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「…メリー、すまない」
「…………え?」
目の前にはどこかしょげている様子の第4王子。続く言葉があるのかと幾ばくか待っていたが、言葉にならないのかどう言葉にしていいのか分からない、といった面持ちで僅かに動く唇が言葉を紡ぐことはなかった。
…ん?なんのすまない、なんでしょうかね。あれか?出会って3日で婚約破棄とか?
今日も昨日と同じく、朝一で城に来ていきなりコレ。なんなの?破棄ならすまないどころか嬉しすぎるんですが?
「アデラール王子。ユーメリー様が事情をお聞きになりたそうにしていますよ」
「あ、あぁ…そうだな。挨拶も無しにすまない。とりあえず座ってくれ」
「失礼しますわ」
って座ってみたはいいものの。目線を合わせてくれない。
「…一体どうしたんです?私、自分でも怒りっぽくはないと思いますので理由を聞かせてもらえません?」
「ああ…その…母上にな、メリーとどうだと聞かれたからこの2日間のことを話したんだ。とても楽しかったと」
「はい」
「………こっぴどく怒られてしまって」
「はい?」
「女性をエスコートして楽しませるのが紳士たるものだというのに、一体どういうことかと。それと、女性は朝の支度に時間をかけたいものなのに朝一番で来させるなど言語道断…頭の良さを気遣いに回せないのか…と…」
おお…お妃様怖そうだなぁ…。やっぱり王子も8歳か、お母さんは怖いよな、うん。そんなに怒られたら凹むのも分かるよ。
「あ、ええと、私も楽しませてもらってるので一切気にしてないですし…またゲームしますか?」
「あれは母上に取り上げられてしまって無いんだ。本当にすまない…」
「そんな頭を下げないでください…大丈夫ですって…」
「あんなに一緒に頑張って作ったのに…いや、それもダメだな、私よりもメリーを楽しませないといけなかったのに…」
…随分ネガティブな王子だな。この子本当に俺様キャラに育つの?
「アデラール様、私のことでしたらお気になさらず。訪れる前は不安だった城への訪問も、不安がすっかりなくなるくらいアデラール様と楽しむ時間を過ごしました。
残り2日間しかないんです!今日も楽しいことをしましょう。アデラール様とは気軽に会えなくなってしまいますし…」
「…そうだな。そういえばもう2日間も過ごしてしまっていた。メリーにはずっと居てほしいくらいだが…、今日は何をしよう。母上にきちんと段取りを考えて迎えろと言われたのに、ゲーム盤を取り上げられてしまったことで頭がいっぱいで…その…」
また顔が俯き始めている。しょげてる姿は年相応でそこそこ可愛げあるなぁ。
「もー!その話は終わりです!さあ王子、お手を!」
「えっ」
思わず立ち上がって王子に手を差し出しちゃったけど、よく考えてみれば立場逆だったわ。男性側のエスコートの仕方やっちゃった。
しかも王子も戸惑いながら私に手、乗せちゃったよ。エスコートするしかないじゃん。ちょっとジル、隠れて笑ってんの見え見えだからね。よくみれば王子の従者も吹き出しそうになってる。
「……」
「……」
「あっこうしましょう。ごっこ遊びをしましょう。今日だけ男女の役を交換するんです」
「…男なのに女役か?」
「はい。王妃様に女性のことを考えてって言われたんですよね?実際になってみればいいじゃありませんか。楽しそうですし」
「…嫌だなあ」
「身長的には私の方が少し上ですが」
「ヒールのせいだろう!?」
「それを差し引いても少しそのぉ」
「………すぐに追い越す!!!そもそも子供のうちは女性の方が成長が早くて!」
「分かってます、分かってますって。アデラール様ならすぐに大きくなりますよ。王様も背が高いですし」
「…そうか?本当にそう思っているか?」
「もちろんですよ」
結構王子も人並みにコンプレックスがあるみたい。うーん、子供らしい方がやっぱり魅力的だ。実際子供なんだし。
「人に見られるの恥ずかしいかもしれないので、一旦お付きの方々は部屋を出ていただけますか?ちょっと2人きりになりたいんです」
「もちろんですわ。アデラール王子をよろしくお願いいたします」
微笑ましそうにこちらを見て、廊下へ移動していった。
「アデラール様」
「なんだ」
「もしかして、今のアデラール様って本当のアデラール様じゃないのでは?」
「………」
「さっき、少しですけど話し方がいつもと違っていたので。なんとなくですけど」
「早く兄上達のようになりたいだけだ…。いや…本当のことを言うと、ああいう話し方だと周りが褒めてくれるから…自信がなさそうにしてると教師に怒られるし…」
「今は誰も見てないですよ。大丈夫」
少し強く手を握ると、一瞬自分の手を驚いたように見たが拒否されることはなかった。
「メリーの手、あったかいよな」
「女性は冷え性の人多いんですけど、私暑がりなんです」
「母上の手は少し冷たいんだ…それでいつも少し心配になる。だからあったかいと安心する。…メリー、メリーの前では俺、王子ぶらなくてもいいかな?」
「ええ、もちろん。私達はパートナーです。不安があれば聞きますし、何かあれば遠慮なく言ってください。それに、こーんなにいっぱい人がいる城の中で王子様ぶるのって、すっごく疲れません?」
「そう!疲れるんだ!毎日教師はやってくるし、大人の言う通りにしないと授業が終わらない!ちょっとでも変なことすると近くにいる大臣や執事に色々言われるんだ!だから仕方なく…人目があるとついあんな感じになるんだ…」
大人がいると条件反射であんな感じになっちゃうのか…。詰め込み教育も考えものだね、こんなにストレス感じてちゃ流石に可哀想だわ…。
「…ごめんな、メリー…俺といてもあんまり楽しくなかったろ?」
「そんなことないです。楽しかったです。私、自分でゲーム作るのなんて初めてだったし。あんなに夢中になれるとは思いませんでした。嘘じゃ無くて本当です、本当の本当です」
「うん…俺もさ、すげー楽しかった。ずーっと寝るまで一緒に遊びたいくらいに。メリー、ありがとな。来てくれて本当よかった。お礼したいけど、どうやったらメリーを喜ばせられるか分からない。母上の好きなパイを持って来ようか?バラ園でも行くか?あとは…」
「あー待って待って。たしかに女性は喜びそうですが、目の前の女性に合った対応をいたしませんと。今だけ、アデラール様はエスコートする側からされる側です。さ、まずは一曲踊りませんか?」
「お、踊る?音楽もないけど」
「アデラール様、ダンスを楽しんだことはありますか。あと、ダンスは密着していてこそこそ話すのには最適。体を動かしながら口も動かすと口が滑らかになって色々素直に話せるんですよ」
そっと手を差し伸べ、待つ。
「…そう、なのか?」
「私と踊っていただけますか?」
「やっぱり俺が女性側か…」
「もちろん。アデラール様はいつもは周りの方々を引っ張らなければいけない立場ですが、今日は私にリードさせてください。ワルツの基本ステップを踊りましょう」
「ああ」
「あら、アデラール様。腰が引けていますよ。もっと近くへ」
「う、うん」
「さ、1.2.3…1.2.3…1.2.3…はい、ここでターン」
「おお?」
「女性側になってダンスをするのはどうですか?」
「メリーのリードが上手いから体が勝手に動いてくれる。一緒に踊る日が楽しみだ」
「たくさん練習した甲斐があります」
「…初めて、本当の自分で人と会話をした気がする。こんなに楽になるのか…」
「今までの王子然とした感じも、王子たる器として威厳がありますが…素のアデラール様も、同じ年の子としてとっても素敵ですよ」
「そ、そうか?王子の俺がこれでもがっかりされない?」
「大人たちの前では無理だとしても、親しい者達の前では大丈夫です。同じ年頃のお友達はいらっしゃらないのですか?」
「クンシラン公の子息、フェルナンドとはよく会うが…あんまり好かれていない気がする」
「ぜひ素のアデラール様で会ってみてください」
「…嫌われたらどうする」
「その時は私が愚痴をお聞きしますよ。私はいますから」
「…わかった。次会った時に話してみる」
「いいお友達になれるといいですね」
「メリーは、なんていうか…話しやすい。俺の前だとみんなあまり喋らなくなってしまうのに…何かコツとかあるのか?」
「うーん、そうですねぇ…たとえば、最初はYESかNOで返しやすい質問をします」
「ああ」
「それで、次に返答があったことに対してより深く聞いていきます。あなたのとこが知りたい、話を聞かせて?って感じで。みんな心の中ではおしゃべりなんですよ。でもそれを口に出していないだけ。相手が何を話したいかを、少しずつ探っていくんです」
「なるほど…たしかに、なんにも考えていないなんてこと無いもんな。じゃあ、例えば最初は天気の話から始めて、相手の領地の天候へ持って行って、日頃領地では何をしてるのか、みたいに会話を広げていくんだな」
頭いいなあ、少し言っただけでもう自分のものにしてる。さすがは神童。
「まったくその通り。もう何も教えられることはないです」
「ああ…人と話すのって、こんなに楽しいんだ。いつも嫌だな、って思ってたけど。メリー、今日も俺ばっかり楽しませてもらってごめん」
「アデラール様。私も、素のあなたと話せた大変有意義な楽しい時間ですよ。今日会えたこと、本当に嬉しいです」
「…ありがとう。なあ、メリーも素で話してよ。俺もメリーの素の方を見たい」
「うーん…私、本当はお淑やかじゃないですし、気も強いし、言葉遣いも悪いんですよ」
「あはは!いいなあ、見たい」
「手紙で話す時や…2人の時なら、いいですよ。あ、遠慮なくずけずけ言っていいんですよね?」
「もちろん」
「私もこれで楽になります。ありがとうございます」
部屋の中で動く2つの小さな影は、飽きることなく。留まることなく、いつまでも、滑らかに心弾むように動いていった。




