冷めた紅茶、覚めた心
京介は今の学院についてや、自分だけハッキングが使えず、クラスの足を引っ張ってしまっていることなどを話した。気づけば、随分長い時間しゃべってしまっていた。
「……つまり京介は授業に全くついていけないことに悩んでいるのか。何だ、お前は本当に小さいな。小介と改名してはどうだろうか」
「どうだろうか、じゃないよ。しないよ、改名なんて! おれにとっては大きな問題なんだよ」
京介はすっかり冷めてしまった紅茶を一気に飲み干した。
「お前はハッキングを使えないこと、そのせいで皆についていけないことに悩んでいるらしいが、そもそも本当に、皆についていかなければならないのか? 皆が進む道は、本当にお前にとっての進むべき道なのか?」
「……進むべき、道?」
「そうだ。お前はどうやらハッキングが使えるように躍起になっているらしいが、お前はハッキングを使って何がしたい? それを手段として何を成す?」
「……俺は、別にハッキングでしたい事なんて、無い。ただ使えるようになること自体が目的、だと思う」
「そうだ、お前の話を聞いた印象はまさにそれだ。お前は別に果たしたい目的などない。ただ、たまたま干渉者を養成するあの学院に入った。だからそれを修めるべきだ、と勘違いをさせられている。お前は進むべきではない道を無理やり歩かされているように感じるよ」
「…進むべきではない? どうしてだよ」
先ほどとは打って変わり、真剣そのもので諭すように、言い聞かせるように一言一言を発するエマ。その固い声色で、京介は目的を全否定されてしまい、つい強い口調で反発してしまう。
「……ハッキングなど、社会にとって何ら役に立たない、むしろ人を害する業でしかない。使えるようになど、なるべきではないと私は思うからだ」
「…でも、それはエマがハッキングを使えるから言える言葉だと思う。俺にとって魔法のようなソレを使える奴は、やっぱうらやましいよ。俺の幼馴染もずっと前からハッキングが使えて、それも俺に内緒でさ! そいつが隠してた理由は正論過ぎて、言い返すことはできなかったけどさ、それでもどうしようもなく悔しかった。その正しさがすげー高い壁みたいに俺に立ちはだかるんだよ! そいつが今は遠くに感じるんだ! やっぱり俺もその壁を登ってみたい。俺もハッキングが使えるようになって、そいつと並んで立ちたいんだよ!!」
抑えきれない思いが喉を伝って口から洩れる。思いのほか大声になってしまい、店員や他の客も京介達を見ていた。いたたまれなくなり顔を伏せるが、滅茶苦茶気まずい。ところで、滅茶や苦茶って何だ。この喫茶店のメニューにあるのか。
などと、京介が苦し紛れに益体もない事を考えていると
「…そうだな。ハッキングだって人それぞれ使い方や個性がある、か。もしかすると京介が使うソレは、誰かの役に立つかもしれんな。だから、その涙と鼻水はしまっておけ」
そう言ってエマは優しく微笑んだ。
「あ、ごめん。俺、大声…。でも、ありがとう。もしかしてフォローしてくれたのか?」
「ふ、ふん。勘違いするな。どうせお前が使うハッキングなど大した力を持たないに決まっていると言いたかっただけだ。お前はモテないし、器も小さいからな」
と先ほどの微笑みから一転、ぷいと怒ったように顔を背けた。
「またその話かよ! モテないのは関係ないだろ。それに俺はこれからがスゴいんだよ!」
「ん、良いだろう。お前のこれからとやらを見せてもらおうではないか。また私自らお前に会いに出向いてやろう。その時はこの店に私を連れて、また紅茶を馳走しろ。お前の現況報告を茶菓に紅茶を楽しもう。約束だぞ!」
そういってうれしそうに笑ったかと思うと、京介の腕をとり、ぎゅっと握る。
「え、え? どうしたんだ、エマ?」
「? 何だ、知らんのか。これは約束を交わす時の印だ。いいから、お前も私の腕をとれ」
「??」
突然のことにうろたえてしまう。しかし、やらないと話が進みそうになかったので、京介は照れくさいのを押し殺し、言うとおりにした。
「pinky promise, pinky promise. Cross my heart and hope to die~♪」
聞いたことのない言葉で突然歌い始めたので、ますます訳が分からない。京介が困っていると、
「私の生まれた国では、人との約束を軽んじるきらいがあってな。こんな風習はなかった。だが、この国では約束を交わすときにはこうするものだと聞いたぞ。この印は、一度結ぶと最後、もし約束が破られた場合は、悲惨な死を遂げるとか…」
「え、何だそれ、マジか!? それ、ほとんど呪いじゃん!」
「はっはっは。良いか、約束だぞ。必ずまたこの店に来ような!」
エマのうれしそうなその笑顔はまるで輝いているようで、破壊力抜群だった。その顔を見ていると文句を言う気も失せてしまった。
「―――ッ。うん。必ず来よう。約束する。なんたってここは俺たちの行きつけの店、だろ」
そうしてお互いの腕を離した。一連のその動作は儀式めいていて、何らかの魔力を帯びたような気がした。それにどこか懐かしいような温かさを覚える。
エマと二人でまたこの店に来たいと思っているのは、きっとその魔力のおかげだろう、と京介は思った。
「―――ん? ところでさ、エマ。会話の最初で紅茶代の礼とか言ってなかった? さっきも、また馳走しろとか言ってた気がするんだけど…」
「ああ、言ったぞ。私は金など当然持ち合わせていない。お前が出してくれるのだろう?」
そういって小首を傾げる。か、可愛い!
「って惑わされないぞ! え、何? マジでお金持ってないの?」
「私は金を持ったことなど無いぞ」
「いや、何自信満々に言ってんだよ! え、もしや料金俺持ち?」
先ほどメニューを見て思ったが、この店。どのメニューも目玉が零れ落ちそうなほどの値段だった。
「ハァ…。あきらめるしかないか。わかったよ。なんだかんだで今日は楽しかったしな。っと、そろそろ時間も遅いし、出ようか」
これ以上注文が増えると本気で悲惨な結果になりそうだ、ということもありエマに退店を促す。
「ああ。私もこの店の必殺技は全て制覇したので満足した。帰るとするか」
「そうか、満足したか、って。何じゃこりゃああああああぁぁぁあ!?」
何気なく会計伝票を摘み上げてみると、そこにはメニュー表と一文字も違わず、店で出している紅茶がほぼ全て網羅されていた。そして、合計金額の欄には京介の全財産とほぼ同じ数字が記入されている。
呆然自失の京介と対照的に、店員さんは満面の笑みでレジに立って二人を待っていた。
「はあ、確かに紅茶ってのは必殺技だな。俺の財産が全て削られた……」
「なんだ、あの程度でくたばるほどお前はヤワなのか。やはりお前はまだまだ小介だな」
そういって豪快に笑いながら京介の背中をバシバシと叩くエマ。
「さようなら、豪華ディナー生活、こんにちは激マズ配給食生活……」
ショッピングモールの出口に二人、引きつった笑いの京介とホクホク顔のエマ。
「はぁ。今月はまずい配給食だけで食いつながなくちゃならなくなってしまった」
大事なことなので二回言いました。それくらい京介は鬱だった。
でも何となく、何と言っていいか分からないが、妙に晴れ晴れとした気持ちも心のどこかに確かにあるようで。
こらえきれずについ吹き出してしまう京介に
「何を笑っているのだ?」
キョトンとして、京介をそんな気分にさせた張本人はそう尋ねる。
「―――いや。何ていうかさ、いっそ清々しいなと思ってさ。お前が俺を連れまわしてメチャクチャするからさ、何か悩んでたのもバカバカしくなった」
「何だ、全財産を失いヤケクソになったか、小介」
「いや、なってねーよ。それに小介言うな!」
「あはははは。冗談だ。お前は小さくなどない。今日は本当に楽しかったぞ。ありがとう、京介。お前に会えて良かった」
「何だ、それ? 調子の良い奴だな」
京介は照れくささをごまかすために軽く悪態をつく。
「……だがもう別れなければ、な。さようならだ」
少しの沈黙の後、エマはそう言って寂しそうに笑って、背を向け歩き出した。
「……俺さ、さようならを言うのは好きじゃないんだ。お金貯めて、絶対またエマをあの店に連れてってやる! そん時は紅茶でも何でも頼み放題だ。約束忘れるなよ! またな!」
と、遠くなっていくエマの背中に向かって京介は声を張り上げた。その言葉を受けてエマは足を止めて
「ああ。約束だ! またな!」
振り返って手を振っていた。その表情は丁度沈んでいく太陽の光のせいで見えない。
ていうか今、すごく恥ずかしいことを言ってしまったと京介は今更ながら気づく。
いつもは絶対選ばないような言葉なのに。それは、全財産を失ったヤケクソな気分が成したことなのだろうか。自分のことなのに、どうもよく分からない。
でも、別れ際のエマは喜んでいたようなので、まあ良いか、と思うことにした。




