積み上がった書類に当たらないように進みつつ、とりあえず先生の隣まで来る。
今は立っているのでいいけれど、さすがにここには座れるスペース無いなあ…。
「先生、意外と体が大きいんですね」
「そうだねえ、僕が小柄なら一緒に座れるけど…」
「…私が縮こまれば座れるかな?くっついちゃって暑苦しいかもですけど」
「それは歓迎だよ」
「いや、ほらユーメリー!俺の座ってるソファ貸すから来いって」
「来いったって…、イレネオとリオネル先生じゃ確実に座れなくなるのにいいの?私とリオネル先生でもぎゅうぎゅうなのに」
「そっ……れは、そうだけど…」
もごもごしてるイレネオは放っておいて、先生が敷いてくれた毛布の上に腰を下ろす。
やっぱり狭くて肩同士が触れ合うけど、まあ仕方がない。
「二人は知り合いのようですね」
「ええ、たまたま会う機会があって」
「俺としてはユーメリーとリオネル先生が知り合いって方が驚くんだが」
「私は先生の授業を取っているもの」
「…………えっ、お前が?」
「僕の初めての女子生徒です。嬉しい限りですねえ」
……ここは狭いけど、人が溢れているよりはいくらか落ち着くからいいかな。でもまさかイレネオが私と同じ思考をしてここに来るとは思わなかったけど。
「そうだ、先生、これ賄賂です」
「お、ありがとうございます」
「賄賂?」
今日のお昼に食べようと思っていた自家製の分厚いクッキーとスコーンを手渡した。
ほんとはヘザーとドロテーアと3人で食べようと思って作ったんだけど、この人混みじゃ探すのも難しいし。
「クッキーとスコーン。イレネオも食べるよね?あげる」
「…ああ、サンキュ」
早速クッキーを食べ始めた先生は、一口齧ると何やら神妙な顔になり
「これは…コーヒーを淹れ直さなければ…、ユーメリーさんには紅茶を持ってきますね」
と言うと、いそいそと教室から出て行った。
表面と外側はサクッと、内側は少ししっとりしつつも香ばしい、大きな分厚いクッキーをお気に召してもらえたらしい。
「…1つ1つがデカイな」
「夢があるじゃない?食べる前からわくわくできるし」
「はは、ユーメリーらしい」
「そういえば、イレネオも授業を取ってたのね」
「まあな。親父も取れってうるさかったし」
イレネオの実家であるアゲラタム家は代々裁判官をしているから、それもそうかと納得する。
「…これもしかしてユーメリーが作った?」
「そうだけど…どうして移動してきたの?」
「ソファは…ほら、流石に先生に譲ろうと思って」
「そう思うなら最初から譲りなさいよ」
スコーンを齧ったイレネオが隣に来て、また私のスペースは狭くなって。その体格の良さに少年らしさはなく、大人になったのだと思う。
ツヴァイも背は高くなってきたけど、まだ少年時代の面影がある。それと比べるとやっぱりちょっと大人っぽいかも。
「…俺も流石に忙しくなってきたからもうあそこには行けないかもな」
「そう。じゃあ存分に独り占めするわ」
「相変わらずの減らず口だな…。ま、ユーメリーになら譲ってやってもいい。それとなんか…困った事あれば俺に言えよ」
ぽん、と頭に手を置かれてなんとなしに横を見上げれば、暖かな笑顔のイレネオがいた。こんなに穏やかな顔の彼を見るのは初めてで、何か悩みでも解決したのだろうかと思う。
思い出すのはお互いに言い合いっこしながら屋根の上で過ごした楽しい時間。もう味わえないと思うと、やはりどこか寂しさはあって。
それに、なんといっても私の数少ない友達だったしね…!
「ありがとう。困ったら頼りにするわ」
それは多分…これから会えなくなっても、卒業した後も、縁は続くという意味なのだろう。思いがけず紡がれた繋がりだけど大事にしていかないとね。
ドアの音がして少しすると、先生がコーヒーとティーカップを持ちながら帰ってきていた。
「やー、これで優雅なティータイムが…」
「……………」
「あ、先生おかえりなさい」
私の横で足を止めると、じっとりとイレネオを見つめ出す。
「イレネオくん」
「はい」
「…やってくれましたね」
「はっ、いなくなる方が悪いでしょう?」
なんだか先生とイレネオの視線が不穏な感じがするけれど、そのまま先生は何も言わずにソファに腰掛けていた。
なかなかに珍しいメンツだよね、この3人。もう一生揃わない気もする。
先生から紅茶をもらい、しばしのおやつタイム。雑談していたけど、さすがにご飯が食べたくなって教室から出た。クッキーではお腹を満たしたくないから自分の分は食べずに持ったままだ。
お昼時間も過ぎた事だし、多少は食堂も空いてるよね。
教室から出て廊下を曲がろうとした時、聞き覚えのある声がした。
「どこにもいないよね?私と過ごしましょうよ」
「着いてくるなって言ってるだろ」
甘く可愛らしい声は間違いなくリーズだし、ぶっきらぼうなあの声は間違いなくツヴァイだろう。
あの女、やっぱり私の義弟も狙ってんのか…という呆れを感じざるを得ない。




