再び訪れた場所
魔弾の連中の言葉に従うのも癪だったため、京介はまっすぐ寮に帰らず、何となくまたショッピングモールに足を運んでいた。
最悪になった気分を紛らわせようと、本屋でお気に入りの漫画の新巻が出てないか見たり、普段行かないような雑貨店を冷かして回ったりしてみたが、気分は一向に晴れず、濁ったままだった。
どうやら蒼月達はまだ俺を疑っているようだ。ただでさえ学院で浮いていたのに、ついには生徒達から怯えられ、敵視され、警戒されるまでになり、いよいよ学院に行く意味を失ってしまった。クソッ。すれ違う人は皆楽しそうなのに、何で俺だけ…
もうどうにでもなれ、と京介は投げやりな気分であてどなく店内を彷徨う。
「あれ、お前、昨日店に来た奴、だよな?」
思案していると、若い男に突然声を掛けられた。こげ茶色のエプロンが妙に似合っているその男。年は同じくらいか少し上に見える。どこかで会ったことが…?
「何だよ、覚えてない? 昨日店でカノジョと派手にはしゃいでくれたじゃん! 俺の売上成績に超貢献してくれたっしょ」
「……あっ。えっと、もしかしてカフェ、の?」
「そっそ。バイトやってます! もー忘れられてんのかと思ったっつーの」
会話をする気にも慣れず、京介は早めに立ち去ろうとしたが
「俺、昨日てんちょに超褒められたんだぜ。お前には一度お礼したかったんだよね。という訳で、一杯奢るから店来てくれよ」
「何がという訳だよ」と口を開きかけたが、そんな京介の言葉を待たず、強引にカフェに引っ張っていくのだった。
男は京介をカフェに連れ込むと「ちょっと待っててくれ」と言い残し、店の奥へと引っ込んだ。
一人残される京介。面倒なことになった、と思いつつ改めて店内を見回す。
やはりこの店は内装がオシャレだ。日常と離れた空間にしかし、今日は何故か気後れしてしまう。
エマとここに来たのはつい昨日の筈なのに、随分前のことのように思えた。
昨日あんなことがあって気が動転していた筈なのに、あの時だけはそれを忘れて楽しんでいた気がする。あいつ、紅茶の事を必殺技とか言ってたな。ネットで調べてみたら全然違うじゃないか。何がアールグ・レイだよ…。今度ここに連れてきて、思いっきり突っ込んでやろう。
苦笑しつつ店の奥をちらりとうかがうも男が出てくる気配はない。
「それにしてもあの男、遅いな…。もう帰ってしまおうか」
京介が席を立ちかけると
「お待たせ~。ささ、一杯やってくれよ」
トレイにティーカップを二つ乗せて、ようやく男が姿を現した。
「えっと…いや俺、注文してないです」
「さっき一杯奢らせてって言ったっしょ。っていうかお前、帰ろうとしてなかったか? 頼むから一杯だけ奢られてくれよ。俺の気が済まないんだよ!」
また随分と面倒なことになったと思うも、表情に出ないように気を付けて
「じゃあ一杯だけ」
と京介が言うと、男は満面の笑みを浮かべた。
「じゃあ、ハイ。癒しの必殺技、カモミールティー。どうぞ、召し上がれ」
そう言って男は模範的店員の仕草で給仕した後、京介の対面に座った。どうやら自分も飲む気のようだ。店内に他の客はいない。もしかしてこの人、単に暇だっただけじゃ…。
男がカップに口をつけ豪快に呷り、「ふぃー」と息を吐いた。そして京介に促してくる。断るのも悪いので、京介は勧められるまま一口飲んでみた。
昨日エマと飲んだものと比べて、ハーブの独特な香りが強く口の中に残る。……複雑な味だ。
「……何か元気ないな。昨日のカノジョがいないからか? 今日は一緒じゃないのか?」
男は好奇心という名の毒をはらんだ眼をして、京介に問いかけた。
「今日はっていうか、あいつとは昨日初めて会って、成り行きでここに来ただけなんです」
「へェ、そうなのか。何だかすごく仲良さげだったからさ、てっきりカップルかと思ってたわ」
「い、いえいえ。そんな、違いますよ!」
「そんな豪快に否定しなくてもいいじゃん。何、もしかして君、チェリーか。チェリーなのか?」
男は意地の悪い笑みを浮かべ、京介を突っついてくる。
「見たところ蒼月館の…1年だろ。俺の後輩ってわけだ」
「え、そうなんですか? それじゃあ、あんたは…」
「そう。何を隠そう俺は2年だよ。よろしく」
そう言って男は先輩だ、と強調して尊大な態度を取る。その軽い態度が妙に笑えるもので、少しこの人と会話をしても良いかな、という気持ちにさせた。
「あ、どうもです」
「ふ~ん、1年ね。……ってことは、あの弓月朔の学年か」
…また、朔の名前か。あいつ、どんだけ有名なんだよ。
少し嫌な感情を抱いてしまう自分に気づく。何ていうか、そんな気持ちになってしまう自分が京介は何より嫌だった。
「あれ、どうした? 変な顔して。朔ってヤツ、知らねー?」
「……朔は俺の幼馴染なんです。皆あいつの名前を口にするんで、そんなに有名なのかなって」
「…あれ、そうなの!? 幼馴染! いいねェ。でもそれなのに朔のこと、あんま知らねーの?」
京介は自分の境遇や現状を何故か話していた。授業についていけないこと。朔が自分の知らないところでは、隊長なんて呼ばれていたこと。自分でも不思議だったが、どんどんと言葉が口からあふれ出た。
「ん~。話を総合すると、もしかして君、朔に嫉妬心、抱いちゃってる? いや~、いいね! 全力で青春してるね!」
「違いますよ! ……別に、嫉妬なんて」
京介は思わず声を荒げてしまう。
「ビックリした。そんなにむきになんなくてもいいじゃん。嫉妬も悪いモンじゃねーよ、別に」
そういったバイト男は、あくまでも会話を続けるつもりらしい。仕事しろよと思ったが、客は誰もいない。京介はしばらく逃げられそうもなかった。
「たしかに、朔の噂は良く聞くよ。学生で銀弾の隊長ってのも、そう無いからな。何か新月派のアジトを一人で潰した、とか今年のEUとの交換留学生に推薦された、とか。最近だとあの統括生徒会長とやり合って勝ったらしいぜ。ま、本当かどうかは知らねーけど」
「………はあ」
曖昧に頷く他ない。言葉が頭に入ってこないのだ。男が語る朔は京介が全く知らない朔だった。
「まあ、ジェラんのもしゃーねーわな。なんたって、銀弾の隊長は何千人もいるヒラ隊員のうちほんの一握りだからよ」
そういって鷹揚にうなずいた。しかし、銀弾の隊長ってそんなにすごいのか。
「おいおい、そうヘコむなよ。これもウワサだけどな。完璧ヤローの朔だけど、女関係はサッパリらしいぜ。その点はお前の方がリードしてんじゃねーの? マジで」
そう言ってバイト男はからかうように笑う。
「だ、だからそういうんじゃないですって」
「はっはっは。その顔だ。やっぱお前、からかうとおもしれぇな、チェリークンよォ」
テーブルをバンバン叩く不良店員。ひとしきり笑い飛ばした後、深く息を吸って間をおくと
「じゃあ、チェリーな君に一つだけ言っておこう」
「な、何ですか? っていうか、チェリー前提で話を進めないでよ」
「これはマジな話だ。あの子は何というか、……止めた方が良いと思う。君の手に余るぞ」




