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約束

 この街を案内したあの時、エマは笑っていた。あの時の笑顔は嘘じゃなかったと思いたい。でも、エマはそんな小さな、普通の幸せをこれ以上望むことも許されないのか。

 死を望まなければならないほど、エマの世界がそんな理不尽なものなら、そんな世界は許せない。


 京介は一人の女の子に死にたいとまで言わせるこの世界にどうしようもなく怒っていた。そして、京介は痛みに悲鳴をあげている自身の体を無理やり起こし、エマに向かって走り出していた。


「あ、あァあああああ!!!」


 罅割れた声を上げ、エマは京介に焔を放った。だが京介は避けることをしない。


「俺、助けるって言ったんだ。もう、約束は破りたくない。自分の言葉を嘘にしたくない!!」


 手にした鉄パイプで迫る焔弾をことごとく薙ぎ払い、弾き消す。最早京介は他にも考えていなかった。ただ、この力でエマの呪いを打ち消すことだけを考えていた。


「え?」


 いつの間にか、京介の目の前は黒く閉ざされていた。

 視界全てが闇で覆われ、胸が締め付けられるように、痛い。

 焔に包まれた筈なのに、体がとても冷たい。


「俺、どうなったんだ?」


 先ほどまでの場所に自分は立っていない。エマも、朔もここにはいない。

 不安、焦燥、恐怖。京介の中に、これ以上立っていられない程の、様々な感情が渦巻く。


 どろり、ぬるり、ぐにゃり。重く、粘着質な液体に纏わりつかれるような、不快な感覚に襲われる。

 

 嫌だ、これ以上、ここに居たくない。


 京介は必死に叫び、絡みつく何かを振り払い、闇雲に歩き出した。


「ハアッ…ハあ…。」


 が、どこまで行っても闇は晴れない。光は見えない。


「何だよ、これ!」


 必死に叫び、逃げ出そうとするも叶わず


「――ッあ!」


 京介は躓き、そのまま倒れた。

 しかし、痛みは感じなかった。それに、もう自分が立っているのか、倒れているのかも京介には分からなくなっていた。


「もしかして、俺、死んだのか?」


 自分の体も闇に覆われて見えず、完全に無音の世界。自分と周囲との境界が曖昧になって行く。


「う、ぅあ…」


 その時、京介は聞いた。ずっと離れたところで音が、いや苦しげな声が漏れるのを。


「その声、エマ、なのか?」


 だが、音はどこから聞こえたのか。分からない。わからない…。


「……ネ。死、…。死ねぇええぇええええ!」

「――――!」


 今度は確かに聞こえた。


 エマはずっとこんな世界に一人でいたのか。


「俺はブラックドール事件の犯人って疑われて、孤立していた。惨めで、悔しくて、差しのべられた手すら拒絶して、一人で勝手に腐ってたんだ」


 そんな、暗闇に閉じこもった自分を無理やり日の当たる場所へ連れ出してくれたのが、エマだった。


 屋上から飛び降りさせられるわ、カフェで散財させられるわで、とにかく無茶苦茶な奴だけど、いつのまにか気持ちが楽になっていた。


「俺、救われてたんだな、お前に」

 

 気づいてしまった。


「だったら今度は俺がお前を救う番だ!」


 何も見えない世界で、京介はただ、声がした方へ走り出した。


「うおォぁぁああ!」

「―――――――!」


 京介は放たれた黒焔の波を抜け、そのまま躊躇なくエマの元まで走り寄り、彼女がその身にまとう黒焔を顧みず、その手を取った。


「本当に、お前の生まれた国は、約束を軽んじるんだな。俺が死んだら、約束、守れなくなる。破ったら二人は悲惨な最期を迎えるんだろ? だったら俺はお前に約束を破らせたくない!」

「――――ッッ! 放、せ! 放せェぇぇエ!」


 黒焔は京介にも牙をむく。だが京介は自身の脳が生み出す痛覚を否定した。

 すでにこの神経は焼き切れていたのかもしれない。でもそれでも良いと、そう思えた。


「もう、悪夢は終わりだ!」

「ウ・・ぁ、う。う、ああああああアアああああああぅ」


 苦しげなエマの慟哭が響き渡る。


「ぐっ!」


 くぐもった声が京介の口から洩れた。呪いは解けず、放たれた拳が京介の胸に突き刺さる。だが京介は掴んだ手を放さなかった。


「pinky promise pinky promise。~~♪ だっけ?」

「―――――!」


 京介の口ずさんだメロディが届いたのか、エマの体から力が抜けていく。

気が付くと黒焔は消えてエマはただ京介に身を預けて思い切り泣いていた。


「う、うぅ。きょう、すけ。京介!」

「ああ、俺だよ。俺が分かるか?」


 涙でぐしゃぐしゃになった顔を上げ


「……分、かる。分かる! お前の声、届いた、よ。約束、覚えていてくれた、んだ、な」

「ああ。大切な、約束だもんな。全部覚えてるよ」

「……ふふ。それにしては、お前の歌、後半の詞、適当、だった、な」

「あれ、そうだったか?」

「……でも、確かに届いた、よ。ありが、と、う…」


 そう言って優しく笑ったかと思うと、エマはゆっくりと瞳を閉じた。


「エ、エマ? エマ!?」

「すぅ~、すぅ~Zzz…」

「って寝オチかい!!」


 そんなベタなことを実際にやってしまう日が来るとは思わなかった。

 エマがあまりにも安らかに眠っているもんだから、何だか脱力してしまった……。


 これで、こんな出来の悪い物語は終わったんだ…。


 気が緩んだせいなのか、無視し続けていた頭痛が耐えがたいほどの苦痛となり、京介を襲う。京介の意識はそこで途切れた。


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