52
「じゃあ出席も取り終わったところで始めようか」
パン、と空気を変えるように手を叩いたリオネル先生だったが、ひそひそと話す声が止む様子はない。
各々の生徒が先生の言葉を認識はしているものの言う通りにする気はないようだ。
それでも騒いでないだけいい…、というよりは騒いでないからいいだろ?といった感じだろうか。
第二回となる犯罪心理学講座はこんな出だしだった。
「君もこの授業を取っていたとは」
そして私の隣にも、授業中におしゃべりを始めた生徒が一人。
「それは私に言っているのかしら」
互いに一切顔を見合わせず、飽くまで授業を真面目に聞く体で。
隣の生徒…、ラルフ・イキシアはさらに会話を続けるようだった。
「噂によれば気分を悪くする授業内容らしい。無理はしないことだ」
もしかして、この授業を唯一取っている女子生徒である私を心配しているのだろうか。あまり社交的な性格ではないはずだけど、紳士的ゆえの助言かもしれない。
「ご心配ありがとう」
「――で、確か前回は最近起きた事件について話したかな、今回は僕の専門分野を学んでいこうか。じゃあ今からみんなに写真を配るね。あ、まだ全部見ないで!一番上から順番に!」
先生が一枚ずつ便せんに入っている写真と、袋を配る。一番上の写真を取り出し見てみると、白黒写真というのを加味してもあまりにも黒の多いもの。何かが写っているものの、輪郭がぼやけていて…薄ぼんやりとしかものを捉えられないが、この形は……。
「リオネル先生、これなんですか」
「黒くてよく見えませんが…」
「失敗?」
「なんに見えます?周りと相談してもいいですよ。当てられるかなー」
ざわざわと周りが騒ぎ始める。陽の光に透かしてみるもの、色の濃い部分を更に鉛筆で塗り陰影を濃くしてみるもの、話し合ってみるもの。
隣の彼も目を凝らして色んな角度から写真を見ているが、私といえばなんとなく予想がついたため輪郭を予想してノートに模写することにした。
「じゃあ…君!これなんだと思う?」
「…うーん、ペンキを撒いたもの?」
「はい君!」
「割れた花瓶、かなあ?水の反射で黒いとか…」
「君は?」
「小さくて四角い…、積み木ですかね?」
「ああ、一番近いかもしれませんね!では2枚目を開いてください」
便せんのカサカサ音とともに、にぎやかな声が教室を支配する。
予想合ってるかな?実はただの失敗写真じゃない?全然分からないよな。
そして和やかな声は、2枚目の写真を取り出した者から一瞬で消え去った。
「はいっ吐く時は先ほど渡した袋へお願いします。そして正解は~、じゃん!女性のバラバラ死体でしたー。あ、床の黒いのは血ね」
1枚目の写真の彩度を変えたより鮮明な2枚目には、床に転がった女性の上半身のアップだった。異質なのは、肩から手首にかけて6分割にされていることか。
黒すぎてよく見えなかった写真はおそらく床に夥しく流れている血液。それが反射して真っ黒に写っていたんだろう。
先ほどの雰囲気もどこへやら。嘔吐したり我慢してえづいたり、真っ青になっていたり机に倒れこんだりと死屍累々だ。
「…っ、………ぅ」
隣の彼も例外ではなく、吐きそうなのをどうにか踏ん張っているようだ。頑張れ、彼の横隔膜。
「…うん、大丈夫そうだね。授業を続けようか」
先生は窓を開けたあと気分の悪くなった生徒を一通り見終わると、いつもと変わらぬ明るさで再び授業へと戻った。
「君は…っ大丈夫なのか」
ラルフに横目で見られつつ、話しかけられた。手は行き場をなくしたように微妙に彷徨っているが、その実先ほど渡された袋を手にしようか迷っているのだろう。
「ええ、まあ。無理はしないことね」
「…心配には及ばない」
ああ…可哀そうに。おそらく数日は悪夢にうなされる。というか次回の講義で半分くらい人数が減ってるんじゃないかな、大丈夫かな。
前回は普通の犯罪にまつわる講義だったのに急展開過ぎるというかなんというか。徐々に慣らすってことを知らないのかな。
「ひっどいよね、よくこんなことが出来たもんだ。他者の痛みを感じられないサイコパスにしか出来ないよねーあはは」
いえ、凄惨な写真片手に笑っているあなたが一番サイコパスに見えます。
「この写真を見て何か感じたり分かることはあるかな?えーと、無事そうな生徒は…、2人だけか。君、どうだい?」
「…残忍、です」
吐き気を抑えながらやっとという調子で、ラルフが答えた。
「正解ー!見るからに残忍な手口だ。他に分かることは、君、どう?」
もう1人の無事な方、つまり私へ先生が問いを投げかける。
「この血の量からして、切断場所はこの現場です」
「大正解!そういう気づきを重ねて、状況を整理していくんだ。この事件は9年前に起こった。女性を拉致誘拐し死に至らしめるばかりか損壊してそのまま放置した。腕のみを切断しているのは腕に執着しているから。両腕を6分割していることから6という数字も何らかの理由がある。6の数字にまつわるもの、例えば太陽系の6番目、6/10、最小の完全数、悪魔の数字。そういったものを積み重ねた先に、必ず犯人がいる」
もう先生の話している最中におしゃべりをするような人はいなかった。顔を青くしてじっと座るか、ノートにペンを走らせるか。そのどちらか2つに分かれた。
「犯罪心理学とはつまり犯人の心の中へ潜ることと同じ。自分をどんどん犯人と同じ心理状態へと持っていって次の行動を予測する、つまり犯人を理解するんだ。理解し難く思えるだろう?でも犯罪心理学を学んでいくうち、嫌でも自分と同じ人間だということを自覚させられるよ。
っと、事件に戻ろうか。流石に写真だけではわかることは少ないから解剖書や、事件記録とともに見ていく。検死解剖によれば喉に索条痕…つまりひも状のもので首を絞めた痕、目に点状出血と呼ばれる赤色や紫色の点状の出血があることから絞殺だろうということ。切断は死後に行われ、腕には防御創がある。現場は使われなくなった倉庫。拉致現場から3㎞ほど離れた場所だ」
窓から風が教室に入り、みんなの髪を少し乱れさせた。換気の意味合いで開けたのだろうが、写真の凄惨さと逆に優しい匂いの風に、今いるこちらが現実なのだと言い聞かせてくれるようで、少しだけ気分がよくなる。
もう写真を見ている人はいないようだった。でも、目を背けるわけにはいかない。これは現実に起きたことで、解決しない限り平和は訪れない。どれだけ自分の居場所が平和であろうと、辛かろうと、現実逃避してはいけないんだ。
「時に!被害女性が攫われた際、目撃者はいなかった。しかしなぜ拉致誘拐されたと分かったのか。それは拉致現場に残された証拠が示していた。彼女は拉致される際、とても抵抗した。手当たり次第に暴れ…、結果アクセサリーの一部やカバンに入っていただろう物が見つかった。大体の物は犯人が証拠隠滅のために回収したんだけど、草むらや少し離れたところに残っていたんだ!だから拉致だと断定出来た。言葉は悪いけどこの女性はとても"良い攫われ方"をしたんだ」
良い、攫われ方…。
「別の倉庫から死後6週間経過した別の女性遺体が発見された。一番初めの被害者だ。拉致された女性が証拠を残さなければただの家出と片付けられたかもしれない。事実、初めの被害者は家出人として処理され捜索隊すら出されなかった。この女性は命を賭して、我々に気付かせてくれたんだ。…二番目の女性が発見された5週間後、また1人の女性が攫われた。3枚目の便せんを開けてください」
心構えをし、意を決して3枚目を見た。けれどだんだんと見えてきたものは、ある意味予想を裏切る写真で、体の上から下へ込めた力が抜けていった。
「何に見えるかな?」
「抱き合っている…親子、ですか?」
「そうだよ、この若い女性が三番目に攫われた人だ。騎士団は犯人をプロファイリングし現在の居場所を予想、そしてこの人を見事救出することが出来たんだ。この中には騎士団を目指している人もいるね?もし2枚目の写真に耐えられないと判断したなら次回から講義に来なくてもいい。でも忘れないでほしい、これはもしかしたら今もどこかで起こっている事実であり、現実だ。そして犯人を追い詰めることが出来るかは、我々にかかっている。さぁ、僕は君らに教えるよ。このクソ野郎共をお縄にかけられる術をね。ぜひ一滴残らず学んでくれたまえ。
さて!ではなぜ犯人を追い詰められたのか。その答えは地理的プロファイリングが役に立ちーーー」
*********************
「ーーーでは本日はここまで。2枚ほどみんなに写真を配るから、次の講義までに気付いた点をまとめておいてほしい。それじゃあ、また次回」
講義が終われば、皆一目散に教室から出ていった。若干混み合っているくらいだったのである程度人が引けてから行こうと、そのまま座っていた。
「ユーーー」
「やあ、ユーメリーさん」
おそらくラルフが私に話しかけようとした時、先生が現れ口を出した。
「先生、ごきげんよう」
「こんにちは。ん?君も何か用事かな?」
「……いえ、失礼します」
それだけ発して去っていってしまった。なんだろう、私に渡された袋が追加で欲しかったりしたのかな。
「彼、中々見込みあるねえ。ちゃんと写真を見ていたし」
ニコニコと上機嫌そうに話す先生。いや、きちんと耐性を付けさせてあげれば皆んな耐えられるんですがね。
「将来の騎士団長様でしょうし、有望ですね」
「しかも紳士的なようだね」
「ええ、私を心配してくれていたようで。…この教室の中で一番平気でしたけど」
「しかも体格も見目もいい」
「そうですね」
「公爵家の跡継ぎでもある!」
「はあ」
「………」
「………」
一体何を当たり前なこと言っているんだこの先生は。
真意を探ろうと、下げていた目線を上げて真っ直ぐ顔を見たが相変わらず口角は良い角度で笑みを浮かべ、前髪は厚くて顔色が読めない…、けど、一瞬見えた、あれはまるで燃えるようなーーー。
「第二回ですけど、ユーメリーさんはどうでした?僕の授業!」
頭が無音になりかけたところで、いきなり耳に入ってきたその言葉に意識が向き、さっき何を考えていたかも飛んでしまった。
「とても興味深く面白かったですわ。特に、三枚目の写真。辛いことばかりではないと教えてくれるみたいで」
「僕としては、屈辱を味わいこちらに憎悪の目を向けながら縛られている間抜け姿の犯人を撮った写真の方が好きなんだけど学園長に止められちゃってね。でも君がそう言うなら変えてよかったなーあはは」
あははじゃねーよ、なんてもんを生徒に見せようとしてるんだこのサイコパス。
そんなもん見たら恐怖で二度と授業出らんないわ。
「先生は、素晴らしい講義と偉大な仕事をお持ちの方だって思いました。私は騎士団には入れませんが…この授業のおかげで、この教室にいた誰かが悪いやつを追い詰めることができるんですよね」
「…そうだね。それを願っているよ、心から。あ、引き止めてごめんね、感想が聞きたかっただけなんだ。ありがとう、ユーメリーさん」
「いえ、いつでもどうぞ。ありがとうございました」




