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「君は下がってくれないか」
「はい」
紅茶を淹れてくれたであろう使用人を下がらせると、ドアが閉まるのと同時に大きなため息をついた。
「はあー…。ごめんな、予定もあったのに来てもらって」
「いいえ。むしろ、許可いただいてありがとう。楽しい時間でしたわ」
「そうか、それならいいんだ。なんだか最近メリーと話していないなような気がして、呼んでしまったんだ」
まあ、私が避けてたからね。
「私もそう思ってました。何かありましたか?」
「特に何かあるわけじゃない…フェル達といるのも楽しいけど、やっぱり気を抜けられる相手はメリーしかいなくて…」
「ずっと気が張っているんですね。昨日、他の子の物を横取りしてからかっている子を見ましたが、やっぱり王子はすごく大人なんだなって思いました」
「そんなことをする奴がいるのか?」
怪訝な顔でこちらを見ている。王子の前では皆んな大人しいから、見たこともされたこともなくて想像も出来ないのだろう。
「メリーは何かされたりしてないか?」
「私は大丈夫ですよ」
「そうか、よかった。そういえば、授業中に誰も問を答えない時はよく名指しされるんだ…。問題なく解る時もあれば、誰だって解らない時もあるよな?」
「そうですね」
「最近、問いが出る度に答えを言わされるんじゃないかと慌てて考えてしまって…なんだから肩が重いんだ」
「きっと先生の求める答えをいつも答えてしまうので、安心してアデラール様に求めてしまうんでしょうね」
「期待をされるのも王族の務めとはいえ、気が休まらなくてさー…やっぱりメリーとは定期的に話さないとだめだな!」
「あはは…」
勘弁してくれ。
たっぷり2時間、溜まっていたであろう不満を私にぶつけて晴れ晴れした笑顔でアデラールは部屋を去っていった。
ここは王族専用の一室なので、誰かが入ってくる心配もなく安心して止めどなく喋りまくり、何度お茶のおかわりを淹れてあげたか分からない。
一方私は、2時間愚痴を聞かされてかなりぐったりしているわけだけど…。
もう日も少し沈みかけている。早く帰ることにしよう。
学園内は安全とはいえ、夜道を歩くのは避けた方がいい。
あと日が沈んでから帰る時は騎士の人に見送ってもらわないといけなくなっちゃうし。さ、帰ろ帰ろ。
廊下の曲がり角を過ぎると、前から男性が歩いてきていた。大人の男の人で、胸元にネームプレートがある…ということは先生だ。
「先生、さようなら」
「さようなら。何か忘れ物があったかな?」
ふわふわと軽そうな天パを揺らしながら、優しい声で呼び止められる。
柔らかい前髪は顔の半分ほどを覆っていて、分厚そうな眼鏡までかけている。
…前、ちゃんと見えてるのかな?
「いいえ、少しお喋りし過ぎたんです。これからすぐ帰ります」
「ふむ。日はまだ沈んでいないけれど、夕暮れ時は危険だ。僕でよければ送っていくよ」
「え、その、まだ明るいから大丈夫だと思ったのですが…」
「いやいや、君は女の子なんだから。それとも騎士を呼びに行こうか?」
「…いいえ。では、お願いします。お仕事中にごめんなさい」
「いいよいいよー。暇な教師なんだ、あはは」
それは笑い事なんだろうか…。
明るいので1人でも、と思ったけど結局送ってもらうことになってしまった。
柔らかな髪や声とは裏腹に、背の高い…ネームプレートを見たところ、リオネル先生と並ぶと途端に小人のような気がしてくる。
「君は、ユーメリーさんかな?」
「ええ。ご存知なんですね」
「そりゃあ、公爵家の方の顔くらいは分かるよ」
少し小走りで先生の隣に行くと、おっと、という声と共に歩く速度を私に合わせてくれた。
雰囲気も柔和で、中々子供受けしそうな先生だ。保育士とかの方が合っていそう。この世界に保育士はいないけど…。
「すみません、私、リオネル先生のことは存じ上げず…」
「ああ、いいんだよ。僕は高等教育生に教えてる教師だからね、知らないのも無理はない」
「ありがとうございます。そういえば、先程夕暮れ時は危険と言っていましたけど…明るいのに危険なんですか?」
「そうだよ。夜道が危険、っていうのは小さな頃から知っているだろう?」
「はい」
「それは誰しもが知ってるから警戒しているんだ。例えば、子供の誘拐事件のおよそ6割は夕暮れ時に起きているんだよ」
「えっそうなんですか?」
ふふん、と顔色は見えないが、声色の感じで得意げに話している。割と子供っぽい人みたいだ。
「そうだよ。子供だけで夜道は歩かせないけど、友達と遊んだ帰り道でよく誘拐される。夕暮れ時は西日が強いだろう?それが影を深くして、相手の顔が見えづらくなるんだ。だから君のように、まだ明るいからと1人で帰ろうとするところを…、ってごめんね、御令嬢にする話じゃないね…」
「へえ…とっても興味深いですわ!」
「ほ、本当?嬉しいなあ。女性にはあまり見向きされない話だから」
まあ、そらそうだろ、というツッコミはさておき。
照れているのかぽりぽり頭をかくたび、ふわふわの髪の毛が揺れている。
ちょっと触ってみたい。
「ユーメリーさんは随分話しやすいねー、アデラール王子も良い子を婚約者に選んだみたいだ」
「…ええ、光栄ですわ」
こっちから婚約破棄したいわあ。子供には荷が重すぎるほどの期待を周囲から持たれて、それに応えなければ失望される恐怖とともに毎日暮らして。
母親に甘えようにも相手は王妃。気軽に会えず、気軽に話せず、甘えられもせず。
小学校から帰ってきた子供が、キッチンに立つ母親に話を聞いてとせがむような、そんな小さな願いも満足することなく積もり積もって、私にだけ話せるようになって会うたびに愚痴を吐いてるわけだけど。
あまり愚痴を聞くのは得意じゃないんだ…。解放されたい。
「頭もいい、素行もいい、おまけに顔もいい、って教師達の間でも話題なんだ。しかも王族っていうんだから、神様も与え過ぎだねえ。君も誇らしいんじゃないかな?」
「私には勿体ないほど素晴らしいお方です。けれど…相手に何を一番求めるかは、人それぞれですから」
「…ふぅん。さあ、ここまで来れば大丈夫だろう。あまり夜更かしはしないようにね」
「はい。ありがとうございました」
「ああ、あとね。君みたいな可愛い女の子が話を聞いてくれるのはすごく嬉しかったよ。僕の話でよければ、4階の一番端にある教室へ来てくれれば僕はいつでもいるよ。君なら大歓迎だ」
「ふふ、覚えておきますね」
「あはは、社交辞令にならないことを祈ってるよー」
ひらひらと頭の上で手を振りながら、大きな背はだんだんと小さく離れていった。
2月中に4〜6話ほど更新する予定です。
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