チーフ鷲月の特別授業
ここはとある場所の地下、と朔は言っていたが、地下にどんだけ広いもの作ってんだよ! と突っ込みたい衝動に京介は駆られていた。
通路の壁や床は先ほどの部屋と同様に白で統一されており、天井が遥かに高く、床を歩くたびにカツン、カツンと鳴り、その音が反響して静謐な空間に響き渡る。
まるで自分が元居た日常から切り離されてしまったようでひどく落ち着かない。
どうやら一発で地上に出るエレベーターのようなものは無いらしく、階段を上がったり下りたり、まるで迷路のような支部内を京介達2人は歩き回っていた。
「大丈夫だった? 要、いや会長に拘束されたって聞いたわよ」
「…はい。というか、何が何だか分からないうちに気が付いたらあそこに座らされてたって感じです」
歩きつつ、京介は答えた。やっぱり目線が合わないから話ずらいな、と一瞬思ったが、すぐに考え直す。もし表情にそれが出たら、この人のことだ、半殺しどころか3/4殺しくらいはされかねない。
「はぁ。まったく、あのバカめ。何を焦っているのかしら。隊長に就任したばかりだというのに。よほど弓月朔の存在が気になるのか」
「朔、ですか?」
「ん? ああ。キミは弓月朔とは親しいんだったわね。うん、そう。会長はおもしろい新入生が来る、とことあるごとに朔の話をしていたよ。自分よりも年下で隊長になった者が気になるんでしょうね。そんな男が後輩として同じ学院に入ってきてすぐに今回の失態だ。焦るのも分かるけどね」
そう言って毒づくチーフの口調は、学院の統一生徒会長を批判するというよりはむしろ親しみが籠った軽口のように聞こえた。
「……もしかしてチーフって蒼月会長と仲良いんですか?」
気になった京介は、何の気なしに鷲月に訊ねた。
「ん? ……ああ、いや別に仲が良いというわけじゃないわ。確かに私とあいつは初等部からずっと生徒会で一緒だったけどね。何故か奴はことあるごとに私にちょっかいを掛けてくるのよ。それで殴り倒しているうちにいつの間にか口をきくようになったってだけ」
幼女にちょっかいを出している見た目20代の男。その絵面を想像するとヤバい犯罪の匂いがした。蒼月会長……あんな顔してロリコンなのか?
「……キミは何を想像している?」
「ヒィッ」
気が付くと先導していた鷲月は足を止めて、京介をスキャンするような鋭い眼を向けていた。
「な、何でもない! 何でもないですよ、ハイぃ」
必死で頭を振り、ごまかした。
それを見て納得したのか、鷲月はよろしいと一つうなずき道案内を再開した。
「しかし、確かに私はあいつと腐れ縁の間柄ではあるけど、どうもあの口調は好きになれないわね。妙に軽々しく、薄っぺらい。そして白々しい。まさに軽薄(白)。昔はもっと普通に喋ってたんだけどね…」
ため息交じりにそう語るチーフ・鷲月。その表情は複雑な色を帯びている。
「―――? どうして蒼月会長はあんな感じの喋り方になったんですか?」
「そう、それ。私はその理由も気に入らないの。あの男は自分の老け顔を気にして、せめて口調だけでも軽くすれば年相応に見られるんじゃないか、なんて考えているらしいのよ。奴は皆から教師に間違われるのはもう嫌だ、と半泣きで言っていたわね」
……何だそりゃあああぁああああぁぁぁあ!? 京介は心の中でツッコまずにはいられなかった。たしかに口調は軽かったが、あの人の雰囲気はそんな小細工でどうこうなるものではない。
それに蒼月の顔と声の渋さのせいで、逆に聞くものを恐怖に陥れていると思うのだが…
「まったく、自分の生まれ持った姿に誇りが持てないとは……。親が形にして残した唯一のものだっていうのに、ね」
その言葉を乗せた鷲月の声色は怒りよりも悲しい色をしていた。
名前なし(ノーバディ)は両親を知らない。名前すら親が名づけたものか定かではない。
だから、間違いなく両親が残してくれたものと胸を張って言えるのは、自分の姿だけ。
京介たちノーバディは、自分の姿を映した鏡を通して親の顔を想像することしかできないのだ。
そんな厳然たる事実をしかし、鷲月レイは大切に思っているようだった。
「まあ、あいつは学院の会長に加えて銀弾東方支部の隊長でもあるからね。おちゃらけてはいても生徒の安全を常に考えてはいる奴よ。今回の事件でも既に生徒1名が学院内で犠牲になっている。君も軽率な行動は控えるように」
「分かりました。……一応俺の疑いは晴れてるんですよね。 俺、絶対犯人じゃないですから」
「……そうね。君は頭は悪そうだけど、今回のような凶悪な事件を起こせるような悪い人間には見えない。私は疑ってないよ」
(頭わるそうって…。完全に余計なセリフだろ)
鷲月の言葉にひっかかるところもあったが、一応信じてくれているみたいなので京介は礼を言っておいた。
「あの、ところでチーフ。この支部って場所、ものすごく広いですね。あとどのくらいで出口ですか?」
「へっ!? いや、べ、別に迷ってないわよ、私は…うん」
京介は何気なく質問しただけなのだが、チーフは普段の凛とした態度とはかけ離れた様子で、明らかに狼狽えていた。
「え? ま、迷ったんですか!? さっき会長の前であんだけ自信満々に別れを告げていたのに!!?」
「う、うううぅ五月蠅い!! 迷ってないったら迷ってないもン! えっと、……ほらアレだ。ここは仮にも我が国の東エリアを司るところの銀色の魔弾、東方支部だぞ! 侵入者対策のため、非常に迷いやすい構造になっているのだ。朔も先ほど言っていたろう。だから、出口までたどり着くために、正しい道順を辿るとこんな具合に時間がかかるのだ!」
「……はぁ。では、そんなに時間がかかるなら、さっきチーフがいきなり現れたアレ。あれでパッと出口まで行けないんですか?」
「バカ者。私のあれはそう気軽に使えるものではない。それにだな、√はそうホイホイと気安く使って良いものではないよ。みだりに人前に晒すと他人に己の術式構成が読み取られてしまう。君は授業でそんなことも聞いてないの?」
授業中に飛び交う中2病全開の言葉なんて、何を言っているのかさっぱりわからない。きっと昔、まだ世界各国で異なる言語が使われていたころの外国語の授業とはこんな感じだったのだろう。聞いているだけで眠くなる!
そう。京介は授業を受けるスタンスがこんな感じだったため、授業の1パーセントも理解していない。チーフ・鷲月の問いかけに対しても分かってますよ風に、曖昧に頷くしかなかった。
「……その様子だと知らないようね。どうやら今年ⅹクラスにとんでもないバカがいるというウワサは本当だったのね。今後のためにも覚えておきなさい。己の術式構成を他人に知られることの危険性、簡単にいうとね…」
そう言って、鷲月は人差し指をズビシッと京介に突出し、説明を始めた。
(……っていうか、とんでもないバカってどういうことだよ!? しかもウワサになってるとか)
「いい? 我々干渉者の扱う超能力たるハッキング。これは各々個性があり、一人一人得手不得手はあるけど、あらゆる物質に干渉できるわ。さらに固有能力たる√に関しては、まさにその人間の唯一無二の能力で、ある特定の物質、概念に強烈に作用する。でも、他人の発動した力、ハッキングした物に対しては原則的に、例えハッキングや√を用いたとしても干渉はできないの。ここまでは良いわね」
ズンズンと前を歩く鷲月は顔をこちらに向けた。人間とはげに恐ろしく良くできたものだと思う。見た目常識人が語る中2的設定台詞にも、この何週間ですっかり慣れてしまった。そこには、鷲月が語った言葉を理解している一回り大きくなった(?)京介がいた。これを成長と呼んで良いものかははなはだ疑問だ。が、しかし
「分かります。干渉者同士が戦う場合、ハッキングする物は早い者勝ちってことですよね」
こんな風にすらすらと会話を合わせることができていた。
京介は自身の未来を案じはじめていた。
「そう。ハッキングというものは、物質を構成するソースコードを自分が操れるよう独自のものに書き換えているからよ。そしてそれは√も同じ。自身が組んだ術式を世界に展開しているに過ぎないの。でも、ここで忘れてはならないことは、私たち干渉者だって、皆同じ場所に在るということよ。独自の術式と言っても、それはこの世界に展開された時、他の物と同じ、世界に在るものということに代わりない。つまり、相手の独自の術式を解析し尽くしたとき、それは解析者にとって相手の√を仕様外でも何でもない、ただの“世界に存在する一事象”に貶めることができる。こうなると相手がハッキングしたものを上書きしてしまうことすら可能になる、というわけ」
最初は渋々説明していたが、だんだん気分が乗ってきたのか、鷲月の説明に熱が入り始めた。解説してくれるのは良いんだけど、ちゃんと出口には向かえてるのか、京介は不安でもあった。
「つまり、自分の√の術式構成を知られてしまうということは、自分の必殺技が相手に自由に操られてしまうことと言い換えられるのだ!」
そこで鷲月は、どうだとばかりに再び人差し指をズビシッ! と京介に突きつけた。
「なんかそれを聞くとコンピュータのハッキングに似てますね。凄腕ハッカー同士の戦い、みたいな」
何かこっちもテンションが上がってきた。超能力やら魔法やらを前提に話すと訳が分からない中2病設定集みたいな話になってしまうが、IT関係の話に変換するとすんなり頭に入ってくる。少し学院で交わされている会話へのとっかかりが掴めた気がした。
と、京介の言葉を聞いた鷲月は立ち止まり、呆れたような顔をしていた。
「何を、今ひらめいた! みたいに得意げな顔をしているの。これはハッカーについて、研究が進められた過程で、便宜上コンピュータ用語を当てはめているからよ。似ているに決まっているでしょう。まったく、本当に、君は授業をちゃんと聞いてないのね」
とそう言ってため息を一つ。
と鷲月はそこで何がおかしいのか、クスクスと笑った。その優しげな顔を見て、見た目はアレでもやっぱり先輩なんだなと京介は思った。
……っていい話でまとめるのも、もう限界だ。いつになったら出口にたどり着くんだ?!
「絶対、方向音痴だよこの人…」
京介は盛大にため息をつくのだった。そしてさらに一時間後にようやく出口にたどり着いた京介は知る。
--自分が居た場所は学院の地下であったこと。
--そして会議室から出口までは徒歩10分であったことを……。




