狂い咲け、毒の果実
まだだ。まだ意識はある。京介は落ちていた鉄パイプを固く握り、倒れたクロトに歩み寄り
「もう十分だ、京介」
朔が鉄パイプを握りしめる京介の手を取り、言った。
「……朔」
からん、からん。京介の手から落ちた凶器。残響が耳障りだった。
「俺、死ぬかと思った。でも、俺お、みんなやられるって思うと、訳分かんなくて、それで…」
京介は知らず、涙声になっていた。そんな京介に、朔は安心させるように笑って
「ああ。京介はよく戦った。すまない。俺がクラックされたばかりに、お前につらい思いをさせてしまった。それに、エマ。どんなに謝罪しても詫びきれないが、本当にすまない。君を犯人と誤認して、あやうく取り返しのつかない過ちを犯すところだった」
朔は京介とエマの前で深々と頭を垂れた。
「…いや、頭を上げてくれ。私自身、あの男に操られているなどと思いもよらなんだ。お前達は皆を守るのが使命だろう。立派にやり遂げたじゃないか」
京介が言葉を選んでいるうちに、エマは偉そうにそう言って豪快に笑い飛ばした。しかしそれはどう見ても空元気で、足元はもうふらふらだった。だが、それを見て何故か京介は心が落ち着くのを感じていた。
しかし、まだやることがある。
「朔、こいつ、クロトは」
「……ここからは俺の、魔弾の領分だ」
朔はそう言ってクロトの傍へと行き
「銀色の魔弾はお前をバグと指定した。執行部隊長の名のもとに、お前を抹
消する」
言って朔は耳慣れない言葉を呟いた。それはまるで、物語に出てくる魔法のように聞こえた。
「――――戒めの剣(ensis ergastulum)」
と締めくくると、朔の目の前に一振りの剣が現れた。その剣はすらりと伸びた銀色の直刃。鍔もなく、何の装飾もない。
だが、その剣は今まで朔が振るっていたどの剣よりも鋭く、冷たく、そして重々しい雰囲気を漂わせていた。
「……朔。殺す、のか?」
「………」
朔は何も言わなかった。が、その表情が全てを語っている。
「朔、何もそこまで――」
「京介。俺にお前を殺させないでくれ。頼む」
言って朔は剣を握り構えた。その表情はかつて京介が見たことのない、行き場のない迷子のようで、京介は言い返す言葉を失くしてしまう。
「………ハハッ。しょうがねェな。今回は想定外が多すぎた」
不意にクロトは自嘲気味に笑い、両手を挙げた。
京介は朔を止めることができないか、思考を巡らせた。何も、なかった。
これ以上見ているのが耐えられず、京介は硬く目を瞑る。
「――――カモ、ミール(狂い咲け、毒の果実)」
「―――?」
クロトは唐突に紅茶の名前を口にした。それは以前どこかで聞いたことのある名前だった。
京介は何故この場面でクロトがそんな単語を口にするのかと訝しんだ。
だが
「―――! 詩篇詠唱か!? くそっ」
朔が一瞬顔色を変えたが、ためらわずクロトへ刺突を繰り出した。が
「「「―――!!」」」
クロト以外、その場の全員が起こったことに目を疑った。
エマが炎の壁を展開させ、まるでクロトを守るように朔の前に立ちはだかっていた。
炎の壁はまるで堅牢な城壁のようで、朔は剣に力を込めるが、刃先は1ミリも進まない。ついには壁の圧力に負け、吹き飛ばされてしまう。
先ほどまで、へたり込んでいたはずのエマが一瞬にしてあの距離を詰めて?
いや、問題はそこではない。
エマはなぜ、身を挺してクロトを庇っているんだ?
「私、なんで……。ワタ、シ。う、あああああああああああ」
苦悶の表情を浮かべ絶叫する。その声に呼応するかのように、炎は勢いを増していき、その色は徐々に黒く染まっていく。
「ははははははははは。これでこいつはもう、ただの殺戮人形だ。ほっとけばこいつは見境なしに人を殺しまくるだろうよ。今は俺よりも、こいつを先に片づけた方が良いんじゃね? なあ、正義の味方さんよォ!」
クロトが使う√。施した首輪には特別な術式が組まれていた。
対象者の人格を破壊し尽くし、狂気の感情で脳内を塗りつぶす狂歌術式。クロトの最後の切り札だった。
「待て、クロト! お前はここで、私が」
「黙れよ、クソが。またやり残しだ! お前は俺にとって最悪に目障りな存在。必ず俺の手で殺してやるよ! それから――」
そう言ってクロトは京介を一瞥し
「月見里京介! お前の顔、覚えたぞ。お前も絶対に俺がこの手で殺す!」
燃え盛る炎の向こうでクロトは憎々しげにそう吐き捨て、嗤った。
「クロトぉおおおおおお!!」
京介は何としてもここでクロトを倒したかった。だが炎が邪魔をする。
炎を消すべく、京介は再度力を使おうとした。が、その瞬間、熱した鉄の棒で脳みそをかき回したような耐えがたい頭痛に襲われる。
「ぐ、あ、ぅ」
痛みのせいで、満足に動くことも叶わない。
朔の無数の剣撃さえも全て阻まれ、それでも炎は揺らがない。
「じゃあな。適当に遊んだらそれは壊しても良いぜ。少し惜しいが、プレゼントしてやるよクソが! ははははははははァア!」
そして、クロトの嗤い声は遠ざかり、ついには聞こえなくなった。




