ファイアーウォール
京介は困惑していた。朔の剣が突然、主である筈の朔を襲い始めたからだ。
朔自身全く想定していなかった事態らしく、動揺を浮かべているのが分かる。
京介はいつか聞いた、情報処理科生徒会長の言葉を思い出していた。
彼女は干渉者の固有能力でさえ、人前に晒し過ぎると解析され、乗っ取られて(クラックされて)しまうと言っていた。
この状況、まさに朔の能力が乗っ取られた(クラックされた)のではないか。でも、誰に…?
右手を抉る剣はいつの間にか静止していた。しかし、だからどうだというのか。
ずぐんと疼く右手の痛みは少しも和らぐことは無い。痛みに気が狂いそうで、それを避けるために意識が遠のき、その度に痛みが否応なく現実に引き戻す。
それを繰り返している。
もう、嫌だ。楽になりたい。そう思い、京介は意識を保つのを放棄しようとした。
「――! いっ、痛、ぐ」
その時、右手からの強烈な痛みに無理やり覚醒させられた。
「ぬ、け、ろ~~!!」
エマが顔を真っ赤にして、京介を地面に縫いとめている剣を抜こうと力を込めていた。
「京介、これが抜ければ、お前は逃げろ! あの男、どうも様子がおかしい。…い、言っておくが私があいつに何かしたのではないからな!」
エマの必死な顔を見れば分かる。こいつはそんなことができる奴じゃない。
「……それにしても、すごく、痛いです」
「我慢しろ、ヘタレめ! く、全く抜ける気配がせん」
エマの手には血が滲んでいた。京介は無力な自分が歯がゆかった。
「京介!」
朔が声を張り上げた。
「―――!?」
剣の1本が俺を目がけ、襲いかかる。
俺は動けないんだ! 避けようと身を捩るが、限度がある。
「さっきの能力だ! 砕けろよ、剣!」
だが声だけが空しく響く。切っ先が迫り――
「させない! ファイアーウォール!!」
エマが必死の形相で叫んだ。
瞬間、京介はものすごい熱を全身で感じた。京介を取り囲むように、守るように炎が広がったのだ。その紅蓮の壁に剣は阻まれ、悔しげな音を残し砕け散る。
「よ、よかった」
と安心した様子でエマはへたり込んだ。
炎の熱はかなりのものだ。でもその熱は少しも不快なものでなく、貫かれた右手さえも癒してくれるかのような、そんな温もりを京介は感じた気がした。
「大丈夫か、京介!?」
炎の壁の向こうで、自身の剣と戦いながら、切迫した様子で朔が叫ぶ。
「エマが守ってくれた。朔、これでもまだ、エマが暴走してるって言うのか? 俺、炎に包まれたけど、火傷一つ負ってない!」
「…………」
朔の表情はどこか苦しそうで、何かと葛藤しているようだった。
しかし、突然朔の表情が一変した。頭を押さえて苦しみに喘ぐようにしたかと思うと、無数の剣が生まれ、朔を取り囲んだ。
「…ッハァ、ァ。……俺が、クラックされている。心象世界の術式を無理やり展開させられた」
最早朔の支配下にある剣は両の手の二振りのみ。朔は覚悟を決め、剣を握る手に力を込める。
しかし、無数に生まれた剣は朔を襲いはしなかった。
唐突に、すべての剣が京介を目がけ殺到する。
圧倒的な力の奔流を前に、だが、無数の剣は再び炎の壁に遮られ、ことごとくが散っていった。
「……死ぬかと、思った。ありがとう、エマ。――――エマ!?」
夥しい数の殺意からは解放された。が、エマもまた苦しそうに頭を押さえて喘いでいた。
「ハハッ。……京介。もうあまり壁は持ちそうにない。大口を叩いてみても、私も限界のようだ」
そう言って、笑う。それが空元気なのは明らかだった。
「何で、なんでそこまでしてくれる。そんなボロボロになってまで、俺を守ってくれるんだ!?」
「……私はな、京介。うれしかったんだ。お前は私にとって初めての人間なのだ」
「え、初めて?」
何のことか、心当たりがまるでない。そんな京介を見てエマは小さく笑ったかと思うと、遠くを見るようにして語り始めた。
「初めて私に会った時、お前は私に名前を聞いただろう。……それが、初めてのことで、本当にうれしかった。お前にとっては、何気ないことかもしれない。が、私にとっては違う。私は今までずっと暗い部屋でただ研究対象として扱われていた。検体番号でしか呼ばれなかった。だから、お前に名前を聞かれた時、初めて人として認めてもらった。命をもらった気がした」
震える声で言って、はにかむように笑う。その瞳はすこし濡れていた。
剣が激突する度エマは少しつらそうにして、言葉を途切れさせ、それでも壁を維持していた。
「だから、私はお前に死んでほしくない。私などのために…」
その時、バチっと炎が爆ぜる音がしたかと思うと、火の粉が雑草に燃え移り、辺り一面が炎に包まれだした。
「もう、炎も、私の言うこと、きかなくなっちゃ、った。ごめん、ね。剣、抜け、なかっ…た」
そう言って、エマは力尽きたかのように膝をついた。




