乗っ取られた力
「どういう事だ! あれほどの人数を、同時に操れる訳がない。それに、辺り一体は弾員が封鎖していた筈だ。……! そうだ、京介は何故ここに来れた。それも、お前が…」
朔は痛むのだろう脇腹を押さえながら、声を振り絞った。
朔の疑問に応えるように、クロトは嘲笑いながら群衆のある一点を指さした。
クロトが示した場所に立っている人達は見覚えのある黒い服に身を固めていた。それが意味することは、クロトは朔の仲間すら操っているという事実。
思えばここへ来たとき、この場所は普段と何も変わらなかった。
だが、よくよく考えてみると、それは不自然だ。
朔とエマが戦っていたあの周辺の異常な光景に、人々はまるで無関心に、普段通りに行動していた。そう、まるで日常を演じるかのように。
「おいおい、何キレてんだ? お前ら銀弾だろ。作戦中にやられる事も覚悟しとかなきゃいけねェんじゃねえのかァ?」
「私が怒りを感じているのは、銀の弾丸を胸に刻んだ我らが、貴様のような下衆に利用され、望まぬ行動を取らされていることだ!」
「ははっ。まあ、そう熱くなんなよ。先にこっちだ!」
「――――ッ!?」
そう言うや否や、クロトは猛然と距離を詰め、そのまま京介を殴り飛ばした。が、威力は大したことはなく、膝が崩れることはなかった。
反撃しようと京介は拳を振り上げた。だが
背後から二人の男が現れ、京介の手を押さえつけた。さらにそこから両手を広げさせられる。
その力は桁違いのもので、京介はなす術もなく拘束された。
「京介!」
「くそっ、離せ! 何のつもりだ!?」
「ふふ♪ お前には朔以上にムカつかされたからな。これから俺の気がすむまで嬲ってから殺してやる。お前の大好きな、お友達の能力でなァ!」
そう言ってクロトはニタリと満足そうに笑うと、俺に背を向け朔の方へ歩み寄る。
「なァ、朔ちゃん。お前の√、借りるぜ」
「な!? お前一体…」
「あ、そうか。お前ら、もうすぐ死ぬんだもんなァ。冥土の土産に教えてやる。くぅぅ。これ一度言ってみたかったんだよ♪」
クロトは芝居がかった仕草で朔に向けて手をかざした。その動作をきっかけに朔はまるで高圧電流を浴びたかのように、体をびくんと痙攣させ硬直した。
朔は声を発そうと懸命に口を動かすが、声にならずただ苦しみにひゅう、と細い音を立てるだけだった。それを見てひとしきり満足そうにクロトはうなずく。
「俺の√はなぁ、お前のと違ってちっぽけなモンだったよ。でもなァ、見ろよこの状況。俺だって、隊長だろうが何だろうが殺せるんだよ!」
クロトの√、zombie powder(蹂躙する他者の意志)は、二つの力があった。
一つは物言わぬ操り人形、ゾンビを大量に作り出す力。そしてもうひとつは、“首輪”という、相手に二回、同じ命令を込めた(インストールした)、同じ飲食物を与えることで発動する上位能力。
ゾンビはクロトが与えた命令をただ実行するだけの、まさに生きた死体であるのに対して、“首輪”は、付けた相手の視覚から運動機能まで全てを乗っ取り、遠隔操作を可能にする能力である。
どちらの能力も一般人を自身の思い通りの傀儡と化すだけの力に過ぎなかった。そのため、こと戦闘となると直接攻撃系の能力者と比べるとどうしても見劣りする。
クロトは呪った。自身に宿った能力のそのあまりの矮小さに。
だが、ある時、自身の病的とまで言える劣等感に苛まれる中で悪魔的な考えに思い至る。
操った人間の思考をクロト自身のそれで塗りつぶすことが可能なら、人形にハッキングを使わせることも可能ではないか、と。
その考えは果たして正しかった。人形はクロトが思うとおりにハッキングを実行した。
さらに悪魔はクロトに味方した。人形は、クロトと同じ√を使うことまでも可能だったのだ。クロトが操った数対の人形が、さらに数体を操る。さらに
その人形がまた数体を操る。
一般人のスペック限界が人形2体の作成だとしても、操った人形がまた2体ずつ人形を生み出すことで4体。その4体がまた2体ずつで8体。それだけで8+4+2+1で合計15体の集団となる。この方法を用いることでクロトは幾何級数的に操る人形の数を増加させることができた。
そうして操った人間を無理やり繋ぎ合わせたネットワークは一人、いや一つ一つの脳は些末なスペックかもしれないが、群となることで処理能力は膨大なものとなる。クロトはその、いわばクラウドコンピューティングシステムを用いることで、干渉者の防壁をすら一瞬で破ることを可能にした。
「ここに居る奴らは、俺の力で全員人形になった。俺の命令通りに動くモノだ! 今回与えた命令はなァ、“弓月朔を蹂躙しろ”だ。いくら銀弾の隊長サマでも、こんだけの数で負荷を掛けられちゃなあ。でもお前に気づかせずにクラックすんのに時間かかってなァ」
「お前がずっと、死体の振りまでしてこの場に潜んでいたのは…」
「そうだ。より早くクラックするため、お前の傍で、お前の術式構成を見てたんだよ。最初は俺が持ってきたあの人形を戦わせて、その間に事を進める予定だったが、あいつに首輪を外されたんだ」
そう言ってクロトは京介を忌々しげに指さした。
「それが、調べてみるとあのジャマ野郎とお前、ダチだそうじゃねえか。折角だからお前をクラックした暁には、お前の手であの野郎にとどめを刺させてやろうと思ったんだがなァ」
そう言ってクロトは醜悪な笑みを浮かべた。
「何て事を……。一般人を無理やりØへ繋ぎ、√を使わせる。そんなことをすれば…」
「ああ、そうだ。そいつはすぐブッ壊れて使いモンにならなくなるわなァ。でも良いだろ。お前を殺せるなら安いモンだ。それに、あいつらはもう解放してやるさ。一旦お前の防御壁を破ったら……。もう用済みだもんなァ!」
そう言ってクロトは右手を天に掲げ
「Bladeォオァ!(軋む心を刃に)」
「―――ッぐ! っあぁああァああ!!」
クロトの言葉がまるで致命的な呪いであるかのように、朔は苦悶の叫びを上げる。そして朔の叫びに呼応するかのように、無数の剣が次々と虚空から引き出されていく。
「ほォらこの通り、お前から剣を絞りだすことも可能ってワケだ」
クロトは腹を捩らんばかりに大笑いしている。
朔はそのまま膝をついて、崩れ落ちた。
「朔!?」
クロトは朔から剣を引き出すことを止めない。朔は苦しそうに激しく胸を上下させている。
「…ウルせえな、お前は。俺のありがたい話だ。黙って聞いとけや、あァ!?」
そう言ってつかつかと歩み寄り、クロトは京介の腹を思い切り蹴りつけた。
「――――! ガハっ…」
「お前のせいで、俺は計画変更したうえ、死体の振りなんてダセえ真似させられたんだ。さっきも言ったが、今から改めてお前の罪の内容を聞かせてやるよ。自らの罪を悔いながら、ゆっくりと死んでいけ!」
そうクロトが言い終わると、一本の剣が京介の左腿をかすめて行った。撫でるように、慈しむように。剣の動きからは捧げられた贄を少しでも長く味わい尽くすという悪意が感じ取れる。




