44 ツヴァイ・セントポーリアという義弟
またあいつが来る。明日は、調理場からナイフをくすねてこよう。そう思って朝まで寝たが、大きな揺れで目が覚めた。
すぐ分かった。嵐だ。バタバタという足音と、それに少し遅れて激しい雨音が聞こえた。揺れも大きくなっている。今回のはかなり激しいやつだ。
「…ツヴァイ?どこ行くの?」
「怒られちゃうよ?」
立ち上がった俺に、ドライとフィーアが心配そうに声をかける。でも今しかない。いつもだったら嵐になると外側から部屋にカギをかけられるけど、今回のは急だったから扉は開いている。
この機会しかないんだ。
「大丈夫だ、すぐに戻るから」
2人の頭を少しだけ撫でて、転ばないように気を付けて進んだ。アインスからは何も言われなかった。
扉の外は通路があって、柵があって、柵の横はもう海だ。大粒の雨が通路の床を激しく打ち付けて、他の音は聞こえなかった。
通路の左右を見渡すと、左手少し奥ににやにや面の男が1人、いた。ああ、なんて幸運なんだ。
通路の柵にロープで何かを固定していた。後ろを向いていたので、近寄っても気づかれないだろう。
柵に捕まりながら、風で吹っ飛ばされないように気を付けて進んだ。何をすればいいかもあまり考えてはなかったけど、どうやら神は俺に加護をくれたようだ。
一番の大きな揺れと、大きな風。思わずしゃがんで、柵に全力でしがみついた。
少し治まった時に顔をあげると、男は目の前から消えていた。柵の外側で、両手で必死に柵を掴んでいた。
さっきの大風で落とされそうになったんだ。なんてついているんだろう。
そのまま男のところに行った。
「…!ツヴァイ!落ちそうなんだ、誰か呼んでこい!」
「……………」
「おい!早くしろよ!聞こえねーのか!」
宙ぶらりんになっている男に、俺はどういう顔をしていたんだろう。頭の中で、母親の言葉が反響した。
" もいつかお父さんみたいに人を守れる人になるのよ"
"いつかお父さんみたいに人を守れる人になるのよ"
"いつか人を守れる人になるのよ"
"守れる人になるのよ"
"守れる人に"
"守れ"
"守れ"
"守れ"
"守れ"
そうだよね。守らないと。
「どうしたの?濡れてるよ」
「大丈夫?」
びしょ濡れで帰ってきた俺に、ドライとフィーアは乾いた布を渡してくれた。受け取って、俺は笑顔で言った。
「大丈夫だよ」
また毎日、同じことを繰り返す日々だった。ようやく終わって、みんなで部屋に戻った頃、外が騒がしいことに気づいた。
怒号や、金属音が飛び交っているのが聞こえた。少しだけ様子を見に行った時、変な恰好したやつらが大きいナイフで船員を切っているのを見た。赤い鮮血が飛んでいた。
誰だ、なんだあいつら。でもまずい、殺される。ここがバレたら…どうしよう。どうにかしなきゃ。
「外、やばい奴が来てる!隠れよう!」
「え…!隠れるって…」
「いいから、そこらへんの物の後ろとか!」
適当な場所にみんなで隠れて、お願いだから来ないでくれと祈った。1分が何時間にも感じられて、もうどのくらい隠れていたのか分からなくなった頃、外の音が静まっているのに気付いた。
でもそれと同時に、足音も聞こえた。
お願い、扉から入って来ないで。素通りして。
けれどその足音は扉を開け、入ってきた。
「…いないな」
「本当にここか?」
「ああ、他のところにはいなかったし」
灯りを持って入ってきたそいつらは、全員血まみれだった。見てるのがバレる前に隠れたけど、どうなる。
息がしづらい。心臓が、おかしいくらいドクドクいってる。音を出しちゃいけない、バレちゃいけないのに。視界がぼやける。鼻の通りも悪くなった。涙と鼻水で、もっと息がしづらくなった。
「…ひっ、ひっ…」
「!誰かいるのか!」
ドライが、我慢できなくなって声を漏らした。なんてことだ。どうしよう。やばい。殺される。怖い。怖いよ。誰か、誰か助けて。
「…っツヴァイ…!」
フィーアが、絞り出すように言った。…ああ、俺だ。俺しかいないんだ。俺が…。
「いたぞ!!」
「…っ!」
見つかった時、反射的に前に出ていた。みんなを庇うように、両腕を広げた。もう涙と鼻水でぐちゃぐちゃで、相手の顔もよく見えないけど。怖くて、震えたけど。
「…可哀そうに。もう大丈夫だよ」
目の前の男はそう言って、俺に毛布をかぶせた。…その言葉、久しぶりに聞いたな。そこで意識が途絶えた。
「お母さん!」
「ああ!やっと…やっと会えたね!ありがとうございます、本当に!」
フィーアが、笑顔で母親と手をつないで小さく消えていった。
あれから俺は、海軍というところに保護されたようで何もしなくても毎日お腹いっぱいご飯が食べられるようになった。
少し経つと準備が出来たとかでまた船で色々なところに行った。最初にドライが親と一緒にいなくなって、次はアインスだった。
そしてさっき、最後のフィーアがいなくなった。
みんな別の名前で、笑顔で、俺からいなくなってしまった。残ったのは俺だけだ。
保護された日から俺は喋らなくなった。なんだか億劫だったから何も言わなかっただけなんだけど、大人はみんな変な顔をして、可哀そうにってまた言った。
俺は可哀そうじゃない。みんなを守ったんだ。なんでそんなこと言うんだ。守って…いたはずなんだ。誰も褒めてはくれなかったけれど。
海軍基地とかいうところに、俺だけがまた戻ってきた。いつもみたいにお昼ご飯を食べ終わった後、呼ばれた。
初めて入った部屋はなんだか豪華で、ソファがふかふかだなと思った。
すぐあとに誰か別の男が入ってきた。俺以外はみんな立ち上がって、敬礼していた。その様子をぼーっとただ見ていた。
何かしゃべりかけられている気がするけど、なんだろう。あまり分からない。
「ツヴァイくん」
あ、俺の名前だ。
「君と同じくらいの娘がいるんだけど、どうだろう。うちの家族になってくれないかな」
今まで会った中で一番優しそうな人だった。娘ってことは、女の子か。優しそうに見えるけど本性は分からない。
もしその女の子が、毎日殴られていたらどうしよう。そうだ、俺は誰かを守らないといけないんだ。痛いのはみんな嫌だから。俺も嫌だけど、でも、守らないといけないから。
ゆっくり頷いた。
男の人は笑顔になって、他の大人と何かを喋ってまた出て行った。
今度は、最後まで守れるだろうか。




