残酷な真実
入ってきた男、その高校生離れした渋い顔には嫌なほど見覚えがあった。
「やあ、京介君。久しぶりだねェ」
「えと……蒼月会長。何でここに」
前のように部下の黒服たちは見当たらない。蒼月会長は一人だった。
すこし間があって蒼月は咳払いを一つし
「お見舞いとお詫びをさせて欲しい。今回の事件、一般生徒である君を疑いさらには危険な目に合わせてしまった。本当にすまない」
「え、危険な目って……? ――――! エマ!」
寝てる場合じゃなかった! あのあとエマはどうなったのか。無事なのか? それに俺は炎に包まれたはずだが…。
京介は立ち上がって屋上まで行こうとするも、体が思うように動いてくれず、膝をついてしまう。
「ほら、まだ体を休める必要があるんですよ。おとなしくしてください!」
と言ってノートン先生は京介に肩を貸し、半ば強引にベッドに座らせた。
「ノートン先生のいう事は聞いておいた方が良いよ。チーフほどじゃないけど、こう見えて怒らせると…怖いからねェ」
「蒼月さんは顔に似合わず向こう見ずなところがありますから、つい口を挟んでしまいます。まったく、無茶なのは生徒の特権ですよ……。あなたにはもう少し教師らしく、冷静になっていただきたいものです」
「……先生。僕、教師じゃなくて生徒なんですけど……」
「え? ……ああ! そうでした。君は高校生でしたね」
「………」
「すみません、どうしても同僚の方に思えてしまって……」
ノートン先生の言葉にショックを隠し切れず肩を落とす蒼月。ノートンはそんな蒼月にあたふたと、必死にフォローをしているが…。しかし、そんなことはどうでも良い。
「あの! 俺、屋上で倒れて…。あの後、どうなったんですか!? エマは!?」
京介は必死だった。焦りが怒りにも似た感情となって言葉に乗る。しかし、蒼月はひるむことなく京介を見やり、そのまま正面の椅子に腰かけた。
「エマ…。あの女の子か。彼女は君が気を失った後、屋上から飛び降りて逃走したそうだ」
「逃、走?…そんな!」
京介は体を起こしかけるも蒼月によって静止させられる。
「まあまあ、落ち着いて。彼女を追うにしても、まず事態の整理をしなきゃ。今君が彼女を追いかけても、君は何と言葉をかけるつもりかなァ?」
「そ、れは」
「それに、君には知る権利があるから、こちらの掴んでいる情報もちゃんと話すよォ。少しだけ、僕に時間をくれないか?」
くやしいが、蒼月のいう事は筋が通っている。京介は不承不承ながら肯定の意味で頷く。
蒼月は「ありがとう」と言って微笑した。そして一呼吸おいて、ゆっくりと語りだした。
「そもそもあの場所、屋上は……いや正確に言うなら君は、常に我々の監視下にあった。あの段階では君が犯人である可能性が捨てきれなかったからね」
「――――! そうだよ! 俺、あなたたちに疑われたままだった所為で学院中から変な目で見られて、すごく嫌な目にあったんですよ!」
「彼らも好きであなたを疑っていた訳ではありません。あえて憎まれ役を買ってでも生徒達を守る、それが彼ら警備部の仕事なんですよ」
「先生、僕は京介君に怒りをぶつけられて当然のことをしました。でも、今は先を続けるよ」
蒼月はあくまでも表情を変えずに言う。
「………はい。お願いします」
自分を落ち着かせるため、京介は無理やり深呼吸をした。
「うん。僕が君を拘束したあの日から、君は屋上によく足を運んでいたよね。今日もいつものように屋上に行った」
本当にあの日以降ずっと見ていたのか、と思うと不快感と怒りがこみ上げてきたが、なんとか自分の内に留めた。
奥の方で何やら音がするので、そちらへ視線を向けると、いつの間にかノートンが何やらお茶の支度をしていた。
「でも、今日は先客が居た。ひとしきりたそがれた後、女の子に気付いた君はその娘と会話を始めた。僕の記憶違いでなければ、その娘は僕が君を拘束した日、君と一緒に居た女の子だ」
京介が肯定の頷きを返すと蒼月はやはりそうか、という表情をした。
とそこで、ノートンがティーカップを3つ乗せたトレイを二人のところに運んでくる。
手慣れた仕草で琥珀色の紅茶を注ぎ、京介と蒼月の間にあるテーブルに置いた。
そのままノートンは椅子に腰かけ優雅に紅茶を嗜み、続きを促す。ソーサーを持つその安定感ときたら。どうやらノートンは、口を挟むつもりはないらしい。
対面に座る蒼月もカップに口をつけたので京介もそれに倣った。
「……」
複雑な味だ。
「ゴホン。それで、女の子と会話している時に突然僕の部署の弾員3名が乱入。君たちと何やらひと悶着起こした。その後すぐ、女の子の周りに大規模な環境異常が発生したと思ったら、例の黒い焔が巻き起こった。僕は弾員には君と極力直接接触は避けるように言ったはずなんだ。彼らに理由を聞きたいが、それもできなくなってしまった。…だから、君の口から聞きたい。あの時、何があった?」
「何があったかって、こっちが聞きたいくらいだ! いきなりぞろぞろと来たと思ったらエマのこと、人形だの何だのと、訳の分からないことを言って。エマはあいつらが来てから様子がおかしくなったんだ」
そこまで言い、京介は蒼月の言葉に引っかかりを覚えた。
「聞けなくなってしまったって、もしかして……あいつら?」
京介の言葉を聞いて、蒼月が一瞬見せた表情の翳りで分かってしまった。あの3人はもう……。
「……しかしとはどういうことだ? 我々はエマという少女の情報は何ら掴んではいない。何故3名はエマを追跡していた? やはり朔君の予想どおり、なのか?」
蒼月の表情を見る限り、本当に何も知らなそうだった。ならば一体どういう事なのか。
気まずい沈黙が続く。すると蒼月は制服のポケットに手を入れ、京介も見慣れたものを取り出した。
「…忘れてた。これ、君が屋上で投げ捨てた物だよォ。屋上一帯が焔に巻かれたそうだけど、どう言う訳か、これだけは全くの無傷だ。良かったね」
そう言って、京介に生徒証を手渡した。
念のために動作確認をするように言われ、京介はその言葉に従い電源を入れ、パスワードを入力する。
「…………」
画面をしばらく見つめたまま、沈黙を続ける京介を怪訝に思い、蒼月は声を掛ける。
「まさか、壊れているのかい? あ~あ、生徒証の再発行は高くつくんだけどねェ」
「……いえ、大丈夫でした」
言って、京介は電源を落としポケットにしまい込んだ。
「えっと……そうだ、朔。あいつもギンダンですよね。俺をここへ運んでくれたみたいなんですけど。見てないですか?」
「……執行部は朔隊長以下全員が目下彼女、エマを捜索中だよ。事実がどうあれ我々は彼女をブラックドール事件の犯人であると断定した」
「――――えっ?」
「でも学院内は安全だよ。僕たち警備部の名と銀色の魔弾にかけて、君たち生徒は守る。だから君はもう疑いが晴れたんだ。事件の事は何も気にせず、明日からは元の学院生活に戻れるさ」
「――ちょっと待って!! エマが犯人って。……そんな」
「違うとは言わせない。何せ弾員の監視下で堂々と能力を披露し、あまつさえ3名もの命を奪ったのだからね。彼らはまぎれもなく、事件の被害者達そのものの姿で、僕の元に帰ってきた」
正面からこちらをまっすぐ射抜くその力強い視線に何も言い返せなくなってしまいそうになる。しかし勇気を振り絞り
「で、でも……あいつ。エマはそんな悪い奴じゃないんだ。きっと何か、理由があるんですよ」
そこまで言ったとき、蒼月はため息を零し京介の話を遮る。
「どうやら君も何も知らないようだね。……後は朔君達執行部に任せるんだ」
「……朔に。あいつに任せるとエマはどうなるんですか?」
伏し目がちだった京介だったがまっすぐ、蒼月の視線から逃げずに向き合い問いただす。
が、蒼月は目を閉じ、首を横に振る。その意味が分からない。分かりたくない。
京介はじっと蒼月の目を見つめ続けたが、蒼月の瞳は揺るがない。
「執行部が動く、さらに犯人の断定。それは即ち抹殺指令ということです」
ノートンはカップをテーブルに置き、無表情なままで言った。
「先生?!」
「蒼月隊長。これは、一般にも公開された情報でしょう。エマさんとは彼にとって大事な人のようです。全てが終わった後で知ると、心の傷はいつまでも癒えず、膿んでしまう」
まだ蒼月は納得できない顔をしていたが、構わずノートンは続けた。
「月見里君。あなたには分かるはずです。今この事件を終わらせなければ、被害者は際限なく増えます。それを防ぐのが執行部の仕事なんです」
「でも、別に殺す必要はない筈です! 朔だってそんな事はしない奴だ」
「悪性干渉者には決して妥協するな。躊躇うな。これは執行部の鉄則だ。確かに朔君は優しすぎるきらいはある。でもね、彼も銀のコートを身に着けるからには決して曲がることは許されない。真っ直ぐな剣であり続けなければならないんだよ」
蒼月の瞳がほんの少し翳った気がした。その意味を、結果を京介は想像した。
「そんな。そんなの、納得できるかよ!!」
立ち上がろうとする京介だったが、対して蒼月は身じろぎもせず
「行ってどうする? 君は朔隊長とは違う。確かに彼なら殺さずに事件を収束できるかもしれない。だが、君は無力な一学生に過ぎないんだよ!」
蒼月は言葉によって、楔を刺した。京介は言い返すことが出来ない。蒼月の言葉は残酷なほどに真実だった。
「でも、銀色の魔弾って正義の味方なんですよね!? 何とか――――」
「……正義? そんなものは、臆病者が口にする安っぽい薬物に過ぎない!!」
それまで冷静だった蒼月はテーブルを叩き、おもむろに立ち上がった。わなわなと肩を怒らせ、息を荒げてまっすぐに京介を射抜き、京介は圧倒されてしまう。
まるで命をその手に握られているようで、息が詰まる。蒼月の視線を受け止めきれず、目を逸らしてしまう。これ以上ここに居るのがつらい。苦しい……。




