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「…ねえツヴァイ?」
「ん?」
「常に私と一緒に居る必要はないのよ…?」
弟が入学してきて3ヶ月。ツヴァイはなぜか常に私と一緒に行動している。
朝は女子寮の前で待ち、昼は食堂で待ち、授業終わりは迎えに来る。
土日も、どちらかの休み又はどちらの休日も私にぴったり。
初めは学園生活が不安で見知った私の側に居たいのだろうと微笑ましく思っていたけど、流石に3ヶ月ともなれば普通ではないだろう。
「分かってるよ」
「えっと…友達が出来ないとか?」
「ハッ、メリーじゃあるまいし」
グサリ。
言葉は時にナイフよりも深く心をえぐるんだよツヴァイくん…!
「…嫌なのか?」
「嫌なわけないじゃない!そういうんじゃないの、大丈夫よ」
「ならいいだろ」
怪しむもう一つの理由もあるんだけど…、いつからこんなにデレデレキャラになった…?
ゲームだと正統派ツンデレキャラ、入学前は周りに人がいる時ツンツンで2人きりの時デレデレ、入学後は周り構わずデレしか見えていない気がする。
口調は相変わらずちょっと荒っぽいけど私と一緒にいたいことを隠す気が無くなってる。
姉ブーム来たのかな。
「土曜日、俺街行こうと思うんだけど来ない?」
「土曜…はごめん、先生に本を借りに行きたいの」
「ふーん、そっか。何の先生?」
「高等教育で犯罪心理学を教えてる先生よ。勉強にもなるし、また本を借りに行きたくて」
「ま、先生ならいいや。街に行くのは友達誘ってみる」
「…?うん、そうしてちょうだい。それにしてもまさかツヴァイも誰も侍女を連れて来ないなんて…ちゃんと生活は出来てるの?」
「ジルの奴にそこら辺も覚えさせられたから楽勝」
普通、貴族は自分で掃除だの日用品の買い物だのしないんだけど…、姉の影響だろうか。
まあ、でもこのくらいの年頃の子ってなんでも1人でやりたがるって聞いたことあるし。
自立心が育った結果かな。
ガヤガヤと周りから色々な声が聞こえ始める。生徒と教師共同で使用する食堂はかなり広いが、ほぼ全生徒がそこで食事をするため今のようなお昼時は席は埋まらないものの賑やかだ。
12時から20分も経てば、もう食事よりお喋りで口が動くようになる。
…ぼっちでお昼食べるよりかツヴァイと食べる方がそりゃあ楽しいけど、たまには友達と食べてもいいのでは。
だが待て…いずれ訪れる思春期という姉離れに向けて今のうちに享受すべきではなかろうか。ああ…今もそこそこ口が悪いのに思春期に入ったら一体何と言われることか身震いする。
「メリーって飯作れるんだな」
「えっええ…学園に来てから練習したのよ」
私の作ったお弁当を食べているツヴァイがぽつりとこぼした。
一瞬ドキリとしてしまったがこの言い訳で恐らく通るだろう。なにせ実家にいた頃は料理どころかキッチンにすら立ったことがないのだから、至極当然の疑問だろう。
「この甘いのってにんじん?」
「ニンジンのグラッセよ。美味しいでしょ」
「うん。おいしい」
あら素直。もくもくとグラッセを食べる姿はひな鳥みたいだ。うんうん、たんと食え。これが親鳥の気持ちというやつか。
「勉強とか、分からないことがあったら言ってね?成績は良い方だから教えられるはずよ」
「うーん、授業は別に簡単。友達もいるし楽しい」
「そう。よかった」
「俺よりメリーの方が心配だけど」
「私?」
「気づいたら1人でフラフラどっか行きそうじゃん」
「ええ?そんなことないと思うけどなあ」
「…どっか行く時はちゃんと言えよ」
「心配性ね…」
そんなにフラフラしている自覚はないんだけど…思いつきで行動しやすいだけで。そういえばツヴァイが珍しく迎えに来なかった放課後、中庭の屋根の上に読書しに行ってから一人で帰って、次の朝めちゃくちゃ怒られたな。
迎えが10分遅くなっただけでどっか行くな!って…。てっきり友達と帰ってるのかなって思って寄り道して帰っただけなんだけど。こんなにシスコンキャラだったかなあ…。
その時たまたま屋根にいたイレネオにも、久しぶりだなって言われたっけ。リオネル先生から借りた本も、とっくに読み終わってるのに3か月借りっぱなしでいるから土曜日に謝ってから新しいのを借りてこよう。
お詫びにパウンドケーキでも焼いて持っていこうかな。バターとはちみつをたっぷり塗って。
「ごちそうさま」
「お粗末様でした」
「欲しいものとかあるか?土曜についでに買ってくるけど」
「んー、今は特にないかなあ。あ、でもツヴァイがいつも持ってる手帳、ちょっとかっこいいなって思ってるのよね。大人みたいで」
「これ?…別にかっこいいから持ってるわけじゃないけど…」
「結構分厚いよね。何書いたりしてるの?」
「その日の予定とか…気づいたこととか。日記みたいなもん」
「私も手帳、持ち歩いてみようかな」
「じゃあ俺が選んで買ってくる」
「うん。お願いね、ありがとう」
少しだけ嬉しそうにしているツヴァイとそのまま昼休みの終わりまで過ごし、いつもの授業へと戻った。
―土曜日―
"コンコンコン"
「リオネル先生ー失礼しまーす」
返答を待たずして扉を開けて進んでゆく。ノックだけだと幻聴なんじゃないかって疑っちゃうから入ってていいって言われたし。
相変わらずの状態の書類たちを横目に見渡してみるも、先生の姿は見当たらなかった。
テーブルに手土産を一旦置いて、先にお茶の準備をしようと戸棚へ歩いてゆく。
けれど茶器も一式姿を消していた。
「やあ、ユーメリーさん。来てくれていたんだね」
「先生、おかえりなさい。お忙しくないかしら?」
現れた先生は茶器一式を持っており、腕まくりしているところを見ると洗い物をして帰ってきたところじゃないだろうか。
そういえばポットは毎日洗ってるって言ってたっけか。教室の中は凄まじい雑多具合なのにこういうとこは綺麗好きなんだな。
…てか先生からの返答がない。
「…先生?」
「あ…ああ、ごめんね。一人暮らしだからおかえりなさいって言葉、聞きなれてなくてさ。あはは、独身は辛いねえ。今お茶の準備をするからソファに座っててくれるかな」
「はい、ありがとうございます。リオネル先生って、お若そうですけどいくつなんですか?」
「僕?今年で22だね」
わっか!!
「えっと…何年くらい学園で先生をしているんですか?」
「うーん、17の時に来たから…5年くらいになるかな」
「成人してすぐですか…」
「まあ、8歳の頃から師匠に教えられていたからね。それに師匠はプロファイリングのプロだから、詐欺事件とか窃盗事件とか色んな事件で頼りになるんだけど…僕は殺人事件のプロファイリングしか出来ないんだ」
「連続殺人犯とかですか?」
「そうそう、特に得意分野はシリアルキラー。でも平和だから突発的な殺人は起こっても、そういう事件ってなかなか無いんだよね。だから騎士団に常に僕に居られても役立たずだから学園に来ることにしたんだー」
「役立たずなんて…それに連続殺人なんていざ起こったら大変じゃないですか」
「そうだね。そういうのに備えて殺人事件が起こった時はとりあえず事件ファイルを学園にも送ってもらってるんだ。騎士団が気付いていないだけで連続殺人かもしれないから」
暇だ暇だって言ってたからちょっと疑ってたけど、めっちゃくちゃ世のために仕事してるじゃないかリオネル先生。のんきな先生だとか思っててごめんね。
「いやー殺人現場の写真見てると焼肉食べたくなるんだよねー」
やばい奴じゃないかリオネル先生。
「お茶できたよ」
「すみません、いただきます。あと、パウンドケーキを焼いてきたので良かったら」
「ケーキ!いいねえ、ありがとう。昨日やっと仕事も一段落ついたところでちょうど甘いものを食べたかったんだよ」
「ふふ…よかったです。バターとはちみつも塗ってあるのでとっても甘いんですけど」
「最高だよ、君なら毎日でも来てほしいくらいだ。そういえば久しぶりだね」
うきうきとケーキを頬張る先生に言われ、3か月ぶりだしなあ、と回想する。
「ええ、弟が春に入学してきたんですけれど…付きっ切りでいたらいつの間にか3か月も経ってました」
「へえ。仲がいいんだね」
「あ!そういえば…本、長らく借りっぱなしですみません。お返しします」
「全然いいよ。他にも何か借りるかい?」
「はい、とっても面白かったのでまた何冊かいただければと」
「いいよ。帰りに何冊か見繕おうか」
「お願いします」
紅茶を口に含むと、ふわりと花の香りが抜けた。花のフレーバーティ、というやつだろうか。
しかし前髪と眼鏡であまり顔は分からないが、まさかこんなに若い先生だとは。学園の先生って何らかの功績を持った人たちばかりだしかなり頭いいんじゃないかな。
「あれ…このファイル8ページ目が抜けてるな…床に落ちちゃったかな…」
本人見ると全くそんな気はしないけど。
「…これ、下に8ってページ数書いてありますけど」
「それだねー、ありがとう。ケーキ、すごくおいしいよ。ユーメリーさんは料理が上手だね」
「寮にはキッチンも付いてあるので、たまに作るんです。最近は弟のお弁当とかも週に何度か」
「へえ、ぜひ食べてみたいね。婚約者が料理上手なんて、アデラール王子も鼻が高いんじゃないかな」
「…いえ、アデラール様には一度も作ったことないですね…」
「あ…まあ、王族だものねえ。昼食すら専用のコックがいるし作り辛いよね、あはは」
「そうですね…」
あの王子に作ったところで、多分食べながら愚痴喋るだけだろうしな…。
だったら美味しいって言ってくれるイレネオやツヴァイに作る方が何倍も………、あれ?そういえばイレネオからは一度も美味しいって言われたことないぞ?
…ただすごい勢いで食べるから、美味しいんだろうなっては思うんだけど。
「君のところは家族仲が良さそうだ」
「とっても良いと思いますよ。お父様もお母様も優しいし、ツヴァイも口はちょっと悪いけどいい子ですし。よく弟と一緒にいたずらしてお母様に怒られていました」
「楽しそうだ。小さな頃にそういった経験を積むのはとてもいいことだよ」
「そうなんですか?」
「うん。シリアルキラーの大半は幼少期に感情を抑圧された家庭で育っているからね」
「そういえば、読んだ本の殺人鬼も親に虐待されていたりして育っていましたね」
「幼いころに感情や、欲を押さえつけられて育つと大人になって一気に歯止めが効かなくなる傾向にあるんだ。僕の知り合いなんかだとおもちゃを買ってもらえなかった反動で、大人になってから色んなおもちゃを買い集めている人もいる。おもちゃに使ったお金だけで屋敷が買えるくらいに」
「わあ、もったいないです」
「はは!それが正常な思考だ。僕らがそう思うのは幸せなことなんだよ。僕が甘いもの狂いなのも、小さな頃に食べていなかったせいかもね」
「そうなんですか?」
「貧乏だったからさ、あはは」
そういって先生は、最後の一切れを口に放った。唇についたわずかなはちみつも、ぺろりと舌ですぐに囚われてしまう。
にこにこ笑っているけど、ケーキには満足してくれたのだろうか。そうだといいな。
先生にはまたお砂糖たっぷりのお菓子を持ってきてあげよう。




