割れたカップが示唆するもの
蒼月要が声を荒げた直後、京介はその緊張に耐え切れず意識を失ってしまったようだ。
そんな京介に毛布を掛け、ノートンは蒼月に向き直る。その表情はとても穏やかで
「どうしたんです、蒼月君。あなたらしくもない。任務中ならいざ知らず、学院で、それも一般生徒相手にああも取り乱すなんて」
薄く笑って言う。
「すみません。僕もまだまだです。彼は大丈夫でしょうか? 僕のせいで倒れてしまって」
「ああ。あなたが責任を感じることではありません。私が彼のティーカップに、ちょっと筋肉が弛緩して眠くなる薬を入れました。それが効いたんです」
さらりととんでもないことを口にするノートン。
「………先生、あのときテーブルにカップを置いたとき、僕の記憶では僕と京介君の二人、どっちがどっちのカップを取るか分からない置き方をしてませんでしたか?」
「――――? ええ、そうですね。それがどうかなさいましたか?」
ノートンはきょとんとして、蒼月の言葉を待った。
「いやいや、だったら二人のどちらが薬入りカップを取るか分からないじゃないですかァ!」
「いえ、それは問題ありません。なぜならば、どちらのカップにも薬は入っていましたから」
「……………………………………はい?」
蒼月の時が止まった。保健室の外では小鳥が鳴いている。
「ですから、あなた方はお二人とも同じ薬を同じだけ服用した形になるのです。ですが、あなたは彼と違い薬への耐性強化訓練も行っているでしょう。故に京介君だけが甘い夢の世界に誘われた、という訳です。彼はあれ以上興奮すると体に障りますので、安静にしてもらいました」
「………………」
こんなにもあっさりとした自供が、かつてあっただろうか。蒼月要は思った。
あまりにも堂々と言うものだから、蒼月は反論する気力を無くしてしまった。やはりうちの学院保健医兼銀色の魔弾衛生部弾員は恐ろしい、と蒼月は再認識するのだった。
「ところで、蒼月君。いえ、今は隊長とお呼びます。京介君の話をどう思われますか」
あえて呼称を変えたということは、今は学院の保険医としてではなく、銀色の魔弾の弾員としての話だろう。
蒼月はそう理解し
「……現状では何とも。殉死した3名は一体何を知っていたのか。京介君の話を聞いてますます分からなくなった。それに現場に居合わせたなかで、彼だけが死を免れた理由もそうです。あの場を監視していた者によると、エマという名の少女が発した焔は無差別。あの場の全員がその焔に巻かれた、ということですが……」
「うーん。可能性ですが、エマという人間にとって、京介君は大切な人だったということは? 意識的かどうかはともかく、展開した焔を操り、彼だけには害が及ばないようにした、と」
「これだけの人間を無差別に殺している犯人が、会ったばかりの人間にですか? 私は今回の犯人、能力がもたらす万能感に憑りつかれた中毒者だと考えていますが……」
蒼月は腑に落ちないといった様子で問いかけたが、それに対しノートンは曖昧に笑い、首を竦めるだけだ。
しばしの沈黙。
蒼月が思案していると、ノートンが「頂きますよ」と言って、蒼月の空になったティーカップを受け取り、流しへと向かった。
「執行部は犯人の足取りを掴んで…?」
ティーセットを片付けつつ、ノートンが尋ねる。
「いいえ。今は標的を逃がさぬよう隣市との境界を固めに向かっている筈です」
「境界。風見川か夕凪町ですか。……やはり戦いになるのでしょうか」
蒼月は黙って首を縦に振る。
「追い詰められた人間は何をするか分からない。そういった人間は、思わぬ力を発揮するものです。弓月隊長が保健室に来ることなく、帰還することをただ望みます」
ノートンはそう言ったきり、また洗い物に戻った。
室内を満たすのはノートンが立てるティーカップ同士がぶつかる音と水音。その日常の音が、任務の話はここまでだと告げていた。
蒼月は沈黙の支配する室内で、弓月朔という人間について考えた。
「朔くんは本心では“執行”することを望んでいない。拘束し、更生させることを望んでいるに違いないねぇ。でも、それは不可能だ。銀色の魔弾の意味は、どんな化け物にでも効く万能の弾丸。弾丸は相手を殺すための物だ。僕たちは、より多くの人を助けるために、望もうと望むまいと引き金を引く。……彼の真面目さがいつか彼の命取りとならなければ良いんだけど……ねぇ」
ため息を一つ吐き、益体のない思考は中断。改めて学院内の警備について方針を練ろうかと思ったその時、陶器が割れるような鋭い音が響いた。即座に反応した蒼月は戦闘態勢を取りつつ音のしたほうを見遣る。
「――! ノートン先生!」
この部屋の主は、床にあおむけで倒れていた。彼の傍らには砕けたティーポットの破片。
「襲撃!?」
すぐさま駆け寄りつつ周りを警戒した。が敵の気配はどこにもない。攻撃を受けた形跡もない。
と、ノートンは自身に起こったことを蒼月に伝えるため、必死に言葉を絞り出した。
「そ、うげつ隊長。どうやら……薬。私のにもは、入ってたようで。後、頼みます(ガクリ)」
そう言い残して、ノートンは静かに寝息をたて始めた。
「この人……バカだ!!」
安らかに眠る二人を放置し、警備に戻る蒼月要だった。




