不協和音の響く世界
翌朝。いつものだだっ広い学院、無駄にでかい校舎。そんな日常に京介は違和感を感じた。
校門の前には教師が立っており、学院内には見慣れない者達が警戒心も露わに歩き回っている。
あの服は確か、昨日朔の隣にいた麻月とかいう女の子と同じ服だ。ということは、彼らは銀色の魔弾の人、だろうか。
心なしか学院生たちは委縮しつつ足早に校舎へと向かっている。
そして、京介は学院に足を踏み入れた時から何人もの人からの視線を感じていた。しかもその視線は負の感情を帯びたものだ。
「……えっと、俺何か変ですか? スーパーの値引きシールでも服にくっついて――」
京介は露骨に嫌悪の視線を向けていた女子のグループに思い切って声をかけてみる。しかし
「あ、あっ……。ご、ごめ、なさい!」
そのグループは恐怖そのものに顔を引きつらせ、みな校舎へと駆け込んだ。
「………」
1号館校舎、玄関。
靴を履きかえるために京介は自分の靴箱へ向かうと、人だかりができていた。
「………?」
そこにはスプレーで施したような文字。
―異常者。死ねよ! 学校来んな!―
……京介は靴を履き替えるのを諦め、そのまま校舎に上がった。
「……月見里、って奴だろ。ブラックドールの犯人って」
廊下の角のところで生徒が固まって何やら話をしていたが、自分の名前が聞こえたので、とっさに身を隠す。
「ああ。昨日蒼月会長に拘束されたって話だぜ」
「いやでもこれ見ろよ。まだ除籍になってねーんだけど。捕まったんじゃねーのかよ」
「俺が知るかよ。証拠不十分だったとかじゃねーの。つーかさ、銀弾もどうせなら牢とかに閉じ込めといてくれよって話だよな。なんでバグ認定されねーんだよ」
「本当だよな。俺らが狙われたらどうすんだよ!」
「ちょっと待ってくれよ! 俺は犯人じゃない!」
京介は堪え切れず、大声を挙げて生徒たちに近づいていた。
「う、あ…俺たち、そ、そんな大した能力者じゃ、ないんです。こ、ろさないで…下さい」
そいつらは腰を抜かしながら、涙目で懇願した。京介は反論しようと身を乗り出したが
「よせ! 手を出すな」
突然黒服の男が京介の手を掴んで生徒達から引き離した。
「いいか、月見里京介。不審な所作を確認し次第お前を拘束することを警告する。これは蒼月隊長からの指示だ。くれぐれも妙な真似はしてくれるなよ」
そう言い残して、男は腰を抜かしている生徒に手を貸して、一緒に歩き去った。
「妙な真似ってなんだよ! 昨日ので俺の疑いは晴れたんじゃないのかよ!? くそっ…」
どういうことなのか。昨日は確かに俺が学院内で犯人と間違われるようなことが起きたし、蒼月会長に犯人に間違われて拘束もされた。だが、疑いは晴れたはずだ。にもかかわらず、何故出会う生徒は皆俺を犯人として見てくるのか。蒼月や朔達銀色の魔弾は学院の生徒たちに、俺が犯人じゃないと言ってくれてるんじゃないのかよ!?
京介の頭の中は色々なことが一度に生まれ、溢れそうだった。
自身の無実さを、指差してひそひそ話している一団に弁明したり、悲鳴をあげて震えている生徒に訴えた。だがその試みはどうやら無駄らしく、京介が身じろぎをするたびに皆身構え、中には文房具やらカバンやらの持ち物を武器にして戦闘態勢をとるものもいた。
何より黒服の連中が、殺気をむき出しにして殺到してくるので、どうすることもできず、ただ長い廊下を俯いて歩くしかなかった。
それでもクラスの皆は分かってくれる。言動はおかしくても、皆良いヤツばかりだ。あいつらは俺がハッキングをできないことを知っている。
だから俺を犯人扱いはしない。
その思いを支えに、京介はなんとか長い廊下を耐え抜いた。
「グッモーニン!」
学院に着いてから今までの最悪の気分は全部このクラスでは関係ない。
京介は無理やりテンションをMAXにして、教室に入った。
「――――――――――――――」
沈黙が張りつめた音となって教室内を満たしていく。
クラス中の視線が痛い。…いたい。皆、京介に対し、驚愕の眼差しで以て応えていた。
「あ、あれ? どうしたの、皆? 成績最底辺の月見里京介様が来たよ!」
目の前が滲んでいた。声も少し震えて掠れていた。ここでもそうなのか?
「きょ、京介殿。貴殿はやはり魔術師級の干渉者、だったのですか?」
クラスメイトの一人が恐る恐るそう尋ねてきた。しかし周りでヒッという悲鳴が起こり
「バカッ! 下手なこと言わないでよ」
そう囁く声が聞こえた。
「京介が犯人の訳ねーだろ。皆知ってるだろ。こいつはまだハッキングが使えねーんだぞ」
ワイスがいつになく声を張り上げた。そこで、教室は微妙な空気になる。
京介は気にしない振りをして自席へと歩みを進めたが、やはりサッと人垣が割れて、皆教室のドアへとじりじりと後退していく。
「な、なあ京介。あんま気にすんなよ。みんな勘違いしてるだけだっつーの。すぐ気付くって。お前が、そんなすげー能力使えるわけないじゃんってさあ」
京介はワイスの言葉に曖昧に答え、そのまま一直線に自分の席につき、すぐに体を机に預け顔を伏せた。顔を出していると、泣きそうなのが見られてしまうから。
全然眠くはなかったけど、できることなら、あの九条教官に罰を喰らっても構わないからずっと寝てしまいたかった。電波な言葉を垂れ流す、中二病ばかりのクラスメイト。こんな奴らにたとえ仲間外れにされても全然気にしない。どうやらそれは違ったようだ。
もしそれが本当なら、ここまで苦しくて、胸が痛くなったりはしないだろう。クラスメイトの半分以上が、京介を恐れている目をしていた。それが京介にはとても痛かった。
今更気づいた。何だかんだで、ここは俺の居場所だったんだ。
あの日あの時。俺は確かにハッキングが使えれば……と思っていた。
もしあれが俺の無自覚の√の発動、だとしたら?
能力の暴発ってことで、許してもらえるのだろうか。もしそれがだめなら俺は犯罪者ってことになる? あの、犠牲になった人は俺が殺したってこと?
俺は銀色の魔弾に追われるのか? それとも戦うことになるのか、あの集団と。でも黒い焔で、あのムカつくやつらを……。
京介の中で、負の感情がどんとんと膨れ上がってくる。銀色の魔弾は嫌いだ。もし魔弾を排除できるほどの強い力があれば……。
―俺は目に映る人皆を助けたいと願っているが、俺の力ではどれだけ希おうとも叶わないんだ。だからせめて、一人でも多く助けられるようにあがいているだけだ―
それはいつか朔が屋上で言った言葉だった。魔弾と、あいつと戦う、それは駄目だ。朔と戦って敵う筈がないし、戦いたくもない。第一いくら俺が学校中から嫌われても人殺しなんて俺にはできないし、やりたくない――。
いろいろなことが頭の中に浮かんでは消え、京介が気付くと一日が終わっていた。あれだけ長かった時間も終わってみればあっけない物だった。
京介はこれ以上教室に居るのに耐えられず、急いで支度を終え、外へ出た。何人か、話しかけようとしていたが、気づかないふりで全て無視した。
全力で廊下を駆けていると、警備らしきことをしている魔弾の連中がすれ違うたびに悪意をぶつけてくる。
「早く帰れ」
「お前は監視されている」
「どうせすぐに証拠は出る。そうなればお前はバグ認定だ」
世界がこんなにも悪意に満ちていることを、京介は知らなかった。




