タクシーではない!
「京介、大丈夫か? 災難だったな」
朔が京介に向き直り、声を掛けた。
その表情は堅い、でもどこか頼もしいような、いつもの朔の表情だった。
「すまない。お前に監視がつくことになってしまった。あれ以上反論を重ねると、蒼月隊長の面子を潰すことになってしまう。多少窮屈だろうが、落としどころとして我慢してくれないか?」
本当にすまなそうに、朔は京介へ頭を下げた。
「いや、やめろよ朔。俺、お前に助けられたんだからさ、もっとドヤ顔でいてくれよ」
どんだけ男前なんだよこいつ、と京介は思いつつ、このままだと朔の性格上いつまでも謝られてしまうことは明白だった。空気を変えるため、京介は問いを投げかける。
「それより俺、ビックリする暇もなくて、気づいたらここに座らされてたんだ。ってかここ、どこなんだ? 今は何日の何時だ?」
いつもの様子に戻った朔。張りつめていた室内の空気はようやく弛緩したように京介は感じた。
「大丈夫だ。今日は4月18日、19時半過ぎだ。お前が拘束されてからまだ日付は変わってない。そしてここはとある場所の地下、魔弾東方支部の作戦室だ。お前は彼女の√で意識を飛ばされていたんだ」
そう言って朔は彼女、麻月カスミの方へ向き直り
「それにしても、カスミ。君は何故蒼月隊長の指揮下に入っていたんだ」
と問いかけた。それに対して彼女はものすごいテンパり具合で、何度も謝っては朔に弁明をしていた。体感的にはあれから何日も過ぎたように感じるが、実際はエマと別れてからそう時間は経ってなかった。
「……その銀の服。本当に朔は、銀色~の隊長、なんだな」
こうして実際に見るまでは、どこかで信じ切れていなかったが、もはや否定のしようもない。
(朔の隣で麻月がものすごい顔でこちらを睨んでいるような…気のせいか?)
「ん? ああ、そうだ。このコートは銀色の魔弾、隊長服だ。…この姿は、お前には見せたくなかったな」
そう言う朔の顔はすこし悲しげで、京介は何も言えなくなってしまう。
「まあ、言いたいことは色々あると思うが、明日も授業がある。今日はもう帰ろう。京介、寮まで送ろうか?」
そう言って朔は京介に退室を促した。
「すみません隊長。どうやらそうもいかなくなったようです」
麻月が端末を手に朔の元に駆け寄り、何か囁いた。
「会議……。今、ここでか。しかし困ったな。きょ…彼を家まで送り届けたいが、そうもいかなくなったか」
そういって朔は困ったように腕組みをした。道を教えてくれれば一人でも帰れる、と朔に言おうと口を開きかけたが
「大丈夫だよォ、朔隊長。僕に名案があるんだ」
ドアが開いたと思ったら蒼月要が再び現れ、そう言いつつ京介達のところへ近づいてくる。
「京介君。君への無礼に対するせめてものお詫びに、僕が君を寮まで送る手配をしよう」
そういって顔を近づけてくる。やっぱりコワい。どうしても一コ上なだけの人には見えない。バーのカウンターとかに居そうだ。
「蒼月隊長、あなたにも出席要請が出ていると思いますが」
「ハイハイ。確かにつまらない会議なんて放り出したいところだけど、僕もちゃんと出席するさ。名案っていったでしょォ」
そういって妙にウキウキしつつ、蒼月は何度か深呼吸をした。そして
「ところでさ、うちの学部の生徒会長はちっちゃいけど可愛いよねェ」
いきなりそう口にした。と、突然何言い出すんだ、この人…。
そう思って京介は蒼月に向き直ったが、そこに蒼月の姿はない。何故か宙を舞っていた。
「ちっちゃいっていうな! クソ会長!!」
蒼月にアッパーをかましている情報処理科生徒会長その人がそこに居た。
その光景は入学式後、京介が吹き飛ばされた時とまったく同じ。いつの間に現れたんだよ、この人。室内に居た人間は皆そう思っていた。殴り飛ばされた蒼月以外は。
「ぐふッ…。ち、チーフ。彼、京介君を寮まで送ってあげてくれるかな?」
ふしゅぅうぅうううう…とまるで獰猛な猫のように荒ぶる人物に向かって、あくまでも冷静に、子供を諭す年長者のように蒼月は語りかけた。
「会長、私はタクシーではないのだが! それに、全く以て私には関係のない言葉だが、ちっちゃい何て口走らないでもらいたい!」
未だ怒り収まらぬ鷲月チーフを前にあの蒼月会長が委縮している。その様は、いい年した父親が娘に叱られているみたいでちょっと笑える。
「ん!? 君、何か変な事を想像してないかしら?」
すごい形相で鷲月が京介に顔を向けた。その目はぎらついていて、文献で見た日本刀を彷彿とさせる鋭さを湛えている。
京介が全力で否定すると、何とか納得したようだった。が、正直俺を拘束したときの蒼月よりも恐ろしい、何かの片鱗を見た気がする。
このままだと長引くと思ったのか、朔が蒼月と鷲月の間に入り事情を説明していた。
「……という訳で、私たちはブラックドール事件に対する現状報告に出席しなければならないのですが、彼を一人で帰してしまうと支部内で迷ってしまいかねません。そこで、蒼月会長は鷲月チーフのお力を借りたいということで…」
心なしか、朔も必死で決死の説得を試みているように見えるが…。
「分かったよ。かわいい後輩の頼みだ。先輩らしく聞いてやるとしようか。どう? 私は器が大きいだろう、朔、それに京介?」
と言って快活に笑った。後ろで蒼月は何か言いたそうだったが、思いとどまったようだ。
「ではな、朔。そして会長。また明日、学院で」
顔だけを蒼月に向けて一言一言を刷り込むようにして告げるチーフ。その表情は一体どんなものだったのか、想像するのも恐ろしい。現に、明日の会合を告げられた蒼月はその名に負けないほど蒼い顔をしていた。
決して余計なことは言うまいと心に誓いつつ、京介は鷲月レイに手を引かれて作戦室を後にした。




