薄皮の下の悪意
もう意識は無い彼女の手は剣を握りしめたまま。最後まで、京介を助けようとして。
「ぐ、っは」
ほぼ同時、朔が濁った悲鳴をあげた。自身の剣によって、脇腹を斬られたらしい。
「何で、こんな。消えろ、消えろ、消えろ、消えろ、消えろ、消えろ、消えろ、消えろ、消えろ、消えろ、消えろ、消えろ、消えろ、消えろ、消えろ、消えろ、消えろ、消えろ、消えろ、消えろ、消えろ、消えろ、消えろ、消えろ、消えろ、消えろ、消えろ、消えろ、消えろ!!」
何度祈っても、叫んでも。右手を貫く剣も、周りを囲む炎も消えはしない。
京介は分かっていた。先ほど朔の剣が砕けたのは、自分の能力でも何でもない。なぜなら、自分は干渉者じゃない。そう思いたかっただけのただの妄想者だ。でも。俺がバカな妄想者なら、考えろ!!
朔はクラックされたと言った。これほど自由に朔の剣を操ってるなら、きっと操っている能力者は近くに潜んでいるはずだ。だが、ここには京介とエマ、朔の三人。
炎の外はただ静かに日常が広がり、非日常といえば物言わぬ死体が一つだけ。
「――――?」
京介は先刻感じた違和感を再度覚え、湧き上がる本能的嫌悪感をを無理やり抑えつつ、もう一度死体に目を向けた。
(逃げるな! 目をそらすな!! よく、見ろ!!!)
(何故一目見て、あれが死体だと分かった?)
京介が巻き込まれた事件の名は、ブラックドール。死体は焼き縮みによって、まるで真っ黒な、膝を抱えた人形のような状態で発見されるためそう言われている。
どうして専門家でもない自分が一目見ただけで、あれが死んでいると断定できる?
そうだ。全身が黒く焼け焦げて生きていられる人間など居る訳がない。だからわざわざ死んでいるかどうか確かめる必要はない。どう見ても死んでいるのだから。
以前にも京介は疑問に思ったこと。何故犯人は死体を焼く必要があるのか。どうしてそんな目立つことをする必要があったのか。
――俺の地毛は金色なんだけどな、ヘアスタジオで赤のテクスチャを髪に貼ってもらったんだ
それは、入学式の日、ワイスが言っていた言葉。
……違和感の正体。
「――――京介!」
血の混じった声で朔が叫ぶ。剣が京介を貫こうと迫っていることに気づいた。
「う、おおおおお!!!」
右手の剣さえ抜けたら、この中で一番動けるのは、自分だ。
「剣が、抜けないなら、右手を裂けばいいだけだろうが!!」
ぎちり、ぐじゅり、ぐちゃり。
剣が肉を裂いていく嫌な感触を感じるが、それに煩わされる時間すら今は惜しい。
割れんばかりの咆哮を麻酔の代用とし、京介は右手を引き抜いた。
無理やり引き抜いた右手は中指と薬指の間が完全に裂け、感覚を失っていた。でも今は痛みすら凌駕し、ただ熱い。
残る左手で先ほど落とした鉄骨を握りしめ、立ち上がる。
迫る剣は、京介の頭があった位置に突き刺さった。
そうだ。この場には京介、朔、エマ。3人以外にもう一人、人間がいる。
それは死体の
「――お前だ!!」
そのとき、朔の周りを踊る剣たちがまるで生き物のように、動揺したように震えた。
「――――! 全剣、待機!」
朔が主導権を取り戻したのか、あれだけの剣が全て沈黙し、地面に突き刺さり静止した。
だが、京介は朔の言葉を待たずに駆けていた。ただ、この事件の黒幕を殴るために!
京介は横たわる焼死体に向けて鉄パイプを振りかざし
――じゃり。
嫌な感触があった。確かに人を殴った感触。
だが京介の攻撃は目標には届いていなかった。
「………いやいや、よくも見抜いてくれちゃって! おめでとう? 邪魔しやがってクソが! どっち言えばいいんだ、あァ!?」
京介の攻撃を防いだのは、どう見ても通行人風の中年男性。目標のはるか手前での想定外の手ごたえで、京介は鉄パイプを弾き落とした。からんからん、と地面を転がる音がいやに響く。
頭を割られたその人物は血を流しているにも関わらず、微動だにしない。ただしその目は白濁しており、明らかに普通ではない。いや、そもそもこんな人、さっきまでここにはいなかった。どういうことだ?
苛立った声がしたのは男性の後ろ。焼死体が男性を盾にした格好だ。どう見ても死体である人間が、むくりと起き上がり、当たり前のに話す。
それはあまりに現実離れした、奇妙な光景だった。
「あーあ。このテクスチャ、特別仕様で高かったのによぉ。それによくもまあ、今まで散々邪魔してくれたな、やっぱお前ムカつくわ、月見里京介!」
焼死体、いや男の声を発したそいつはゴキゴキと首を鳴らして悪態をつく。
そして盾にした男性を、まるで粗大ゴミのようにぞんざいに放り捨てた。
京介はその声に聞き覚えがあった。それに
「何で、俺の、名前…?」
「まあいいか。どうせいつまでも死体の振りなんて惨めな真似、やってられるかよ」
言って自身の体に手を当てたかと思うと、焼け焦げた表面はをばりばりと剥がし始める。薄皮の下から現れたのは、やはりどこかで見た男だった。
男は「さっきから熱いんだよ、クソが!」と悪態をつき、炎にハッキングをして操り、一まとめにした。そしてそのまま川へ放射して鎮火した。
「その顔、やっぱ覚えてねえな。…ちっ。こっちは散々お前に引っ掻き回されて、死体ごっこまでやる羽目になったっつーのにな!」
言った男の顔は純粋な悪意に歪んでいる。
頭では分かっていても今起きていることに処理が追いつかず、京介は言葉が出てこない。
「おいおい、カフェで会っただろ。俺だよ、俺」
「カフェ、お前、あの時の……店員!?」
「……な!? お前、その顔。クロト。手配書で覚えがある。新月の、“レッドリバー事件”の!」
朔は驚愕に目を見開いていた。
「よう、朔たいちょー。とうとう会えた! お前を探すために無駄に死体を量産しちゃった。今回の事件は全部、お前のせいだからな」
「……お前は北、ルージアで活動していた筈だ。なぜ今、リスクを冒してまでここにいる!?」
「あァ!? 決まってんだろ。俺は地面を這いつくばってでも、お前をぶっ殺してやりてえからだ、朔! 俺が新月、お前が銀弾。理由なんてのはそれで十分だろうが!」
そう言ってクロトは心底楽しそうに嗤った。
「だが、何故先ほどまで死体の振りをしてまで私の近くにいた? ………まさか?!」
「そう。なんで俺が、んなダセぇ真似してまでお前の傍にいたか。見せてやるよ、俺の√を。来い、“殉教者”ども!」
そう高らかに言って、クロトは片手を挙げた。
「…な、何!?」
「…え、ウソ、だろ!?」
京介も朔も目の前に繰り広げられる光景に、驚愕することしか許されない。
風見川で練習している野球チーム、ランニングする老人、犬の散歩をする主婦。
さらには繁華街にたむろしているような不良達、さびれた商店街の店主、街の住民たち。
老若男女問わず、地域を問わず実に多種多様な人々が風見川に集結している。そして皆一様にまるでゾンビのような表情、しぐさ、唸り声を上げて京介達を見下ろしていた。
「はッハァ! これが俺の√、zombie powder(蹂躙する他者の意志)だ。もう何人集まってんのか、分かんねえな、これェ!」
集まった群衆に目を向け、やれやれといった風に首を振り、クロトは京介達に向き直った。




