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「…ですから、教会にある女神像とは太陽神へ身を捧げたシスターのあの世の姿なのです。もちろん誰でもなれるものではなく、清く、正しく、己を律する強い心を生前常に持ち続けた方がなれます」
自身もシスターである女性教師の凛とした声が教室に響いた。
週に一度の宗教学の授業中だけれど、生徒の集中力は見事に分散していた。
学園の授業はといえば、一言で言えば退屈だった。もちろん前世で一通りやっているのもあるけど、ジルから教わった内容が進み過ぎていたからだ。
なによ、もっとサボっても全然大丈夫だったのに。
そんなジルへの悪態を密かにつきながら、態度には出ないように手元のノートへ書き込みをしていった。
真面目にしておいて損はない。
シスターが黒板へ記入するためにこちらへ背中が向くたびに、空いた椅子を数個挟んだ隣ではクスクスと隠れてお喋りしている女の子達。
多分それ、バレてますよー。
自分が教壇に立ってみれば分かるが、意外とこういうのはすぐ分かってしまう。
それを指摘しないのはシスターの優しさなのか、はたまた…。
忠告する気もないので放っておく。放ってはおくんだけど、嫌でも会話が耳に入ってくる。
最近気付いたんだけど、ユーメリーはどうやらかなり耳が良いらしい。相手がこっそり話してる内容もつい聞こえちゃったりする。
「今日もアデラール王子、かっこよかったわ」
「フェルナンド様も」
「私はエミール様が好きよ」
あーっよくあるやつ!中学とか入学したてでよくあるやつ!
まあこれだけ顔の良い御仁が揃っているんだから、憧れますよね。
「ねえ、もし結婚するなら誰がいい?」
「それはもちろん、アデラール王子でしょ。王族だし」
「プルメリア公爵家に行きたいわ」
「ええ?アルノー様、太ってるじゃない」
「でもお金持ちよ。ドレスや宝石をたくさん買いたいの」
「確かにお金も大事よね」
耳だけ傾けているので顔は分からないが、3人でお喋りしているらしい。
お金かあ。公爵家だから心配していなかったけど、もしまかり間違って勘当でもされたらどうしようか。
貴族の女の子は、後継である長男の嫁にでもならない限り安泰とは言えない。
もちろん家業が傾くことがあればその長男も安心とは言えないが、高給取りな人の妻でないと自分の食い扶持は自分で稼がなきゃいけなくなる。
高給取りで最初に浮かぶのは、この世界では医師か研究者。どちらかになるか、その妻になれば将来は安泰と言えるだろう。
貴族の次男や三男は、頭が良ければ医師か研究者を目指すが大体は騎士になったり商会で働いたりしており、そうなると決して高級取りになれるというわけでもない。だからその奥さん達も大体、内職や手に職を持たないといけない。
そんな背景もあって、女の子はより高貴な生まれの長男との結婚に憧れを持つ。私はお茶会や社交界に出るより働いた方がよほどましだと思っているけど。
「もし私がアデラール王子と結婚したら、毎日外国のお菓子を振る舞うお茶会に招待するわね」
「フェルナンド様と私が結婚出来れば一緒に王城暮らしが出来るものね。毎日行くわ」
「なら私は、2人に大きな宝石をプレゼントする!毎月ね」
「ふふふっ素敵ね!」
随分と夢見がちな女の子達だ。彼女たちもまだ10歳なのだから仕方ないか。
羨ましがられたり、たまに邪魔者扱いされたりもするけどなんやかんや言って外側からやいのやいのと噂する方が楽しいと思う。
私ももし当事者ではなく外側の人間だったら、彼女たちのように多少の夢くらい見て………ない、と思うけど。
「なのにどうして、あの子が婚約者なのかしら」
「あんなに地味なのに、不思議よね…いくら公爵家だからって、王子にも選ばせてあげたらいいのに」
「分からないわ、同じ学年なんだもの。見初められてしまうかもしれないじゃない!」
「えー!もし私が選ばれたら…」
「あなたはフェルナンド様ではなかったの?きっと選ばれるのは王子一筋の私よ」
きゃいきゃいと小声ながら言い争いになっている。そうね、有り得ないことではないね。王族には側室というものが付きものだもの。
もちろん彼女たちが望んでいるのは、王子からただ1人だけ愛を囁かれる立場である正室だというのは見て取れるけれど。
卒業と同時に、学園内から側室として何人か掻っ攫っていくのも手だろう。私の知っている、ゲームキャラの王子なら多少やりそうだけど、今の時点ではその気配すらない。
「はい、今日はここまで。渡した問題は来週回収します、忘れないように」
隣で戯れる女子達の会話に、心の中で勝手に相槌を打っているうちに授業は終わった。
今日のところは授業はあと一つ。明日は休みだから、気になる本の続きを早く読むためにも張り切って授業受けて、さっさと帰ろう!
「なーんで我慢出来ないかなー…」
薄暗くなり始めている外を、自分の教室から眺めながらごちる。
本当、人間とは欲望に抗えない生き物だっていうのをまざまざと見せられた気分だよ。
ずっと同じ体制で座っていたお尻は、少し動くだけでもかなりの違和感を覚えた。
じ、っと手の中の、時間泥棒の本を見つめたところで特にどうなるわけでもないのに、ついじっとり見つめてしまう。
君がいけないのだよ、君が。
面白すぎる本、っていうのはもう犯罪みたいなものだと思う。
…さ、1人で本に話しかけてもなにも変わらないし、寮に帰るとしましょう。
教室を出てたまたま近くにいた騎士に、見送りを頼めないかと聞いたところ二つ返事で了承してくれた。
そういえば、女の子の中には好みの騎士様に見送りしてもらったり、街に出るときに同伴してもらったりしてる、というのを聞いた。
「では、見送りする者を呼んできます」
「はい…、え?えーと、声をかけた方が見送ってくれるわけではないんですか?」
「普通はそうですが…けど、俺…じゃない、私のような者では粗相をするかもしれませんので!どうかここで少々お待ち下さい!」
青年は、慌てた様子で走って行ってしまった。
ぽつん、と取り残されて、すれ違った先生2人に挨拶した頃、別の男性が走ってくるのが見えた。
「あぁ、すみません、お待たせいたしました」
「いいえ、こちらこそお仕事中ごめんなさい。お願いしますね」
「ええ、お任せください」
明るい茶髪で、体の大きな体格の良い…そして大変見た目もいい男性が来た。
健康的に日焼けしていて、線の細さは一切感じられず体を鍛えていそうな人だ。
顔の彫りの深さも相まって男性らしさがこれでもかと滲み出ている。中東系の顔が好みの方には垂涎ものだろう。
「声をかけた先程の方は、何か別の用があったのでしょうか。私の間が悪かったんですね」
「いえ…違うんです。以前、侯爵家のご令嬢からエスコートがなっていないとご指摘を受けたことがありまして…。私は一応貴族の出ですので、侯爵家以上のご令嬢の場合は皆私に頼むようになったのです」
「…こちらから頼んでしていただいているのに、クレームを入れた女の子がいるんですね?」
「はは!セントポーリア様、私がせっかく言葉を濁して言ったというのに。あまり大きな声では言えませんが、そういうことです」
騎士というのは貴族の次男以下の就職先として上位だが、そのほとんどは平民の出だ。
人や獣と戦うのに礼儀なんていらないし。どの程度エスコートがなっていなかったかは分からないけど、最初の男性の態度を見ると『何か文句言われる前にあいつ呼んでおこう』的な感じがした。
もしかして、いちゃもん付けられただけではないのだろうか。
「ユーメリーでいいですよ。他の騎士様にも、私は特に気にしないので、手の空いている方ならどなたでも構わない、とお伝えしていただけますか?あ、もちろん、今後は早く帰るようにしますけど…」
「それは…申し訳ないのですが、大変有難いお申出です。お言葉に甘えさせていただいてよろしいですか」
「もちろんです」
「はは…あなたのように、心の広い方ばかりなら楽なのですが…」
その苦笑いが、疲労感を感じさせるなんとも言えない表情だった。これは…かなり苦労しているのでは?
お嬢様って大体は蝶よ花よと有能なメイドや執事に囲まれて育っているから、割とわがままな子は多いだろうし…。
騎士をやるのも大変なんだなぁ。
「いつもお疲れ様です」
「…?ありがとうございます」
私には労うことしか出来ない…アーメン。




