混じり合う銀と黒
一人だけの特等席。京介は乱暴に立ち入り禁止のテープを破り屋上のドアノブを開け放つ。
「何が銀色の魔弾だよ。中二臭い名前付けて、ゴッコ遊びかよ!?」
屋上のフェンスに思い切り拳を叩き込んだ。
乾いた音がしたが、その音は拳の痛みに釣り合うような小気味良いものではなく、とても不快な音だった。
くそッ、と一人毒づくがそれすらも空しく響くだけだ。
「もし俺が犯人を捕まえることができたら……」
ふと想像してみる。俺はハッキングを使えないが、それは他の連中とは違う禁断とされるほどの能力で、そのままブラックドール事件の犯人と対決する。傷を負いながらも俺の強力過ぎる力を行使し、なんとか犯人を倒した。学院ではそれが知れ渡り俺は一気に英雄扱い。朔も俺をリスペクトして、クラスではモテまくる、そんな俺。
「そんなアニメの主人公じゃあるまいし……」
疲れた。そのまま大の字になって屋上の床に身を任せる。
ふと、胸を圧迫する異物感を覚えた。胸ポケットを探ると、その正体は生徒証だった。何もかもどうでも良くなっていたので、京介はそれをぞんざいに投げ捨てた。
思いのほか軽い、つまらない音を立てて、そのまま転がって行った。
「―――――はあ」
「―――――何だ、盛大なため息を吐いて。大丈夫か?」
「…大丈夫じゃないですよ。俺の学院生活はもう……って誰!? あんたが大丈夫!?」
声がした方を見遣るとそこには先客が居た。いや、それよりその人物は、うつ伏せのまま微動だにしない。京介は思わず飛び上がってしまった。汚い毛布のようなものをかぶった、かなりの不審人物だった。ここで昼寝でもしていたのだろうか。
京介はがばっと体を起こしてその人物をよく見てみた。
「ん? その、コート……? もしかして、エマ?」
「当たり前だろう。エマは私で、私しかエマは居ない。何を言ってるんだ、京介は」
その偉そうな態度は間違いなくエマだ。汚い毛布に見えたソレは、黒いコートだった。だが声に以前のような無駄な元気がない。
京介が「どうしたんだよ」と問いかけると
「いや、何。どうやら腹が空いたらしい。動くことに限界が来たようだ。だが、こうして横になっていれば少しは楽でな」
エマは気だるげに体を起こし、ゆっくりと口を開いた。
「いや、腹減ってるなら配給食でも食えば良いだろ、無料だし。確かに不味いけどさ」
京介は当たり前のことを言ったつもりが、エマは首を傾げた。
「なんだ、持ってないのか? まったく…」
どうやら本当に腹が減って動けないらしい。目の前で唸っているエマをこのまま放置、というのも何か後味が悪い気がする。京介は夕飯用に持っていたスティックタイプの配給食を手に、寝転がって唸る腹ペコバカに近づく。
「しょうがないな、ほら」
エマの口元に持って行って配給食を揺らしてみる。
「――――ッ! ガブッ!」
「―――イッ! イたァ!?」
指ごと噛みやがりましたよ、この人!?
「―――(ゴクリ)。………何だコレは、不味いな」
あっという間に平らげて嚥下したエマの一言。さすがのコイツでも不味いものは不味いらしい。
「しかし……何だな。腹は満たされたらしい」
そう言っておもむろに立ち上がる。相変わらず何がそんなに楽しいのか、くるくると踊るように回りだして
「それにしても、へへ。京介は何故ここに? ひょっとしてお前、私に会いに来たのか?」
なんて、京介が未だに喰われかけた痛みに苦しむのもお構いなしで、嬉しそうに言う。
「痛タタ……。って、え!? そ、そんな訳ないだろ」
「……ほう。では、何をしにここへ? 別段用向きがあったわけではなさそうだが?」
何故ニヤニヤしている…。
「いや、えっと……。アレだ。たまには、俺も景色、とか見たくなんだよ」
「ほうほう。先ほどは特に景色を眺めるでもなく、一人何やらブツブツ言っていたみたいだが、景色を見るためか。にしては、毎日屋上に来ては何やらそわそわしていたような……」
そう言ってエマは意地の悪い笑みを浮かべながら、京介の顔を伺うような仕草をする。
「………そ、そうだよ。もしかしたらまた会えるかも、とか思いながら来てたよ!」
―自分という境界線があいまいになる―
―自分が世界に溶けて消えていくようなそんな不思議な感覚―
なんて、そんな詩を朗読するために、京介はここに来ていた訳じゃなかった。
顔が赤くなっているのが自分でも分かるが、どうしようもない。
何だかんだと言葉を並べたり、理屈をこねても答えは変わらない。
「ああ、俺はエマに会いたいと思ってたよ。悪いか!?」
カッコ悪い。やはり、朔のようなクールキャラは無理だな、と思った。
「……ん? ちょっと待ってよ。 何で俺が毎日ここに来てるって知ってるんだ?」
「……………………あ」
エマの目が泳ぎまくっている。
しかも口笛を吹いてごまかそうとしているが、吹けてない。
「……………………ベタだ」
「う、うるさい! その、私も毎日ここにき、来てた。京介がここに来ているのを毎日見てた。……悪いか!?」
同じく顔を赤く染め、両手をパタパタと振り、抗議してくるエマ。
「何だよ、気が付かなかった。居たんなら声掛けてくれればいいのに」
「…声を掛けて良いかどうか、分からなかった。本当は今日も声を掛けるべきではなかったのかも知れない。でも、今日のお前は、初めてお前に会った時と同じ顔をしていた。それで気になってしまったんだ」
先ほどまでの雰囲気はどこかへ消え、今のエマの表情は感情を全てを隠そうとしているようだった。
「同じ、顔?」
突然の変化に戸惑いつつも、京介は訊ねる。
「ああ、自分の居場所が見つからなくて、必死で求めてるような。そんな顔に見えた」
「居場所?」
確かにそうかもしれない。あの時も今も、京介はあまりに突然の、理不尽な事態に巻き込まれて逃げるようにここに来たのだった。
「確かに、俺はブラックドール何て、訳の分からない事件の犯人扱いされて、学校中から敵視されてる。だから人気のないこの場所が、唯一の居場所なのかもしれない」
「ブラック、ドール……」
京介の言葉に、エマは一瞬だけ反応した。しかし何も語らず、こちらに背中を向けて、ただ見るともなく遠くの街を見ていた。
強めの風が吹き。屋上の花壇を揺らした。すこし、肌寒さを感じた。
「でもさ、もうすぐ犯人も捕まるだろ。あんな派手な事件を起こしたんだからさ。銀色の魔弾だって動いてるしさ」
沈黙に気まずさを感じた京介はその隙間を埋めるために言葉を探した。
しかし、沈黙はそのまま。すこし間があって、エマは「そうか」といって、何かを決心したかのように振り向き、言葉を紡いでいく。
「京介。私はお前に……。別れを言わなければならない」
「―――――え?」
「もう私はここへは来ない。遠くに行くことになったんだ。だからその、私のことは………忘れて、ほしい」
あいまいな笑みを浮かべ、淡々と言葉を続ける。
「な、何言ってんだよ突然? 何かの冗談か? 全然笑え―――」
「冗談では、ない。それに、私はお前が…………嫌いだ。もう会いたくないし、丁度良い。これで、さようなら、だ!」
そういって背を向けて屋上の出入り口に向かおうと踏み出した。
去り際のエマの顔は一切の感情を読み取れないように無表情を作っていた。だが、それはあまりにも痛々しい、エマの精一杯の強がり(嘘)に見えた。
「ちょ、ちょっと待ってよ!」
そのまま立ち去ろうとするエマの手を思わず掴んでしまった。
「納得できないよ! イキナリ過ぎるだろ。一体どういう事なんだよ?」
「ッ! 放せ! ……こっちを、見るな」
広い屋上に二人の声が突き抜ける。
「エマ、お前………」
彼女の声は掠れていて、まるで絞り出すように。京介は胸が締め付けられるような痛みを覚えていた。
「……私は、京介を巻き込みたくない」
「……? え、何言ってるんだよ?」
「だって……。私は――――――」
エマが何か言おうとしたその時、屋上のドアが乱暴に開け放たれた。
「見ィつけた。…まったく、手間ァ掛けさせやがって…」
苛立った言葉、それでいて無機質な声と共にずかずかとなだれ込んでくる3人の黒服の男たち。
「――――! 銀弾の。しつこいな! 何の用だ!?」
「………」
先頭の男が一言も発さないまま距離を詰め、なんの躊躇いもなく左の拳を京介の顔面に叩きこんだ。
あまりに咄嗟のことで京介は全く反応できず、気がつけば尻餅をついていた。
「………」
男はさらに追撃を食らわせるつもりなのか、こちらに一歩また一歩と近づいてくる。
「やめろ! お前たちは私を捕まえに来たんだろう。そいつは……関係ない!」
突然エマが男にそう言い放った。
「え、何言って……? 捕まえにって」
エマの顔は何かを覚悟しているようだ。何がどうなっているのか、分からない。
「オい。ずいぶん探しタぜ、クソ人形がよォ」
「今までどこ行ってやガった? 手間掛けサせんじゃネぇよ!」
男たちは次々にエマに悪意ある言葉をぶつける。
「………何を言っている? 私は、抵抗する気はない。大人しくお前たちに従う。だからお願いだ。こいつに手はだすな」
数瞬ためらいをみせた後、意を決したエマは手をきゅっと固く握り、声を震わせながらも弾員たちに懇願した。が
「「「? …ッく、ははははハははハハはhahahaハhahaハ……」」」
屋上への乱入者たちは皆同じように壊れたからくりのような嗤いを繰り返した。
「何が可笑しい!? 何故笑う…。お前たち、私を探していたのではないのか」
「「「…………」」」
3人の表情はただただ悪意に満ちていて、3人に囲まれたエマは微かに、震えていた。
「いいかげんにしろよ!」
そんな状況に耐えられなくなり、京介は立ち上がり声を張り上げる。
「さっきから何訳の分からないこと言ってるんだ。お前ら、正義の味方じゃないのかよ!? 何で訳の分からない言葉をエマにぶつける!? 俺の扱いにはまだ我慢できたけど、もう限界だ!」
「京、介……」
京介は自分でも経験がないほどに怒っていた。だが、そんな怒りを向けられた黒服の男たちは、相変わらず無表情だった。が今初めて京介の存在に気付いたかのような反応を示し、
そして
「ウるさい蟲だな」
「邪魔ダ」
3人はそれぞれ懐から鈍く光るものを取り出した。それは、本物のナイフだった。目はうつろでどこか危うい。
「え―――」
かつて向けられたことのない、純粋な悪意を前に京介の足は竦んで動けなくなった。
男たちは目前に迫り、その狂気を――
「――! やめて―――――!!」
エマの悲痛な叫びと同時、屋上は黒の熱気に包まれた。足元から黒いモノが舞い上がり、乾いた空気を焦がす。
屋上を彩る花壇。その瑞々しい花々は黒く燃え上がり散っていく。
目の前が黒く染まる。息をするたびに喉が焼け付きそうなほど熱い。
「何だ、これ、あの時の黒い焔じゃ、ないか。こんなの……アリかよ。…エ、マ………」
「京介―――――――」
自身を包み込む炎の向こうで、エマが何かを言っていたが、彼女と言葉を交わすことは叶わなかった。京介はもう、何も考えられなくなった。




