決着
これが咄嗟の、朔の最後の術だった。
『自身の脳細胞を限界まで酷使し、展開させた剣。その全てがエマには通用しない。今の状態での同時操作可能限界数は67本だが、厄介なのはエマの全身を覆う焔。しかし、先ほどの数合の打ち合いで分かったことがある。あの出力を維持できる時間は24秒ほど。だが、今の俺の状態では、展開限界時間は20秒に満たないだろう。それ以上√を使えば、脳が耐えられない。圧倒的に手数が足りない……』
最高能力者の朔だが、そのメモリにも限界があり、同時に操作可能な剣は有限。複雑な動きをさせればさせるほど、その数は少なくなる。
確かに剣の操作数は有限。だが、精製するだけならば、無限に近い数を可能としている。通常ならば、剣を奏射する際には剣を操作する必要があるため、いくら無限に精製できても意味はない。が、上空から奏射する場合ならば、どうか。
敵の頭上で精製を行い、そのまま剣への操作を解けば。
あとはこの世界の絶対の法則。そう、重力が剣を敵に向かわせる!
京介の目に、雨のように夥しい数の剣が降り注ぐのが映った。その数は視界に納まりきらないほど。エマに逃げ場はどこにもない。
だがエマにとってそれは何でもない通り雨のようなものだった。その場からまったく動かずに、焔を頭上に展開し、降りしきる剣の雨、そのことごとくを防いでいる。
上空からの、しかもあれほどの夥しい剣雨をも防ぎ切ってしまうほどエマの√は強力なのだろうか。あれが、突然屋上に飛んできたちょっと世間知らずで天然入ってたエマだっていうのか。クロトはエマに一体何をしたんだ。√ってのは人間をここまで戦闘人形に変えてしまうのか!?
京介は信じられずにいた。でも、このまま戦いが続くと間違いなくどちらかが死んでしまう。そんな焦りはひとかけらのノイズとなって京介の心に奔っていた。
京介は目を閉じてしまう。最悪の想像をして脳裏に浮かべた映像に、心が耐えきれなかったから。
だが、次に目を開けるとそこには信じられない場面が展開されていた。相変わらず剣雨は降り続いているが、それを受け止めているエマの背後に、上空にいたはずの朔が迫り、エマの体を横一文字に断絶すべく剣撃を繰り出そうとしていた。
それは先ほどまでの中空に踊る剣と比較にならないほどの速さだった。にもかかわらず、何故かひどくゆっくりとした、コマ送りの映像を見ているかのようだった。そして朔はすべてを刹断するだろう一閃をエマに放つ。
朔の剣がエマを捉えた、そう思ったが…
「ぐ!!」
「つぅかまえたぁ~。あハはぁ」
エマは朔をも上回る速さで、朔の剣撃を片手で受け止め、その剣を焔で溶かした。
「く、そ!」
朔は咄嗟に蹴りを放った。が、その一撃は空しくも標的を失い空を切る。
エマはいつの間にか朔の背後に立ち、薄い唇を歪めて朔の両肩を掴んだ。
「う、ああああああぁぁぁぁ!!!」
「あはははははははははハハハハぁ」
エマは朔の両肩を掴んでいるだけだが、呪いとも言うべき黒焔が朔を蝕む。その間にも朔の剣はエマを切り裂こうと殺到していたが、空しくもすべて焔によってかき消されていた。
「朔!!」
このままでは朔が持たない! 既に勝敗は決している。凶焔は勢いを増していく。だが、エマはまるで獲物の苦悶を味わうかのように、じわりじわりと朔を炙っていく。
「あ、あ・・唖ア、ぁ…」
朔の瞳から光が失われつつあるように思えた。朔は自らを蝕む痛みにより、まるで狂ったように、何度も剣を無数に生み出しては、エマを切り裂こうとしているが、そのことごとくが焔に呑まれてしまっている。
朔の腕はだらりと下がり、その身体から戦う意思も零れ落ちたかに見えた。
「エマ、お願いだ、止めてくれ! お前を操ったクロトはもういない。そろそろお前が自由になってもいいだろ!」
京介は無我夢中で叫んでいた。その時、時間が一瞬止まった。否、エマが動きをとめ、その焔が溶けるように消えた。
「声、届いたの、か?」
だが、エマはその右腕を京介に向けたかと思うと、表情をまったく動かさずに何かを唱えた。
瞬間、京介の視界は黒に閉ざされた。同時に、脳の許容範囲を超える程の凄まじい痛みに襲われる。
「ギ、あ唖ぁあアアアアアアアア!!!!! エ、マ…」
エマは俺にその凶気を放ったのか……。




