覚悟の剣
今や完全に黒く染まった焔は、自身の役割が終わったとばかりに虚空へと消えた。そしてそこにエマは、虚ろな目でこちらを見るともなく立ち尽くしていた。
「……エマ、おいエマ! どうしたんだよ!?」
「……ぅ」
エマは呼びかけに対し全く無反応だった。が数拍置いて、小さく声を漏らした。
そして、軋んだロボットのような動きで手をこちらに掲げた。
「ァ、ぁあアアああああああああ!!」
「――京介!!」
あまりの事態に呆けていた京介を、咄嗟に朔が庇い地面に引き倒した。
仰向けに倒された京介の眼前に黒い焔の波が通り過ぎて行く。
焔に触れた草や木、川の案内板などは一瞬で消し炭になり、跡形もなく崩れ落ちる。それは紛れもない殺意、だった。
「エ、マ? な、んで?」
「あ、ぅあア!!」
エマは苦しそうに頭をかきむしり、光を失った瞳を覗かせた。
「……やむを得ない」
「…え?」
呟いた直後、京介が反応する間もなく、朔は先ほど生み出した無機質な剣を手にエマの背に回っていた。
「―――朔!?」
「檻からの解放(abicio cogitatio)!!」
剣はエマの体を貫いていた。
「あ……ぁ」
幼馴染が少女の命を奪う場面。
「…………」
訪れた静寂。全てが終わった、と異なる意味合いで朔と京介は思った。
「あっはははははhハハハ刃刃刃刃刃刃刃刃刃刃ァあああ」
静寂を壊したのは、朔の長剣に一突きにされた筈のエマだった。エマは自身に突き立てられた剣に手を当てると、たちまち剣は焔に包まれ、剣は幻に還った。傷跡すら残さずに。
「――――?!」
咄嗟に朔は距離を取り、京介を守るように立ち、エマと対峙する。
背中越しにもその焦りが京介に伝わる。
「やむを得ないな。……製剣」
朔は新たに大量の剣を展開させていき、そして両の手で剣を掴み取った。
「…っ! 朔、何のつもりだ!?」
京介は朔から漏れ出た、冷たく研ぎ澄まされた殺気を感じ、問いを投げる。
「……彼女はすでに脳髄まで奴に支配され、自我を失った殺戮人形と化した。このまま放っておけば犠牲者は際限なく増え続けてしまう。京介、俺には青月市を預かる部隊長として、この事件を終わらせる義務があるんだ」
「……何が」
「…?」
「何が義務だ。終わらせるだ! 朔、お前エマを殺すつもりなのか? 嘘だろ? エマは、あいつに操られてただけだろうが!」
京介は激高し、掴みかからんばかりの勢いだった。対して朔は答えない。あくまでも視線はエマに向けたままだった。
「お前銀色の魔弾の隊長なんだろ、有名なんだろ。すごいヤツなんだろ! エマを元に戻してやってくれよ。助けてくれよ!!」
京介は朔の外套を掴み、言った。頭の中はぐちゃぐちゃで、何を言っているのか自身でさえわからなくなっていた。
「京介…。彼女は放っておけば際限なく人を襲う化け物と化した。銀色の魔弾はバグや犯罪能力者を処理しなければならないんだ…。これ以上犠牲者をだす前に、こうするしかない」
朔はギリ、と歯噛みしていた。
「……何で」
京介は、知らずうちに涙を滲ませていた。
「何で、朔がそこまでしなくちゃいけないんだよ? 誰かを殺すか、殺されるか。そんな――」
「京介。俺達銀色の魔弾はこの弾服が死装束となることも、返り血で朱く染まることも覚悟して袖を通している」
朔の銀色のコート。それは良く見ると、細かい傷がいくつも付いていた。
「でも、それでも、もっと良い方法があるんじゃないのか?」
「……全てを解決できる魔法はこの世には存在しない。俺達人間は、少ない選択肢の中から、より犠牲の少ない方法を取ることしかできないんだ!」
「……魔法なら、あるだろ。俺、ずっと思ってた。√って、俺が昔夢見た、まるで魔法のような力だって。でも、もう夢じゃない。俺も、使えるようになったんだ!」
京介はそう言って泣き笑う。
「…√、か。だがこの力は万能の魔法などではない。それに京介、お前は自分の√を完全に把握しているのか?」
「…ああ。俺の√は他人のハッキングを“否定”する。お前の剣も、クロトが残した狂化も。全部俺が否定してやる!」
京介はそう言って力を手にすべく、それが眠る場所、己の内面世界へと意識を向ける。
「――!? よせ! 目覚めたばかりで、力を無闇に使うな!!」
朔の言葉はしかし、京介には届かなかった。
――俺の能力ならエマを、この事態を修められる!!――
あの感覚を再現するために、京介は再び神経を集中させようとした。が
「―――?! あぐッ、ぅ、あ…」
能力を行使しようとしたその時、脳内でガキンと、まるで歪な鍵穴に無理やり鍵を押し入れたような衝撃が奔り、視界が一瞬ぶれ、京介は自身の中の何かが壊れた、気がした。
唐突に体が、まるで糸が切れたかのように力を失い、京介は地面に倒れ伏した。
「――あ、ァ。力が、入らない。……何でだ。どうしてだよ!!」
「……熱暴走、か。忠告を聞かないからだ」
朔はあきれたようにため息を吐いた。が、その顔はどこか安心したようにも見える。
「京介。お前は本当に良くやったんだ。これ以上意識を保つのもつらいだろう。お前がこれ以上、つらい思いをする必要はないんだ。もう休め」
そして朔は数本の剣を京介の周りに、京介を守るように突き立てた。
「…朔、何を? 止めろ」
「ここからは、俺の、“魔弾”の仕事だ」
そう言って朔は京介から意識を完全に離し、覚悟を決めたように唱える。
「……Brionac(自動斬撃)、ブルートフォース(全剣多重奏射)!」
朔が詠うと、空中で待機していた剣が一斉に生を得て、剣先をエマに向ける。
「や、やめろおぉぉぉぉおおおお!!!!!」
京介の割れた声が響いた。己の無力さを呪うことはできても、それが力となるわけもない。何て無力で滑稽なんだ。




