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とある休日。
私は暇を持て余していた。
ベッドから起きて背伸びをすれば、バキボキと背骨があまりよろしくない鈍い音を出す。
…土曜日だからって、寝過ぎちゃった。
時計は9時と少しを指しており、朝と呼ぶには多少遅くなった身支度をパパッと済ませてしまう。
髪が長いと寝癖も付かなくて楽ー…。ストレートだからっていうのもあるのかな?湿気でパサつかないのはかなりの長所…なんて恵まれた体なのかしらね…。
ボーッとしながら髪をといてみても、一向に今日の予定は立たなかった。
というのも読書にハマりすぎたせいで図書室にある面白そうな本はほぼ読み尽くしてしまったのだ。
街の本屋へ行ってもいいのだが、わざわざそれだけに行くのも…。基本、1度読んだ本は読み返さない主義の飽き性なので、借りて済ませたいのが本音だ。
ふと窓を見ると、先生が歩いているのを見つけた。
学生は土日休みだが教師は週休1日なのでこれから仕事をするのだろう。
そこまで思い、はたと気づく。
そうだ、先生から本を借りてみよう。
"コンコンコン"
4階、一番端の教室。FREE ROOMのプレートが飾ってある扉を3度叩いた。
学園内にはいくつものフリールーム…つまり多目的教室があって、申請すれば部活や同好会の時に使用することができる。
部室として正式に認められればフリールームのプレートを外して好きな名称を飾ってもいいので、長く使用してある教室には大抵なんらかの名前が付いているはずなのだが…、あれ?ここでいいのよね?
シン…と静まった空気を感じて不安になる。そもそも4階自体、あまり人気がない。主に理科室と保管庫しか使っていないので人も来ないのだ。フリールームはたくさんあるけれど、階段でここまで来るのも大変だしわざわざ選ばない。
………間違えたのかなぁ。声だけかけて、それでもいなければ職員室へ行ってみよう。
「リオネルせんせー」
「やっぱり幻聴じゃなかった!」
「うわあびっくりした!!」
声に出した途端、すぐそばに居たとしか思えない速度で思い切り扉が開いて思わず声を上げてしまった。
めちゃくちゃびっくりしたわ!!てかいるなら返事してよ!!!
「…………」
「あーーっごめんね、ここに来る人なんていないからさ、ノックの音も気のせいじゃないかと…あはは…」
「こ、こちらこそ大きな声ですみません…」
「さ、入って入って!」
「お邪魔じゃないですか?」
「まさか!言ったでしょう、君ならいつでも歓迎だって」
そういえば、そう言われていた。
いつぞやの帰り道でリオネル先生に見送りをしてもらった時だったか。
あれからついぞ会うことも無かったので会話の内容は薄ぼんやりとしか思い出せないが。
「ああ、嬉しいなあ。生徒がこの教室まで来てくれるなんて…」
「え?ここで授業をしているわけでは…、す、すごい…」
教室へ入ってみて、まず目に入ったのは壁に貼られている、一面を覆うような大きな地図。
地図にはいくつもの画鋲が刺さっており、それらが色とりどりの糸で交差されていた。
更に、片方の壁一面には本やらなんやらが詰め込まれていたが最早量が多すぎて入りきらず、あらゆる所の床に積み上げられた書類…と思しき山。
段ボールやファイルの量が凄いが、これら全て書類だろうか?
確かにここで授業は出来ない。あまり広くない教室とはいえ、普通に机を置けば10人ほどは入るだろうが今あるスペースはせいぜい3人座れるほど。
「ここは僕の準備室にさせて貰ってるんだ。授業は下の階でやってるよ。ささ、狭いけどドーゾ」
「ありがとうございます…」
手で示された大きめの1人用ソファに腰を下ろす。
…中々圧巻の絵面だけれど、一体何を専門に教えている先生なのだろうか。
「今お茶を入れるよ。ポットは毎日洗って綺麗だから安心して」
「い、いえ!お気になさらず!」
「ダメダメ、レディがいるのにお茶も出さないなんて。…セットしたから沸くまで少し待っててね」
「そんな、私が急に来てしまったのに…」
「はは、いーんだよ。そんなに生徒も受け持ってないから暇なんだー。あっ…また何か踏んだな…ん?これはどれのやつだ…?」
僅かに見える床にも、1枚2枚の紙がパラパラ落ちていて踏まずに歩く方が至難の技なんじゃないだろうか。
先生の側にある紙を見て、ふと気になった。
「それ…写真、ですか?」
「これかい?そうだよ」
前世とは違い、解像度も荒く白黒だが確かに写真だ。
リオネル先生から手渡されてよくよく見てみたが、ただの建物の写真だった。人物すら写っていない。
「ただの建物の写真ですか?」
「…うーん、そうだね。ただの建物だけど、これは現場写真なんだ」
「現場写真…」
「僕の教えている専攻は、犯罪心理学だからね」
「…ということは」
「うん。犯罪現場の建物だね」
犯罪心理学。って、つまり…、
「プロファイリングとかもするんですか」
「詳しいね。その通りだよ」
だから子供の誘拐事件の話を前にしてくれたのか。
「自警団や騎士志望の子たちなんかが僕の授業を取ってくれてるんだ。といっても、師匠が凄い人だから学園で教えられてるみたいなもんだねー」
「師匠の方がいるんですか」
「そーだよ。前線で活躍したいからって教師になるのを断ってね…、でも犯罪心理学は治安を維持する為には必須事項だからね、弟子の僕にその役が回ってきたってわけ」
「へえ…」
「ああ、お湯が沸けたみたいだ。お喋りは紅茶と一緒にしようか。レモンティーでいいかな?」
「はい」
ふんふん鼻歌を言いながら準備しているが、つまりこの書類の束は犯罪報告書やらなんやらで、建物の写真があったってことはグロい写真もいっぱいあるだろう中でお茶するのか…。
若干血の気が引きそうだった体をどうにか回復し、手に持っている小包を開封することにした。
「先生、お菓子はお好きですか?クッキーを持ってきたのですが」
「え!甘いもの好きなんだよ、嬉しいなあ。最高のお茶請けじゃないか」
「良かったです。実家の者から貰ったのですが、私には量が多かったので」
「では、ささやかなお茶会を開催しようか。再会を祝してね」
「ええ。いただきますわ」
簡素な、少し低すぎる机を挟んで生徒用の無機質な椅子に先生は座る。
少しだけ高い音を出して、紅茶カップが触れ合った。
湯気とともにレモンの香りに包み込まれるようで、先程の不快感もどこへやら。ほ、っと一息ついた。
「あー美味しい。癒されるね」
「ふふ、そんなに甘い物お好きなんですね」
「職業柄書面と向き合うのはそうだけど、凄惨な写真や場面を想像しがちでね…脳が疲れてる時は甘い物が効くんだ」
「大変なんですね…」
「それ以上にやり甲斐もあるから不満はないんだけど。それで、ユーメリーさんは何か用があったんじゃないかな?」
「ええ…えーと、全然何でもないことなのですが…。最近図書室の本に飽きてしまって」
「本かい?」
「はい。週に10冊ほど読んでしまうとどうしても…」
「やあ、凄いね。本の虫じゃないか…あっ良い意味でね!虫というよりは妖精?」
慌てて言い直してはいるが、慣用句なのでそこまで焦らずとも。
「大丈夫です。虫どころか、カビになりそうなほど読んでますから…。それで、何かオススメの本があれば教えていただきたくて」
「なるほど。うーん、確かに、本はいっぱい持ってるよ。でも職業柄、ちょっと危ない人の内容の本なんだ…」
「どの様な内容なんですか?」
「6人家族を惨殺した殺人鬼の生き様とか…食人鬼と恐れられたシリアルキラーの事件とか」
それはちょっと危ないで済むやつじゃない。
「あの…淑女らしからぬことだと思いますが、興味があるので読んでみたいです」
「本当っ!?」
「え、ええ…前にお話しいただいた誘拐事件のこととか、とっても面白そうでしたし。気になりますわ」
「そう…そう!嬉しいなあ。君が高等教育に進む時はぜひ僕の授業を受けて欲しいよ!今まで女子生徒を持ったことがないからね!」
「そう…なんですか?」
「それどころか、授業をする度に生徒が減っていくんだ。腕だけ残った遺体写真を出すあたりで倒れる子もいるし…」
やべースパルタな授業だなおい。そりゃ減るよ、女の子も来ないよ。吐き気しかやって来ないよ。
でもすっっっごい面白そう。
「…私、今から耐性を付けて先生の授業に耐えてみせます!」
「ありがとう!…えっ耐える?何に?」
かくして、無事本の入手に成功し、その内容で食欲が落ちて3キロ痩せ久しぶりに再会したツヴァイを心配させることになった。
28話で初登場した先生の回です。
あと5話以内には1年生編を終えて高等教育編へ進む予定…です。最低でも10話以内には進ませます…。




