乱れ散る焔刃鳴(ほむらばな)
「くそ。くそ。くそ。動け! 動けよ!!」
口の端が切れるほどに京介は歯噛みした。が、抵抗空しく、指先すらまともに動いてはくれない。
ただ、心臓が何かに抗うように、もがくように早鐘を打っていた。それがどうしようもなく痛かった。
何故俺は何もできない。何故操られているだけのエマが殺されなければならない。俺は超能力者の学院で取り残されて、まるで暗闇で彷徨っているようだった。
皆に笑われているようで、バカにされているようで。そんな時、目の前の少女はいきなり地上から飛んできた。非常識すぎて笑うしかなかった。そいつは超能力なんて使えなくても良いと言った。
偉そうで、バカで、無鉄砲で。でもすごく良いやつだと思った。そんなエマに俺はすごく救われたんだ。でも俺はどうなんだ? 俺はそんなエマを救うことはできないのかよ!?
目の前が紅く染まるほど京介はもがき、抗った。しかし、そんな抵抗を無視して、無慈悲に無感情に、朔の剣はエマに殺到していた。
その数瞬はまるでコマ送りになったかのようで。乾いた空気が悲鳴をあげるように軋み、剣は舞う。エマの顔の両側から左右対称に斜めに入る斬撃。
左肩から右肩、胴、脛、さらに刺突。あらゆる角度からの鉄の抱擁。それは人肌の温かさとは無縁なものだった。だが
「喜死。キしキシキシ。」
エマは嗤っていた。この状況が可笑しくてたまらないように。まるで壊れた機械のように…。
「dulcis mors(遠く儚い幻想花)」
少女は空に向かって捧げるように何かを詠った。瞬間、エマの姿が黒い焔に包まれた。
突如現れた黒い凶気に触れた瞬間に、殺到する剣は触れた先から溶けて飲まれていく。
朔を執行部の隊長たらしめている多重剣撃一斉奏射。
これまで、その無数の剣の奔流にて対峙した術、敵は全て葬ってきた。
だがしかし、今目の前にしている少女が生み出した焔は、かつて朔が見たこともない術式構成、威力を有しており、剣はまるで刃が立たず、全てゴミのようにかき消されてしまっていた。
しかし、朔は動揺を見せず、すぐに新たに剣を無数に生み出して、それらをまた矢のように打ち出した。
「な…んだ、これ。現実なのか?」
自然、京介の口から零れたその言葉はあながち的外れではないだろう。
朔とエマ。これがテレビ越しの光景であったなら、古臭いファンタジーアニメだなときっと思った。
でも目の前のこれは現実だ。それは痛いほどに、穿たれた両手が訴えてくる。
目の前の二人は完全に相手の命を摘み取るように戦っていた。
エマは悠然と構え、防御しつつ焔球を撃ち出し朔を攻撃。対する朔は、それをギリギリで躱しながら、続けざまに剣を奏射していく。
接近戦に持ち込むのはあまりに無謀。触れただけでこの身体は焼滅させられる。
朔はそう考え、距離を保ち剣を撃ち出し続ける。更には、地面を切り裂き、舞う石つぶてをハッキングし、あらゆる角度からエマに撃ち込んだ。
その戦いは目では捉えきれないほどの速さ。身に余るほどのエネルギーを内包していた。朔の剣の速さは亜音速にまで達している。常人ならば、反応することすら叶わず串刺しの筈だ。
しかし、エマは尚一層狂ったように嗤ったかと思うと、両腕をダラリと前に出し、ゆらゆらと体を揺らして悠然と剣を待つ。
そして、エマの両手、両足が黒焔に包まれたと思えばエマも人を遥かに凌駕した速力で無数の剣を、石を、その身体ひとつですべて叩き落とした。
その姿は剣と戯れる子供のようだ。そして、子供が、捉えた生き物の命を毟り取る時のような無邪気な顔を浮かべ、朔の命を摘み取るために、再びその凶焔を放った。
朔はかつて対峙したことのない程の強力な能力を前に焦りを隠せないでいた。
「くそ。何だこの焔のデータ構成は。先ほどと全く異なるパターンだ。解析できない!」
朔は焦りを隠し切れずにそう口にしていた。
迫る焔を躱しながら朔は確信していた。これは触れただけで全てを飲み込む凶気だと。
歯噛みしながらも、回避行動を取り続けるほかなかった。
ほんの少しの焦りを見せた朔だが、次の瞬間には体制を立て直し、新たな戦術を練る。
無数の新たな剣を展開し、それを空中で静止させたかと思うと、朔自身も地面を蹴り、剣を足場にして空中を駆けあがって行く。
焔は朔の後を追うが、朔はすさまじいスピードにて旋回、迫る焔のことごとくを回避して――
「くッ!」
だが、エマの連弾のひとつが服の端を捉え、衝撃で朔はバランスを崩し落下していく。
「はアッ!!」
一振りの剣が、朔の掌を貫いた。そして朔は、剣を掌で固定しつつ、剣の推進力で以て態勢を立て直し、再上昇していき、ついには見えなくなるほどに高く飛翔していった。
空からは朱い雫が零れた。
朔の覚悟は本物だった。あれほどの出血をしながら、朔は声一つ挙げずにただ目の前の少女を殲滅対象として対峙し続ける。
―――もう、いいじゃないか。こうなった以上、最早俺なんかに、エマは救えない。あの朔が本気なんだ。きっとエマは死ぬ。でも、そうなったら、俺の命も助かるんだ―――
(また、諦めるのか?)
―――もう、いいじゃないか。俺は正義のヒーローじゃない。物語の主人公でもない。ただの高校生だ。それに、エマとはたかだか数日前に会ったばかりで、少し話をしただけじゃないか。どうして俺が命をかけなきゃいけないんだ。もう十分だ。あとは朔に全て任せればいいじゃないか。俺は良くやっただろう!―――
(また、逃げるのか?)
諦観が広がっていくのを感じる。京介は知らず拳を固く握りしめていたことに気付いた。
「俺は、一般人だ。ここから逃げ出したって良いじゃないか!」
痛む体を無理やり起してみると、不気味なほど辺りが静まりかえっていることに気づいた。
焔も届かないほどの高さに朔はいるのか、エマは色を失った瞳を空へ向けてただ佇んでいる。
唐突に訪れたその静寂は痛いほど静かで、控えている嵐を予感させるような、強力なエネルギーを秘めている気がした。
京介は、もう楽になりたいと思い始めていた。何故自分はこんな目に合わねばならないのか。
その時、唐突にざあぁぁと雨音が空に響いた。




