ノートン先生
気が付くと京介は見知らぬ道で立ち止まって泣いていた。胸が締め付けられそうなほどに痛い。涙のせいか、視界がぐにゃぐにゃと曲がり、不快感を覚えた。不気味な場所だ、一刻も早くここを離れたいと思った。
藁にもすがる思いで周りを見回すと、朔の後ろ姿が映った。京介は助けを求めて叫ぶも、声が出ない。口からは出来そこないの音が漏れるのみ。朔の後ろ姿はどんどん小さくなっていく。
「まって、置いていかないでよ。朔……!」
どれだけ叫んでも朔はただ前だけを見て走り続け、ついには姿も見えなくなった。
京介は途方に暮れて朔が進んだ道の先をただ見ることしかできない。
その時ふと肩に手の感触。
「ここから離れたいのか?」
その声に振り向くと、果たしてそこにエマがいた。
「エマ、どうして……いや、うん。俺はここを離れたい。手を貸してくれないかな」
言いたいことが色々あったがそれらを全部後回しにするほど、京介はこの場所に居続けるのが嫌だった。まずは何を置いてもここを離れたい。しかしエマは感情が抜け落ちた顔で
「それはできないよ」
と言った。
「京介、ごめんね。私はお前を助けられない。だって私はxxxxxxxxxxxxxxx」
「え―――――」
何の前触れもなく、視界が真っ黒に染まり何も考えられなくなった。
「あはははははははははははははははははははははははははははははははははははあははははははははははああああははは」
「――うあああああァ啞あ!! ――――ッ! ハ、ア。ハア、ハア……はあ。」
気が付くと、目の前には知らない天井の色。
どうやら意識を失っていたらしいと理解する。でも、部屋の空気は京介の知るものではなかった。京介はゆっくりと辺りを見回した。
テーブルの上に水槽がある。中には水草が揺蕩っている。だが、魚は泳いでいないようだ。
「お目覚めですか?」
「うわあああああ!」
突然眼前に見知らぬ男の顔がドアップで展開された。
「そんなに驚かれるとは……ショックを隠し切れません」
ずーんと肩を落とす男に目をやった。白衣姿の、メガネをかけたその顔には見覚えがあった。確か、保健医の先生、だったような気がする。
「あの、すみません」
放っとくといつまでも落ち込んでそうだったので、京介は男に声を掛けた。
「ああ、まだ寝ていてください」
と男は穏やかな表情を浮かべ、落ち着いた声で言った。
「……失礼しました。自己紹介がまだでしたね。私は医師のノートンと申します。あなたは……ご自分のお名前、分かりますか?」
そういって男は京介の瞳を、探るような目で見る。
少しぼうっとする意識を無理やり覚醒させ質問に答えると、男は満足そうに一つうなずいた。
…………じゃなくて!
「え!? ここ、病棟区!? 俺、なんでこんなところに?」
「落ち着いて。ここは情報処理科の出張診療所、通称“保健室”です。あなたは屋上で倒れていたそうで、弓月君がここまで運んで来てくれたんですよ。彼に会ったらお礼を言うと良い」
「弓月…? ああ、朔か」
朔が……? それにしても何で俺は屋上なんかで倒れて……。
「いッ…」
頭が、ズキリと痛む。
「まだ無理はしないでください。一応体に異常はありませんでしたが、念のため今日一日、ここで休んでいってもらいますよ」
そう諭すように言うが、京介は素直に言う事を聞く気にはなれなかった。 漠然とした何かが胸に引っかかっているせいで妙な焦燥感を覚える。
と、そこでドアがノックされた。
「はあ、仕方ありませんね。……どうぞ」
ノートン先生が不承不承といった様子でドアを開け、外の人物に入室を促していた。




